「ま〜た絡まれてるよ、新一。」

 

快斗は目下に見える新一の姿に、大げさなため息を付いた。

相手は男3人。休日に出かけた新一はもちろん男の格好をしているのだが

やはりその整いすぎた容姿のせいなのだろうか、世の男共は放っておかないらしい。

 

「だから、出かけるときは一言声かけろって言ったのに。」

 

ちなみにそんな事を愚痴っている快斗の現在位置は、某銭湯の煙突。

なぜ、こんなところにいるかはこの際目を瞑っていただきたい。

 

〜近い未来〜

 

 

『で、行かないのか?』

 

快斗と同様に狭い煙突の淵に座っている一匹の黒い犬がゆっくりと頭を持ち上げる。

首には金の首輪を付け、カリカリとそのピンとたった耳を後ろ足で器用に掻いていた。

 

「行くに決まってるだろ。だって、俺はあいつの護神なんだぜ。」

『なら、早く行動しなさい。私たちの大事な宝なんですから。』

 

先程まで日がここちよく当たっていた場所に急に影が落ちる。

何かと思って見上げれば、鷲が羽ばたいて1人と一匹を見下ろしていた。

 

「ありゃ、いたんだフォルス。」

『いたんだじゃありません。ほら、新一様の機嫌も降下してますし。』

 

「でも、たまには俺の忠告を無視したとき、

どんなことになるかきちんと学習して欲しいし。」

『おまえがのんびり朝風呂なんかに入ってるからだろ。』

「だって、新一の体力がそこまであるとはおもわなかったんだよ。

 昨晩けっこうやったのになぁ。」

『下ネタは慎みなさい。まったく、主人に手を出すとは・・・。

 あなたも先代にそっくりですね。』

 

フォルスと呼ばれた式は、僅かな隙間を見つけて煙突に舞い降りる。

そして、新一のいる場所をジッと見つめた。

 

「なぁ、先代ってオレ達に似ていたんだろ?」

『容姿とかは似ていたなぁ、確かに。なぁ、フォルス。』

『ええ、性格はどちらかというと、今の方が破天荒ですね。』

「それって、誉めてんの?」

 

快斗は立ち上がりコキコキと肩をならすと、呆れたような視線を2匹に向ける。

だが、2匹は主人の問いかけにもかかわらず、特にこれと言った返答は無い。

 

 

―――――俺って絶対、主人と思われてないよな・・・。

 

 

今更だが、どうしてこんな奴らが自分の式なのか疑問に思えてくる。

蘭や和葉、それに平次の式神は常に従事しているというのに。

 

『快斗、そろそろやべぇぜ。新一が経験から学んだことはめったにないだろ。』

『思ったより、体力も限界のようですしね。』

思考に浸っていた快斗は2匹の声で、再び新一へと視線を向ける。

 

確かに、新一は昨日からの疲れが溜まっているのか、相手の腕をほどけないでいた。

そんな彼の抵抗の弱さにつけ込んで、相手は強引にひっぱっていこうとする。

 

快斗の頭の中で何かが切れた。

もちろん、経験から学ばせたいと思ったのは確かだが、少々時間をとりすぎたようだ。

 

「フォルス、アヌビス。行くぞ。」

『まったく、遅すぎますよ。』

『あとで新一に怒られてもしらねーからな。』

 

快斗は煙突から背面飛びで空中に舞う。

それをフォルスが上手く受け止めて、地上まで送り届けた。

もちろん、フォルスの姿もアヌビスの姿も一般人には見えていない。

まぁ、日曜の昼間に煙突を眺める者などいないのだから、大沙汰になる心配はないのだが。

 

 

 

 

新一は絡まれる腕を必死に解こうともがいた。

今日はほんの少し、快斗を驚かせてやろうと家を出たのだ。

それが、大きな間違いだったと気づいても後の祭り。

これでは別の意味で快斗を驚かせてしまうかも知れない。

 

 

―――――くそっ、快斗の馬鹿が昨日やりすぎたせいだ。

 

 

いつの間にか責任転換して、新一は怒りをあらわにした。

表情のきつくなった新一に腕を掴んだ男達は気づいていない。

 

「なぁ、ちょっと、お茶くらいいいだろ。」

「誰も取って喰おうとか思ってないんだし。怯えないでよ。」

 

怒りでうつむいたままの新一を怯えていると解釈したのか、男達は握った手を強めた。

そして、車へ押し込もうとしたその時、一陣の風が路地を吹き抜ける。

 

「フォルス?」

「へ?何?」

 

新一の呟きに、男達は不思議そうな表情をする。

そして新一が見上げる空を同様に見あげるが、彼らの目には蒼い空が広がるだけ。

それでも新一の視界には確かに悠々と空を舞う、かつてのエジプトの守り神、

フォルスの姿が見えていた。

 

『さて、そろそろお説教の時間ですよ。』

 

