世の中には、やはり変わった人物も多い。 中国系の美人女性、明麗(ミンレイ)も又、 その変わった部類に入る人間だった。 ◇バカップルは地球を救う!?◇ 「ねえ、女の最大の武器はなんだと思う?」 「なに?またその話し?」 「どうせ、美しさって言うんでしょう?」 喫茶店の一番奥で、3人の若い女性達が楽しそうに会話をしていた。 日本語での会話であるが、韓国人と中国人の女性である。 昨年から、留学という形で彼女たちはこの東洋の果ての国に来ているのだ。 窓に背を向けるように座っている2人もわりとかわいらしくはあるのだが、 そこから群を抜いたように、思わず凝視してしまうほどの美女が居る。 腰まである長さの黒髪を自由に遊ばせて、 ミニスカートからのびる細くて白い足は、 その場にいる男達の視線を独占していた。 「傾城って知ってる?」 明麗はゆっくりと紅茶に口を付けながら、向かえに座る韓国人女性に尋ねた。 彼女はその聞き慣れない単語に目を丸くする。 「ケイセイ?」 「ああ、楊貴妃みたいな人のことでしょ? その美しさで国の王を虜にして、国をも傾けてしまうって意味の。」 そんな彼女に意味を教えているのは明麗の古くからの親友である中国人女性。 「で、その傾城がどうかしたの?明麗。」 「この国に来て、ある程度の有名人は私の手に落ちたわ。 タレント、代議士、大手会社の社長。」 「それが、貴女の趣味だしね。 まったく、その気になれば世界征服も出来そうね。」 「ええ、そのうちするつもり。それで手始めに次に私が ターゲットにしたのは、この国の女性ばかりか、 他国の美女までも虜にしているこの男。」 明麗が差し出した写真は、どこかのステージのものだった。 そこに映っているのは、数年前から人気落ちのない 世界的有名なマジシャン。 明麗が見せた写真を2人は凝視してしまう。 話題には聞いていたが、見るのは初めてなのだ。 テレビの出演はせず、写真さえなかなか撮るのが許されない。 見れるのは唯一、倍率の激しいステージでのみ。 「世界中の女性の憧れ。黒羽快斗。見事に傾城してみせるわ。」 写真を口にくわえて、明麗はほそく微笑んでいた。 「まずは、楽屋よね。」 今まで、数々の男を手玉にしてきた戦闘服の 黒のチャイナドレスを身につけて、立入禁止の場所を 彼女は堂々と進んでいく。 警備員をたらし込むのは彼女にとっては軽いことだ。 しばらく進んでいくと、楽屋の張り紙に 黒羽快斗様と刻んであるのが見えてきた。 明麗は鏡とブラシを取り出して、かるく身を整えた。 そして、最後に緋色の口紅を丹念に塗り直す。 これで、準備はバッチリだ。 「黒羽快斗、私の虜にしてみせるわ。」 以前、誰かが言っていた台詞っぽいが それは気にせず流して貰うとありがたい。 さてさて、明麗は楽屋の扉へと手をかける。 用意した大輪の花束を後ろ手に隠しながら・・・。 さすがの彼女も、少し緊張はしていた。 「おい、快斗。人が来たらどうするんだ?」 「え〜、大丈夫だよ。警備員さんいるし、 まあ誰かに見られても問題ないっしょ。」 扉を開けようとした瞬間 中から聞こえる女の声と男の声に明麗はビクリと体を硬直させる。 男の方は、間違いなく黒羽快斗のはずなのだが、 ステージの声とは正反対の声質をしていた。 どちらかと言えば、ステージの上では紳士風の立ち振る舞いや それに見合った声を出していた気がする。 だが、今聞こえた声は甘えたような、どこか幼い感じさえする声色。 明麗は不審に思いながらも、少しだけ扉を開けた。 僅かな隙間から、ステージ衣装のままの黒羽快斗の後ろ姿と 後ろから抱きしめられて、うざったそうにしている女性が見えた。 女性は後ろ姿のために顔までは確認できないが、 黒羽快斗からその長い髪にたくさんのキスを受けている。 明麗は先を越されたと感じつつも、とりあえずその光景を眺めることにした。 「たっく、ばれたら大変なんだぞ。」 「俺は、公開したいけど?せめて新一のことくらいだけでも。」 「あのなぁ。」 「分かってる、雅斗の為だもんね。」 後ろから抱きしめる快斗を見上げて非難の視線を向ければ、 今度は目尻にキスを受けてしまった。 そのお返しにと、新一は自分の腰に廻っている手をほどいて、 その手に口づけする。 もちろん、新一だって快斗と同じ気持ちだから。 「今日だって、こんな花貰ってさ・・。」 「何、やきもち?」 「・・・そうだよ。」 快斗の腕から離れて、新一は楽屋の一角に大量に積まれた 花や贈り物の1つを手に取った。 そこには、黒羽快斗様や、私のマジシャンへ、など いろいろなメッセージも添えられている。 「心配しなくても、貰わないよ。 俺が欲しいのは新一だけだから。ずっとね。」 「欲のないやつ。」 少し拗ね気味の奥さんを今度は正面から抱きしめて、大人のキスをする。 そして、そのまま快斗は新一の服の中に手を入れようと・・・。 ガタン 「誰だ?」 新一は快斗の手を払いのけて、楽屋の外へと飛び出した。 だが、そこには誰も居ない。 かわりに、あるのは大きな花束。 「追っかけの娘でもきたのか?」 「まあ、ばらしはしないっしょ。ねえ、新一続き・・・。」 「俺は、これから仕事だ。」 後ろからもう一度、抱きしめようとする快斗を 扉を使ってうまく中へ押しやると、新一はその落ちた花束を持って、 先にある曲がり角まで歩いていく。 そこには、案の定、一人の女性が居た。 「これ、貴方のですよね?」 「あ、いえ、その・・・。」 「すみませんけど、彼を、黒羽快斗を譲ることはできません。」 ニコリと綺麗に微笑んで、新一は明麗に花束を返した。 世界で一番美しい。 そう、自信を持っていた明麗の考えが崩れていく。 本当に、黒羽快斗の彼女は、 老若男女、いや万物に好まれる女性だと感じた。 「完敗ね。」 明麗はその花束を持ったまま、来た道を戻っていく。 心の中で、私もあんな本当の恋がしたいと感じながら。 こうして、世界征服できるであろう女性の野望はもろく崩れ、 地球は救われたのだった・・・・・? |