バキッ

 

「ギャーー。」

 

ドサッ

 

 

移動教室で歩いていたルルーシュとスザクは

凡そ平和な学園には相応しくない音に足を止めた。

音が聞こえてきた方向は校舎裏で人通りの少ない場所だ。

 

なんとなくその原因を推測しつつも、

やはり生徒会のメンバーがこれを見逃すわけには行かないだろう。

 

2人はどちらともなく目配せすると、音源に向けて踵を返した。

 

 

 

〜それぞれの愛し方〜

 

 

 

「ここ、中等部の敷地ですよ。」

「どうして貴方がいるんですか?」

 

聞こえてきた声に、男はゆっくりと視線をこちらへ向ける。

殺気だった視線は、見慣れている2人にも軽い悪寒を覚えさせた。

 

本当にこの男は人間離れしすぎているといえる。

 

足元に転がっているのは見間違えではなければ、中等部の生徒だ。

単独、ということだから、群れていてという理由でもないだろう。

 

生きては、いるだろうが・・・。

ルルーシュはその男子生徒のそばにより傷の具合を確かめた。

 

鳩尾に一発。軽く肋骨くらいは折れていそうだ。

スザクは慣れたようにどこかに電話をしている。

おそらくこの学園の保健班だろう。

学園内に一流の医療が揃っているのはもはや驚くべきことではない。

 

それに、この事実を表ざたにするわけにはいかないのだし。

 

「じゃあ、あと処理は任せたよ。」

「雲雀先輩。いい加減にしてください。」

 

颯爽と去っていく男にルルーシュは怒りを含めて彼を呼び止めた。

何?と涼しい顔で振り返る男を何度、本気で殴り倒したいかと思ったことか。

だけど自分の体力では到底敵わないことは分かっていた。

 

「中等部での問題は会長に、ツナに上がるんですよ?」

「君たちが黙っていれば問題ない。第一、軽くすませてやったほうだよ。それ。」

 

もはや生き物とは認めていない言い方に、ルルーシュは二の句をつなげない。

彼こそがこの学園の秩序と皆は言う。

けれどそれに疑問をもっていないものなどいないのだ。

 

新一の父親である学園長も知らないはずは無いのに・・・。

 

「あなたは人をなんだと思ってるんです。」

「君に言われたくないな。」

「ツッ。」

 

ルルーシュの顔色が一気に変わる。

この男は自分が日本に来た経緯を知っているのだろうか。と。

 

「雲雀先輩。それ以上言うのなら、あなただって許しませんよ。」

「ふ〜ん。許さないならどうするんだい?」

 

フッと嬉しそうに緩む口元にスザクは彼の真意を感じた。

どうせ戦闘マニアの男だ。挑発して戦いたいのだろう。

それに乗せられるのは癪でしかない。

けれど、今は自分の怒りをぶつける場がスザクには欲しかった。

 

「スザク。」

 

「止めるなら、君から・・・。」

 

スッとルルーシュに向け振り下ろされたトンファーに

スザクは傍にあった小石を投げつけ軌道をかえる。

 

「ルルーシュに手をだすな。」

「いい目だ。ようやく本性を出したね。枢木スザク。」

 

スパコーン

 

臨戦態勢に入った2人の頭を気持ちいいほどにサッカーボールがぶつかった。

 

急なそれに2人の戦意は一気に喪失する。

ルルーシュたちがボールの方向に視線を向ければ呆れ顔の新一が立っていた。

 

「ここにいたか、ダメ副会長。さっき放送で呼び出しただろう。」

「うるさいよ。僕に指図しないでくれない。」

 

近づいてきた新一はチラリと倒れた生徒をみて重々しくため息をつく。

またか、とでも言いたげに。

 

「こいつは3-Bの山田か。こんなことしてもツナは喜ばないぞ。」

「相変わらず情報は早いみたいだね。けれど別に綱吉のためじゃない。」

 

