風薫る5月。 新緑が目にまぶしい季節。 新一は何も告げずに村を飛び出すと電車に飛び乗り知らない駅に降り立った。 〜育花雨〜 菜の花の時期も過ぎ、小さな駅沿いには赤い蓮華の花が鮮やかに輝いている。 新一は透き通った青い空を見上げて、今日は出かけて正解だったとほくそ笑んだ。 黙って・・・ということで後で小言は言われるかも知れない。 だけど、今日はどうしても1人で出かけたい気分だった。 人気のない畦道を進んで小高い丘につく。 知らない場所、知らない道にはずなのに、自然と足は動いた。 まるでこの場所に丘があるのを知っていたかのように。 丘の上には楠らしき大木が立ち、まるで一枚の絵のようだ。 新一はもくもくと歩き続けていたが、 ふと木の根本に何かが居るのに気が付いて足を止める。 黒い影。 大きな犬だろうか? その生き物はこちらに気が付いてのっそりとその頭を擡げた。 「起こして悪かったな。」 真っ黒な生き物に新一はそっと声を掛ける。 するとその生き物は驚いたように新一を黙って見つめた。 『ひょっとしてシンか?』 生き物はジッと見上げて誰かの名を呼ぶ。 だが返事をしない新一に生き物は目を細めた。 『シンが生きているはずはないか・・・。』 「シンとはおまえの大切な人だったんだな。飼い主か?」 『まぁ、護るべきもの。というのが適切だな。』 その生き物は再び木の傍に横になると遠くを流れる雲を見つめる。 新一は彼の視線がずっと昔を見ているように感じられた。 それはきっと、その“シン”という人物が生きていたずっと昔を。 『それにしても、俺が人間の言葉を話すことを驚かないんだな。』 「あ?まぁ、なんとなくおまえは話せそうな気がするし。」 新一はそう言うと彼の隣りに腰を下ろす。 その生き物は新一が隣りに座ったことに不快感を示すことなく きれいな双眼を新一へと向けた。 『今日はどうしてここに?』 「今日という日は、1人で過ごしたくなるからな。抜けてきた。」 『何か特別な日なのか?』 「大したことじゃねーよ。ただの誕生日だ。」 新一はそう言ってクスッと笑う。 どうしてだろうか。毎年、この日になると無性に1人で居たくなるのは。 いや・・・正確には。 一緒に祝ってほしい人を捜してるのかも知れない。 『誕生日に1人か。俺には理解できないな。 俺ならば主役面して威張ってられるこの日を有意義に使うぜ。 それに、俺の知っている奴はシンの誕生日になると必ず盛大に祝ってた。』 「へぇ。シンは幸せ者だったんだ。」 『ああ。そして今日がその誕生日だ。』 「え?」 すさまじい風が新一と黒い生き物の間を通りすぎる。 大きな楠の枝がその風によってしなり、少しだけ古くなった葉を落とした。 あまりにも強い風に新一は思わず目をふさぐ。 そして目を開けたときには・・・ 「いない?」 黒い生き物は姿を消していた。 一輪の真っ白な花を残して。 『まったく、何をしているんですか?アヌビス。』 『しょうがないだろ。まぁ、気が付いていないみたいだし。』 『当たり前です。もともと謹慎中なんですからね。 今日はシン様の誕生日ということで特別に人間界への許可が取れただけであって。』 『そうガミガミ言うなって。だいたいもうすぐ俺達の謹慎期間も終わるんだし。 来年の今頃はきっと新一も笑ってるさ。』 ・・・数年後 「ああ、ここだ。ここ。」 「新一。待ってよ。早すぎ!!」 『快斗が遅いんだよ。』 『まったく、我らが主人ながら情けないですね。』 快斗の手に握られたバスケットの中には、ケーキとサンドイッチ。 新一の手にはきれいな白い花束。 その前を行くアヌビスとフォルスはそれぞれ可愛らしい小包を持っている。 行き着く先は大きな楠。 今も昔も変わらない、新緑のきれいな・・・・。 さぁ、大切な人の誕生日を祝おう。 あなたが再びこの地に生まれてきたことを祝わずにいられないから。 |