再会が嬉しかったのは分かる、と志保は閉まったままの障子を眺めて思った。 だが、今日で丸三日。 そろそろ彼を皆に引き合わせても良いのではないだろうか。 手に持っているのは部屋にいると思われる1人、新一の母が作った朝食だ。 味噌の良い香りが漂うそれを障子の前に置いてきて欲しいと頼まれたものの やはり中に入って、新一の無事を確認したい。 いや、彼が戻った時に存在としての確認はしているのだが、 今は体調的なことが心配なのだ。 「まさか腹上死とかしてないわよね・・。あ、工藤君の場合は腹下死?」 「志保ちゃん、なかなか入ってこないと思ったら、朝から何言ってんの・・・。」 ガラリと開いた障子の先には、顔を妙に引きつらせた新一のお相手がいた。 〜恐怖と心音〜 「おはよう、工藤君。体調はどう?」 「あ、ああ。悪くない。」 部屋に入れば中は綺麗に片付けられており、木製のテーブルが中央に置かれている。 そろそろ食事が運ばれてくるころだろうと準備していたらしい。 新一と快斗もすっかり身支度を整えており、 今まで着ていた寝巻きの着物ではなくそれぞれ持ち込んだ洋服になっていた。 志保はお櫃のご飯をつぎ分けると、二人に差し出す。 ちょっと夫婦みたいね、と新一に微笑みかけたせいか、 若干快斗の表情がすね気味だった。 「志保ちゃん。俺だって節操なしじゃないんだから、毎晩はしないよ。」 「あら、その割には頬に見事な紅葉ね。」 「あっちゃぁ。まだ残ってる。」 部屋の隅にある鏡台で確認する快斗を後目に新一はパクパクと食を進める。 大方、無理やり迫って報復されたのだろう。 「それよりそろそろ充分でしょ?工藤君のことみんな心配してるわ。」 「え〜。もう一生閉じ込めときたいのにさぁ。」 「馬鹿いわないでちょうだい。」 自分の分のお茶をついでそう切り捨てる志保に快斗は頬を膨らませた。 今はこうしていつも通りの快斗に戻っているけれど・・・と新一はその姿を見て思う。 帰ってきたときの快斗は、それはそれは普通ではなかった。 『新一っ、新一っ。』 痩せこけた頬、焦燥した表情、 その全てが今まで見たことのない、彼とは正反対のもので。 新一は抱きしめてきた快斗を安心させるように強く抱き返した。 ここまで心配させていたとは思わなかった。 第一、どれだけ離れていたかも分からない。 気付けばあの湖に居て。 だけど今思うのは、時間がどれだけ経ったとかいうより、 そんなことより、なにより・・・とにかく自分の存在を伝えたい。 それだけだった。 その後、数時間は両親や平次たちと過ごしたが 夜になると有無言わさずに引きずられ、こうして一緒にすごしたというわけだ。 その間、周囲が何も言わなかったのは、 快斗のこの数日を知っているためだろうと新一は思い、 と同時に、彼自身もまた、快斗の好きにさせようと決めた。 決めたのだが 「体力馬鹿なんだよ・・・。」 「え?何か言った?」 「独り言だ。バカイト。」 そう言って味噌汁を飲み干す新一に快斗は軽く首をかしげたのだった。 『恐怖ですね。』 「恐怖?」 『まぁ、二度も失う恐怖はきついでしょうし。』 快斗が朝風呂に向かったため新一は、フォルスと一緒に縁側にいた。 木々の隙間から柔らかに差し込む陽光の中で、アヌビスは大きくあくびを漏らしている。 離れるのが嫌だと言い張る彼に自分たちがついているからと説得し、 渋々ながらもようやく新一から離れた快斗。 その様子を思い返しながらフォルスはチラリと風呂場のあるほうに視線を向けた。 「二度か・・・。シンの記憶はあまり無いけど、俺はどうすれば良いんだろうな。」 『傍に居てやればいいだろ。人間なんてそう長生きするわけじゃないし。』 『アヌビス!』 『それに失うのが怖いなら、失わない努力がいるんだよ。』 アヌビスは前足を倒して体を引き伸ばすと、草陰へと消える。 どうも様子がおかしいのは快斗だけではないようだと新一は眉間にシワを寄せた。 『新一様。お気になさらずに。きっとアヌビス自身も悔しいんですよ。 最後の戦いでお役に立てなかったですし。・・では、私も失礼しますね。』 「新一。おさき〜。」 フォルスが飛び立ったと同時に バスタオルを首にかけてホクホク顔でやってきた快斗は いつもと変わった様子は無く、それでも違和感は否めなくて。 そんな彼をジッと見上げていると快斗は軽く苦笑を漏らした。 「風呂上りの俺って男前?」 「ちげぇよ・・それより、快斗。ちょっと。」 来い来い、と手招きする新一に快斗は彼のとなりに座り込む。 と、グイッと首にかけたバスタオルを引っ張られ新一の胸に顔がうずまった。 「新一?」 「ちゃんと聞け。俺はここに居るだろ。」 快斗の頭を新一の細腕が包み込む。 聞こえるのは鼓動する彼の心音。 ああ・・・ そうだ、新一はここに居る。 「快斗・・愛してる。」 言葉と共に額に感じたのは彼の暖かな唇。 滅多に無い、新一からの告白。 それは甘い媚薬のようで。 「せっかく我慢してたのになぁ。」 「は?」 「新一がそんなこと言うからだからね。今日までやっぱり独占させてもらうから。」 「ちょ、快斗。俺は風呂に。」 「志保ちゃんに怒られても新一のせい。」 そう言ってひょいっと抱き上げた快斗の横顔はいつもどおり・・違和感も無くて。 愛してると呟きながら、何度もキスを降らせる快斗に 新一がしょうがないと諦めるまであと少し。 |