フォルスは大きく羽をふり、大気の固まりを新一を車に押し込もうとしている男の1人にぶつけた。

「おいっ!!」

突然壁に吹っ飛ばされた男に、助手席に座っていたもう1人の男が慌てて車外に出る。

その表情は戸惑いと恐怖に満たされていた。

 

「おい、大丈夫か?」

「何なんだよっ、今の。」

 

ぶつけた肩を押さえながら、吹き飛ばされた男はガタガタと震える。

 

だけれど、そのくらいで制裁が終わるはずもなかった。

 

次に走り込んできたのは、アヌビス。

こちらも、かつてはエジプトの守護神であった漆黒の獣。

その足で大地を蹴り、加速のついたまま助手席から下りてきた男へ一発喰らわせる。

 

「「ぐあっ!!」」

 

最初に吹き飛ばされた男がようやく立ち上がった瞬間、

その男に重なるように助手席の男は激突する。

鈍い悲鳴が2つ、昼間の静かな路地に木霊した。

 

 

 

「たっく、良いところ全部持っていくなよ。」

 

 

「・・快斗。」

 

僅かに遅れをとったのが間違いだった。

現場に到着した快斗が見たのは、こてんぱに伸されている男達。

これでは、主人の立場などあったものではない。

 

「おせーぞ。」

「新一が勝手に家をでるからだろ。」

「にしても、お前が一番に来るはずだろうが。」

「文句ならそいつらに言ってよ。

 フォルスは俺を地面に下ろしたと同時に、風の固まりをぶつけていくし、

 アヌビスは俺の頭を着地場所にして煙突から飛び降りるし。」

 

快斗はまだ痛む頭と腰をさすりながら、新一の傍で休憩している2匹を睨み付けた。

 

どうもこいつらとはうまが合わないのだ。

簡単に言うなら毎日が新一の争奪戦。

日頃は数千年前から生きているせいか、大人であるのに

新一が絡むと、その行動も幼稚化する。

 

 

「おいっ、まだ俺が残ってるんだよ。そこの柔な兄ちゃんっ。」

「うるさい、今、話し中なんだよっ。」

 

快斗は肩に置かれた手をグイッと反対方向によじる。

人間の手ってそんな方向には絶対に曲がらないと思える方向に。

 

「ギャーー!!」

 

奇怪な方向に曲がった手を見つめて叫ぶ男を、ひと蹴りし、地面に伸した後

快斗は何事もなかったかのように話を進めた。

 

ここで、言い訳がましくても弁解しておかないと、後が怖いのだ。

特に新一の護衛隊とも言えるあの3人の小言が。

 

「とにかく、アヌビスとフォルスの妨害が原因なんだよ。」

『快斗の行動が遅いからですよ。』

『そうそう。って、何してるんだ?新一。』

 

アヌビスは快斗の横からひょっこり顔を出して、気絶している男達の傍に立つ新一に尋ねる。

新一は膝をついて、男達の耳元に口を持っていって何かを囁いているようだった。

それから数秒経った後だろうか、男達は気絶しているはずなのにのっそりと立ち上がると、

ゆっくり、自分たちの車に乗り込んでいく。

そして、こちらを振り向くことなく、

車は閑静な住宅地の中、マフラー音を響かせながら去っていった。

 

 

「後始末、終わったぜ。」

 

新一は立ち上がって、ひざに付いた砂埃を払うと、ため息ながらにそう呟く。

その顔には少しだけ疲労の色が垣間見れた。

快斗は去っていった車を見つめながら、少し呆れた視線を新一へと向ける。

 

「あんな男、放っておけばいいのに。」

「そうもいかないだろ。今日の出来事はすっかり頭から消しといた。

 あんな不思議なことがあったんじゃ、大騒ぎになるかもしれねーし。」

 

新一はそう言うと大きく欠伸をして家に向かって歩き始めた。

どこか元気がないのは、どうやら体調不良と言うだけではないらしい。

快斗が意味深な視線を2匹に向けると、2匹も新一の様子の変化に気が付いていたらしく、

原因は分からないと言ったふうに首を傾げる。

 

しばらくその場で思案していた3人だったが、

新一の歩みは止まることを知らないように、一歩一歩進んでいくものだから、

僅かな疑念を棟に抱いたまま、新一を追いかけるしかなかった。

 

無言のままもくもくと歩き続け、工藤邸の家へと続く最後の曲がり角を曲がったとき

新一の足がピタリと止まった。

その動作にあわせうるように、快斗もアヌビスもそしてフォルスも止まる。

そして、三者三様の視線を新一へと向けた。

 

新一はうつむいたままで、その表情は誰にも分からない。

 

何かあったのだろうか。

男に変なことでもされたのだろうか。

それならばもっと早く行動しておけば良かった。

 

そんな後悔が頭を埋め尽くしていたその時、ボソリと新一の呟きが耳に入る。

だけど、その声は凄く小さくて凄く弱くて、快斗の耳には届かなかった。

 

「新一。ごめん、聞こえなかった。」

「・・・変わってるなって思っただけ。」

「え?」

 

