毎日聞こえる声。

そう、声だけ。

この場所に閉じこめられてはや1ヶ月。

お互いに名前や性格は分かってきたのに、容姿と表情は分からなかった。

 

断絶

 

どうしてこんなところに居るのだろう。

そう思うのは鉄格子の先に月が見える時間帯。

毎日、毎日、この時間になれば無駄だと分かっていながらも考えてしまうこと。

周りを見渡せばかび臭いベージュの毛布が一枚。そして壁の隅にはクモの巣。

あとは冷たい色をしたコンクリートの壁。

 

「おい、寝たのか?快斗。」

「んや、またくだらない考え事。」

「また?」

「ん。また。」

 

隣の部屋から聞こえる声の主は、工藤新一と言うらしい。

その耳に心地よく響く声だけが、今の俺の支えだ。

お互いに自己紹介はしたものの、顔などは一切知らない関係が1ヶ月続いている。

まぁ、電話だけの付き合いと思えばそれと同等かも知れないが、

この1ヶ月、お互いに会話を交わしながらどんどん俺はそいつに魅了されていった。

 

「なぁ、新一。」

「ん〜。」

「新一ってどんな顔?」

 

少しでも新一の声が聞こえるように仕切り際まで近づく。

一枚のコンクリートで隔たれた先。そこには彼が居る。

そう思うだけで気分は高揚した。

 

「またその質問か?そうだな、カエルよりはましな顔つきだぜ。」

「ぶー。それじゃ答えになってない。」

「俺だって自分の顔をこの1ヶ月見てないんだ。そんなに詳しく説明できるかよ。」

 

呆れたように呟き、聞こえるため息。

その声に俺の体がどれだけ熱をもつかなんて、きっと新一は知らない。

 

「そうだよね。お風呂は入れさせてくれるけど。そこに鏡なんてないし。」

 

「食器もプラスチック製だしな。たっく、ダイオキシン問題で、

 最近は給食もプラスチック食器の使用を控えてるのに。」

 

「はは。ナイスツッコミ。」

 

そう返事して、足下に転がっている食器を見る。

もうすぐ夕食の引き取りに暗い顔つきの男が来るだろう。

ブツブツと何かを呟きながら。

 

「快斗。」

「ん?」

「さっきの考え事って、ここに居る理由か?」

「そう。ここに居る理由。」

 

目を閉じて新一の表情を思い浮かべる。

きっと白い肌で綺麗な唇を動かし、一語一語話しているのだろうな。

ここに入って、俺は妄想癖になった。絶対に。

 

「俺にはあるぜ、理由。」

「え〜。新ちゃんなにか悪い事した?」

「ああ、した。だからそのうち殺されるんだろうな。」

 

ここは監獄だ。

新一は続けてそう告げる。

監獄?冗談だろ?裁判も無しに監獄に?

 

俺の疑問が分かったのか新一が声を押し殺したように笑う。

 

「世界は広いんだぜ。警察が監獄をつくるとは限らない。

 快斗。で、おまえは何かしたか?」

 

「あ〜。身に覚えはたくさん。」

 

「当ててやろうか?」

 

「分からないと思うよ。」

 

きっとこんなおちゃらけたキャラはあの夜の紳士とは結びつかない。

顔も体型も見ていないならなおさら。

 

「おまえ・・・KIDだろ。」

 

疑問系ではなく確認するかのような口調。

ぞくりと、久しぶりに背筋に緊張がはしった。

 

KIDをご存じで?」

 

「ああ。おまえと初めて会話したときなんとなくそう思った。

 俺、ずっとイギリスにいてさ。一代目とは面識があるんだ。」

 

「へぇ〜。」

 

そう言えば最初は英語で声をかけられたな。

なんて、一月前を思い出す。

にしても、否定しない俺もどうよ?