「・・・ともかく風紀委員にも関する議題だ。

ここは俺がどうにかするから、早く生徒会室に行け。」

 

小さく舌打ちして雲雀はそのまま高等部のほうへと足を向けた。

 

新一は転がったサッカーボールを手にとって、やってきた保健班に軽く事情をつげる。

さすがは学園長の息子。

保健班は軍の兵士のように畏まって、山田といわれた男をつれていった。

 

「工藤先輩。あの男・・・。」

 

「イジメだ。ツナは庶民の出って小ばかにされてるからな。

雲雀は理由無く暴力を振るうことは少ない。」

 

あくまで『少ない』の範囲だけど。と新一は苦笑する。

 

「スザク、おまえには雲雀の気持ちが分かるんじゃないか?」

「・・・・はい。」

 

ギュッと拳を握り締めるスザクにルルーシュは軽く肩を落とした。

大切な人を護るために歯止めが利かなくなる癖は、スザクにも自覚がある。

現に今も、雲雀を本気で倒すつもりだった。

 

「もちろんどんな理由があろうと許されることじゃない。」

 

警察の手伝いをしているという新一が見てきた殺人現場。

そこに横たわる憎悪を知らないわけではない。

 

だけれど、どんな大儀名目があっても

人が人を傷つけることも殺すことも許されることではないと思っている。

 

「先輩は綺麗過ぎますよ。」

「そうだろうな。俺は理想しか口にしない。自覚はあるさ。」

 

スザクの皮肉を軽く笑って流すと、新一もまた雲雀の去ったほうへと足を向けた。

 

 

 

 

 

中庭の傍にある自販機でコーヒーを買うと、ベンチに腰を下ろす。

会議のほうは会長である快斗が主導で進めているため、

特に自分が出向く必要は無いだろうと思いつつ、新一は散り始めたイチョウを眺めた。

 

少しずつ風が冷たくなり、季節は秋から冬へと変わろうとしている。

温かいコーヒー缶を頬につけて、ふーっと一息ついた。

 

「また、雲雀がやらかしたって?」

「・・・おまえ、会議は?」

「愚問でしょ。」

 

トスンと当然のように隣に腰を下ろした男は、

先ほど新一が会議を押し付けようと思った相手。

 

呆れる彼の視線を諸共せず、快斗はふわぁと大きく欠伸を漏らした。

 

「それにしても風紀委員長の暴力沙汰には悩まされるよね。」

「まぁな。ほんと、うちには危ない連中しかいない。」

「スザクに偽善的とでも言われたわけ?」

「・・・・おまえ、どこまで情報早いんだ?」

 

呆れつつコーヒーを手の中で回すと、『愛だよ、愛』と彼は笑う。

 

「まぁ、確かに新一は綺麗だよ。けど、俺はそんなおまえに救われてる。」

「快斗?」

「汚い血の色も、綺麗な水で洗い流せるから。」

 

言葉と共にグイッと強引に引っ張られて、気付いたときには快斗の腕の中だった。

暖かな彼の腕に包まれて、少しずつ自身が落ち着いていくのが分かる。

そっと目を閉じると、新一は快斗の心音に耳を集中させた。

 

「雲雀は、いつまでもツナを綺麗な状態で居させたいって力を使う。

 いっそ躊躇無いほどにね。だから、気持ちは分かるんだ。スザクも同じだよ。」

 

「おまえらは本当に自分勝手だな。こっちの気持ちも考えろよ。」

 

「ある意味、俺らって似てるのかもなぁ。」

 

ククッと押し殺したような笑い声が耳元で響く。

そんな快斗の背中とシャツの間に新一はコーヒー缶をストンと落とした。

 

「うおっ。」

「会議に戻るぞ、バカイト。」

「ひでぇ。」

 

「なぁ、快斗。俺らは守られるだけのお姫様じゃないぜ。」

「え?なになに?」

 

後ろから慌てて追いかけてくる快斗に、新一は小さく「ありがとう」と呟いたのだった。