あれほど騒いでいた花見も随分昔のように感じるほどに桜もすっかり葉桜となって、 東の小さな国は、まさに夏という季節を迎えようとしていた。 ■べっぴんな店長さん(命名服部)■ 「頼む。一生のお願いや!!わいら、友達やろ。」 冷房機が故障中のために蒸し暑い教室で、服部平次は けだるそうに机にうつ伏せとなっている快斗と、 暑さを感じないような涼しげな表情で推理小説に見入っている白馬に 両手を合わせて頭を深々と下げた。 そんな彼の様子に、快斗はゆっくりと上半身をあげ、 白馬もまた推理小説に金色の鮮やかなしおりを挟んで、机に置く。 やはり、何やかんや言っても友人の真剣な頼みを無下にすることはできないのだ。 2人がようやく話を聞く体制になったのを確認して、平次は話し始めた。 「あのなぁ、好きな子ができたんや。」 「うわっ、ベターな始まり方。」 「どうせ僕らに協力して欲しいとか言うんでしょう?」 「黙って聞けんのか!!」 机の上に足を放り投げて、イスに全体重を預けるように体制を変えると、 快斗は大げさにため息をついて天井を見上げた。 白馬も同じく、その手の話には協力する気がないらしく再び推理小説に手を伸ばす。 「めちゃくちゃ、べっぴんな店長さんがおる喫茶店があんねん。 けど、その店長さんガードがめちゃくちゃ堅くてな、わい一人じゃ近づくこともできへんねん。 そりゃ、一人で出来るンならそうしたいわ。頼む、一生のお願いやから。」 そう言ったまま、頭を下げて再びあげようとしない平次に快斗は視線だけ白馬に向けた。 「しょうがないですね・・・。」 「まあ、珍しい服部からのお願いだし。」 「ほんまか!?持つべき者は良い友やなっ。」 約束をどうにか取り付けてホッとしている服部の頭にバシンっと鋭い衝撃が走る。 その痛みを与えた出所を見れば、腕組みした数学の教師が仁王立ちで立っていた。 「授業はとっくに始まってるのが分からないのか。・・・3人とも廊下に立ってろ!!」 その、有無言わせぬ一言で、平次はすまなさそうに2人を見ながら、 快斗と白馬は迷惑そうな視線を平次に送りながら、渋々廊下へと向かうのだった。 -------------- さて、放課後、数学の授業で立たされたことを知った担任にこってり1時間、 説教を受けて、帰路についたのは、いつもより1時間遅い、午後5時だった。 3人は早速、平次のお気に入りのいる喫茶店へと向かう。 午後5時という、夕食前の時間帯であるのに、喫茶店の前はごった返したような人の列。 それに、若い女性だけでなく、老若男女問わない様々な年齢層。 喫茶店自体は、木造風の暖かみのある作りとなっていた。 最近は“スター○ックス”などの気軽に立ち寄れるコーヒーショップが人気を集めているため、 喫茶店などは次々と潰れているご時世。 「珍しいな。こんなに活気ある喫茶店って。」 「それが、店長の影響なんや。いいか、自分ら絶対に惚れるンやないで。」 ようやく、順番が来て店内にはいると、ロッジ風のテーブルやイスが視界に広がった。 流れるBGMは、鳥の声や木々のこすれる音。 高い天井ではこれまた木製の扇風機がゆったりと回っている。 蒸し暑い外とは違って、ここは天然のオアシスのようだった。 「けっこう、女性のレベルがたかいですね。」 「それでも、店長を引き立てる存在にしかなれへんのや。」 愛想良く、席まで案内してくれるウエイトレスを観察しながら、 白馬はポツリと独り言のように言葉を漏らしたのだが、 平次はその一言を聞き逃すことなく、付け加えを行う。 そんな、彼の一言に、相当惚れ込んでいるのだな。と2人は同時に思っていた。 ちなみに、女性定員は、真っ白の清潔感溢れる半袖のワイシャツに 黒のエプロンスカートとわりとシンプルな制服。 確かに、白馬の言うとおりかなりのレベルの高い女子が集まっている。 「で、店長さんはどちら?」 「よっぽど、綺麗な女性なんでしょうね。」 快斗はフルーツパフェを美味しそうに食べながら、 白馬はアイスコーヒを口に含みながら店内を視線だけ動かして観察する。 数名いる、女性スタッフの中で、店長らしき女性はまだ見つけられなかった。 「あれや、あれ。ほら、一番奥にいる。」 「「男!!」」 白馬と快斗が2人揃って、大声を上げたことにより、店内は一瞬、シンと静まりかえる。 だが、しばらくして、お客たちはまた自分たちの話へと戻っていった。 「何、でかい声あげてんねん。」 「てか、なんで男なんだよ。」 「これだけ、綺麗な方々がいらっしゃるのに。」 「アホッ。自分らは後ろ姿しか見てないやろ。ちょい待っとれ。」 ブーイングを始める、友人2人に、平次はメニューで軽く2人の頭を叩くと、 手を挙げて奥にいる店長を呼んだ。 そんな、服部の態度に“どこがなかなか近づけないだよ”と快斗が毒づいたのも無理はない。 「おう、又来てくれたんだな。」 「そりゃ、そうやろ。繁盛してるようでなによりや。」 嬉しそうにほほえむ、店長さんを快斗と白馬は思わず凝視してしまった。 「ん?服部の友達?」 「そや、クラスメイトの黒羽に白馬。客、さらに増やそう思ってな。」 「俺を、過労死させるきかよ。でも・・まあサンキューな。ゆっくりしていけよ。」 クスクスと笑いながら、店長は注文を取るために席を離れていった。 それを、未だに呆然と見つめる快斗と白馬。 平次は、“どや、べっぴんさんやったろ?”