 

「で、新一は何をしたの?」

「ああ、俺?俺は、まぁ、機嫌を損ねた。」

「はぁ?」

 

「機嫌を損ねたらいけない人間がこの世にはいる。

 その人間の機嫌をそこねさせたからな。まぁ、俺としては自己防衛。」

 

サラッとそう言って苦笑する彼。

まったく世界は広いと思う。

ずっと小さな島国でKIDをしてきた俺より彼の方がうんと世界を見ている。

様々な逆境のなかで。

 

「で、その自己防衛って?」

「男の俺を襲ってきた。だから一発みぞおちに。」

「それで逮捕?」

「まぁ、逮捕っていうより拉致。」

 

新一の話によると正当な方法での検挙が不可能とされた人間は拉致されて

このような監獄に投獄されるのだとか。

突然自宅に押し掛けて、気絶させられて。

 

「ここの人間はみんな死刑が基本だ。」

「そりゃそうだろうね。こんな施設があるってばれたらヤバイし。」

 

他人事のように呟きながら天井を見上げる。

壁にはいろいろと脱走しようとした跡が見受けられた。

きっと必死に逃げようとしたのだろう。血痕もおびただしい。

 

「投獄機関は2ヶ月。俺はおまえが入るより1ヶ月まえにいたからさ。」

そろそろ終わりだろうな。

 

新一の言葉に、俺の思考は凍り付いた。

殺される?彼が?ただ機嫌損ねさせただけで?

 

「新一。」

「ん〜。」

「おまえはそれでいいのか?」

 

いつもより声色を落として、真剣な響きを持たせる。

 

「生きたいよ・・。生きていたい。

 せめて、死ぬ前にさ。快斗の顔くらい拝みたいな。」

 

初めて聞いた彼の泣きそうな声。

その願いは俺も同じだ。

こんなところで死にたくない。

そして・・・新一の顔を一度でいいから見てみたい。

 

「しん・・。」

「シッ。誰か来る。」

新一・・・と呼ぼうとして彼は俺の声を制す。

確かにカツカツと靴の音が聞こえた。

給仕の人間ではない。

彼らは浮浪者が主で、靴なんて履いていないから。

 

 

『工藤。待たせたな。君の順番が回ってきた。』

 

その足音は新一の監獄の前で止まった。

そして聞こえるのは死刑宣告の声。

 

『待ちくたびれたぜ。』

『そんな余裕ももうすぐ消える。どうだ?命乞いをしてみないか?

 俺はおまえの容姿を気に入っている。逃がしてやっても・・・。』

『くそ食らえ。』

 

ガッと殴りつける音。

おそらく男が新一を蹴り上げたのだろう。

だけど新一の声は聞こえない。痛みにも声を上げない。

 

俺はその男を殺したくなった。

どうせ死刑ならば・・・・殺しくらい。

 

どす黒い感情が俺の中を渦巻く。

だけど・・だけど今は新一を救うことが先決だ。

 

俺の部屋は新一より奥にあるため新一がこの牢屋の前を通ることはない。

このまま新一を見ることなくお別れ?

絶対に嫌だ。

 

 

 

「新一っ。」

『おい、会話は禁止だと。』

「生きろ!!!!」

 

 

 

一か八かの賭で仕込んだ爆薬。

風呂場とトイレとこの部屋と、仕掛けられる場所全てに仕込んだ。

ここに連れてこられたときの通路にも。

 

カチッと前歯に仕込んだ起爆装置を噛む。

連鎖的に爆発が起こり、新一の傍にいた男が慌てたように俺の牢屋まで来たが

それが命取りになった。

 

そう、俺の部屋にしかけた爆弾が爆破したのだ。

 

 

「新一。また会おう!!!」

 

鳴り響く非常ベル。舞い上がる砂埃。

一緒に逃げるのは危険性が増すのでここでお別れだ。

 

「ああ。またな。快斗!!」

 

遠くではっきりと聞こえる声に俺は大きく頷いて、

目の前に広がる砂漠を駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから半月後。

 

「捜し物は見つかったか?KID。」

「まだですね。工藤名探偵。」

 

オレ達は月明かりのしたお互いの顔を見つめ合った。