新一の理解しにくい言葉に、快斗は耳をそばだてる。

それは、アヌビスもフォルスも同様だったらしく、二匹顔を見合わせていた。

 

 

新一はそんな3人の様子に、クスッと笑みを漏らす。

自分の突発的な発言にとまどうのは尤もな行動だろう。

言った自分でさえ、笑えてくるのだから。

 

幼い頃、怪我をした少年を助けたことあった。

村に住んでいるのは確かだが、顔も見たことのない少年。

興奮する彼をなだめないと、止血ができなくて・・・

新一はしょうがなく“言葉”で命令したのだ。

動くな・・・と。

 

(あの頃はその力になんの疑問も抱いていなかったから頻繁に簡単に使っていたと思う。

 それが後にどんな効果を生み出すのかも分からずに。)

 

ピタリと動かなくなった少年に周りにいたその少年の友人が

化け物を見るような目つきで自分を見ていたのはよく覚えている。

どうしてそんな目をするんだと聞けば、友達は少年を見捨てて逃げていった。

 

「操られるっ。」

「化け物の言いなりにされるって母さんが言ってたぜ。逃げろっ」

 

そう叫んで。

 

自分の力を目の当たりにした人間はいつもそうやって逃げていった。

力を頻用するのを抑えたのはあの頃からだったと思う。

だからこそ、今日も、少しだけ彼らの前で力を使うのは気が引けたのだ。

でも、それでも、快斗達なら大丈夫だという確信が欲しかったのは事実。

 

 

「普通、怖がるだろ。俺の力を見たら。」

 

次に自分の口から出る言葉を待っている3人に、新一は言葉を綴った。

意外な新一の一言に一瞬、3人は惚けたような表情となる。

まるで、新一が何を言っているのか理解できていないように。

 

「おい、なんか反応しろよ。」

 

「いや、何て言うか。なぁ。」

『新一への愛情不足だったか?しょうがない、これからはもっとスキンシップを・・。』

『アヌビス、貴方は黙っていなさい。

 でも、もう少し新一様に認められていると思ったんですが。』

 

まだ出会って数週間じゃ、しょうがないですかねぇ。

 

フォルスは自嘲気味に呟いて、翼にくちばしを埋めた。

 

 

 

 

「新一。帰ろう。」

「快斗?」

「俺、今、少しだけ怒ってる。本当のこと言うならすっごく怒ってる。」

 

手を掴んで、グイグイとひっぱていく快斗の表情は新一からは見えなかった。

ただ、自分に告げる言葉が嘘ではないと示すように、その掴んだ手は強い。

 

「俺が、俺がっ、新一のことそう言う風に見るはずがないに決まってるだろ。」

 

「でも、普通は怖がるものだろ。

 俺がいつお前にとんでもない命令するか分からないんだぜっ。」

 

新一は快斗の手をふりほどいて、大声で叫んだ。

 

どうして自分のような人間を見て、そんなことが言えるのか、分からない。

快斗だけじゃない、平次達だって・・・。

 

 

快斗はそんな新一に近づくと彼をそっと包み込んだ。

まるで母親が子供を抱き込むように、やさしい腕で。

 

「新一はそんなことしないよ。」

 

そう耳元で囁くと、新一がくすぐったそうに身をよじる。

 

 

そして、その蒼い双眼が快斗を捕らえた。

 

「どうして言い切れる。」

 

嘘を絶対に許さない強い輝きを放つ瞳。

だけど、その色はどこか孤独で寂しいと快斗は思う。

快斗は新一の背中に回していた手をそっと新一の頬へと動かした。

冷え切った頬の冷たさが、じんわりとしみこんでくる。

 

「好きだからだよ。新一を好きだから信じれられる。

 新一を好きだからどんな命令でも構わないと思える。

 もちろん護神なんて関係なくね。これじゃあ、答えにならない?」

 

少しだけ、新一の頬が紅く染まった。

新一は快斗の手をすり抜けてうつむくと、

“悪かった。失礼なこと言って”とボソリと言葉を漏らす。

 

新一なりの不器用な謝罪がどこまでも快斗には愛おしく感じられた。

 

快斗は新一の手をとって再び歩き始める。

 

横にはアヌビスとフォルスが妬ましげな視線を向けているが

あえて気にしないほうが良さそうだ。

 

 

 

「新一。手が冷たい人って心が温かいんだって。」

 

 

繋いだ手の温度差に思い出したように快斗が口を開く。

 

 

「なら、おまえは心、冷たいのか?」

 

 

「うん、だから暖めてよ。心も体も♪今夜・・・ねっ?」

 

 

 

意味ありげなニュアンスでそうささやく快斗に、

2匹の式神から、直ぐさま、お灸を据えられたのは言うまでもない。

 

 

あとがき

少しだけ未来の話を。

アヌビスやフォルスってご存じですか?

あのエジプトの守り神になっている犬と鷹です。

 

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