と問いかけようと彼らに視線を向けたのだが、 あまりにも間抜け面で店長を見つめている表情が視界に飛び込んできて、 彼らが店長に惚れてしまったことを長年の付き合いから悟った。 「まさか、惚れたん?」 恐る恐る聞けば、恐ろしいほどのにこやかな笑み。 「・・・わいに協力してくれるんやろ?」 「いや、最初はそのつもりだったんだけどね〜。」 「あの方は、君にはもったいないですし。」 “わりぃ”と謝罪の声と共に、平次に返された返事はとんでもない宣戦布告だった。 それからというもの、3人で学校帰りにその喫茶店によるのは日課のようになっていた。 さすがに、定休日の月曜と学校のない土曜と日曜以外はやってくる3人は店の名物客となる。 店長もさることながら、この3人も、高校では言わずと知れた人気者。 無邪気で純粋な平次に、明るくおもしろい快斗、知的な雰囲気で紳士的な白馬。 それに加えそれぞれ、形の整ったパーツをしているため、告白何ぞ日常茶飯事。 もちろん、店長目当てで来ている客もいるのだが、 最近は彼ら3人を見に来る客も多くなって、店はいつも以上に大繁盛していた。 だが、それに比例するように、やはり忙しさ故か店長と顔を合わせる時間もない。 そんな日々が数日続いて、快斗は考えた。 このままでは、ただの客で終わってしまう!! 「黒羽、わい、今日は部活があっていけんのや。」 「黒羽君、僕もちょっと用事がありまして。」 「ああ、別にわざわざ言わなくても。」 “おまえら無しの方が好都合だし”そう内心毒づいて、 すまなさそうに帰っていく友人を快斗は笑顔で送り出した。 ラッキー。そんな表情で今にもスキップしそうな軽い足取りで、快斗は一路喫茶店を目指す。 だが、恋の神様は早々、快斗の見方などしてくれないのか ・・・・なんと喫茶店の扉には“今日はお休みします”の立て札。 「うそだろっ。」 快斗はその場に倒れ込むようにして、ペタンと喫茶店の前へと座り込んだ。 その時、視界に飛び込んだのは、草に隠れて見えにくい小さな脇道。 快斗は誘われるようにしてその脇道を進んだ。 小道はかろうじて、コンクリートではあるが、 ここが都心とは思えないほど木がぼうぼうに生えている。 そして、そこを進んだ先に・・・喫茶店とよく似た形容の建物があった。 「ここ・・・ひょっとして。」 快斗はそっと扉をノックする・・・が返事はない。 しょうがなく、扉に手をかければ鍵は掛かっていなかった。 正面にある階段を気配を殺して登れば、3部屋ほどの扉が視界にうつる。 快斗は迷うことなく、中央の扉をゆっくりと開いた。 「誰だ?」 「店長さん?」 開いた扉の音で目が覚めたのか、バッと起きあがったこの家の主人は予想通り喫茶店の店長。 彼も又、ここにいる快斗に驚きを隠せないでいた。 「おまえ、確か服部の友達の・・・えっと。」 「黒羽快斗。」 けだるそうな体を起こす店長さんの具合が悪いのは一目見れば分かることで。 快斗は体を起こそうとする彼を再びベットへと戻した。 「店長さん、無理し過ぎなんだよ。」 「よく、この家が分かったな。」 快斗の少し拗ねた声と共に、額に感じる冷たいタオルの感触。 どうやら、取り替えてくれたらしい。 「恋の神様のお導きってやつ?」 「馬鹿か?」 「ひどっ。ところで、店長さん。こんな時になんだけど名前なんて言うの?」 ベットの隣にイスを持ってきて、快斗は前々から思っていた疑問をぶつける。 思い出してみれば、服部もそして店員たちも彼のことを“店長”と呼んでいた。 「俺、名前は言わない主義。」 「え〜。いいじゃん。」 「ゴホッ、ゴホッ。おまえ、店で見たときから思ってたけど、ほんと、ガキっぽいよな。」 咳をする店長さんを心配しつつも、快斗はこの上ない喜びを感じていた。 彼が、きちんと自分を見ていてくれたことが分かったから。 「薬飲んだ?」 「いや、なんにもくってねーし。」 「じゃあ、ちょっと作ってくるから待ってて。」 「わりぃ。」 快斗は布団をしっかりとかけて、台所へと急いで向かう。 それでも、ドタドタと足音を立てないよう気を配りながら。 一階の部屋に入って目に入ったのは、店長さんとその両親の写真。 写真から察するにどうやら、あの喫茶店はもとは両親の出した店のようだ。 そして、その横にあるのは・・・位牌だった。 「ほっとけないよ。ほんと。」 どうにか、のこっていたご飯と卵でお粥を作り、2階の部屋へと再び戻る。 部屋にはいると、店長さんは気持ちよさそうに寝ていた。 とりあえず、お粥を側に置いて、快斗はよどんだ空気を入れ換えるために窓を開ける。 気持ちのよいそよ風が、寝室へと入ってきた。 「まずは、名前を聞き出すところからか・・。」 いつも笑顔の店長さんの、自分と少し似ている過去を知って、 長い道のりだとは思いつつも、快斗は彼とともに歩んでいきたいと思わずにはいられない。 長期戦覚悟の試合のゴングの変わりに、そっと、今は名前も知らない“店長さん”の額に 快斗はそっとキスを落とした。 ■あとがき■ リク内容は“皆に大人気な新一君にどうしても近づきたい快斗が何とかしてお近付きになる (まずはお友達から、ってやつ?)”だったはずなのに・・。微妙・・・。 天音様、本当にすみません。なんか、お友達にもなっていない気が。 おまけに題名も“なんやねん”って感じですね(苦笑)こんな駄文ですが、貰ってください。 |