久しぶりに袖を通す戦闘服はいつにもなく体に馴染んだ。

 

―動悸―

 

数年振りに訪れた、自宅の隠し部屋。

薄暗い室内で快斗は目を閉じて大きく深呼吸する。

昔と変わらないかび臭い匂いが新鮮で、快斗は口元が緩むのを感じた。

自分の原点であり終着点であるこの部屋が、今日、一晩だけ出発点になる。

 

快斗は目を開けると、胸元から携帯電話を取り出した。

2回のコールで相手が電話に出る。

相変わらず律儀だよな〜と快斗は苦笑した。

 

「あ、俺。」

 

『ぼっちゃま、今夜は参戦なさるそうで。』

 

「うん。だから寺井ちゃんに一言、挨拶してからと思ってさ。

 俺の戦闘開始の合図は、ある意味、寺井ちゃんの声だし。」

 

『快斗ぼっちゃま。身に余るお言葉です。

 この老体でなければお手伝いにでも赴きたいところですが・・・。』

 

ウッと泣き出しそうな寺井の声に、快斗は天井を見上げる。

いつになっても、こんな風に敬って接してくれる彼は昔から心の支えだ。

 

「絶対来るなよ。寺井ちゃんは曾孫ちゃん達とのんびり暮らして、

 ギネスブックにのるくらい長生きするんだから。」

 

『はい。では、お気をつけて。』

「ああ。」

 

携帯電話が切れた瞬間、そこに黒羽快斗はいない。

いるのはただ1人。2代目怪盗KID

 

 

シルクハットに戦闘服をしまい込んで、KIDは目的の場所へと向かう。

「狙う獲物は、和華。日本最高級の宝。」

 

今日は新一も参戦してくるから、なかなかのスリルを味わえるだろう。

彼が夫に手を抜くような甘い人物でないことも十分知っている。

 

「それに、邪魔な鼠も来ますしね。」

 

力の差を見せてやろう。

あの忌まわしい“闇の独裁者”に。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、黒羽さん。青子からお話しはかねがね伺っています。」

 

30代後半の貧弱そうな男。

彼が噂に聞く中森青子の旦那であり、警部の後継人かと思いながら新一は頭を下げた。

実際に会うのは初めてだが、雅斗の言うとおりどこか頼りない顔つきをしている。

だがこの若さで警部なのだから、キャリアはなかなかのものだろう。

 

「中森警部。基本的指示に口出しするつもりはありませんので、ご心配なく。」

「そうですか。まぁ、十数年、現場を離れた方には難しいかも知れませんね。」

 

ハハッと笑って頭を掻く彼に悪気はないのだと思う。

だけど、それがどうも勘に障って、新一は引きつった笑みを浮かべた。

 

 

それだけ言うのなら、現場で経験を積んだあんたの実力を見せて貰おうか。

 

 

新一はもう一度頭を下げると、現場を後にする。

彼とはどうも馬が合わないそんな気がした。

加えてここには時期に白馬の娘や平次の息子が来る。

そうなれば、動きにくいことこの上ないのだ。

 

「となれば、逃走ルートだな。」

 

夜は寒いと着せられたコートを肩にかけなおして新一は現場を後にする。

もし、あそこの警部に、“このコート、KIDが心配してくれたんです。”と

言えば彼はどんな顔をするだろうか。

新一はその場面を想像して、クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、可愛いじゃねーか。あんたにはもったいないな。」

「それはどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味。」

 

同時刻、KIDDIDは同じ場所から現場を観察していた。

 

どうしてここなんだ?と聞けばここが一番観察しやすいとの尤もな理由。

そして、同じような夜目の聞く機械式の双眼鏡で、警察の動きを読みとっていた。

 

ちなみに、DIDの“可愛い”発言は新一の微笑みに向けられたもの。

 

「きちんと、現場を見たらどうです?」

「紳士だね〜その衣装を着ると。使い分けってやつ?」

 

DIDKIDの声に耳を傾けることなく、KIDの話しぶりに感心する。

どうも、ペースを乱されると思いながら

KIDは戸惑いをポーカーフェイスのしたに押し隠した。

 

予告時間まであと20分。そろそろ動く時間だ。

「なぁ、賭をしないかKID。」

「賭け・・ですか?」

「そう。俺は実のところ和華よりもあんたの奥さんのほうが欲しいんだよね。」

 

口に先程の双眼鏡をくわえてニカッと笑うその姿は、一昔前の自分を見ているようだ。

まだ本当の闇の危険を知らず、好奇心だけで走り回っていた頃の・・・・。

 

「ん?」

「人の話、聞いてる?KIDさん。」

「あなた、ひょっとして3代目では?」

「・・・やっぱ分かる?」

「でも、我が家に訪れたのは・・・。」

「俺の父さん。もち2代目だぜ。」

 

 

そう、どう考えてもこの言動は経験を積んだ人物のとる態度ではない。

 

 

 

「だからお手柔らかに先輩。」

「お断りします。だいたい、貴方の賭けも宝石を奪った方が、

 彼女を貰うというのでしょう。」

「ピンポーン。」

 

明るく振る舞う彼の態度は緊張感を押し隠すためのもの。

だんだんと、DIDの正体がつかめてきたとKIDは思う。

そして、生じるのは心の余裕。

 

ならば・・・とKIDは思う。

ならばどうして2代目は参戦しないのだろう。

別の場所に潜んでいるとは考えにくい。

 

 

「父さんは、彼女と一緒に居るよ。正確には彼女の向かった先に。」

 

DIDは余裕を無くす彼を想像して表情を伺う。

KIDは誰よりも妻を愛し独占しているのだから。

だが、予想に反してKIDはクスッと楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「それでは彼とはち合わせしているのですね。」

「彼・・・?」

「ああ。俺の父親だよ。」

「おまえ!!!」

「考えることは同じだよな。だけど、おまえよりも俺のほうが経験は上かな。」

 

一昔前の自分。それは仕事を始めた頃の自分。

驚いた表情にしてやったりと、雅斗は思う。

だが、もちろん笑みを浮かべることはない。

 

ポーカーフェイスは基本だ。

 

「・・・・・やられたよ。」

「でも、仕事はこれからですよ。」

「確かに。勝負はこれからだな。」

 

宝石の争奪戦は3代目の対決。

そして・・・・

 

2代目は杞憂な蒼い宝石の争奪戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして揃ってるんだ?」

新一が非難ルートに赴き、開口一発めはこの一言。

 

昨晩と同じ格好で壁にもたれかかっているDID

そして、月明かりのしたに憤然とたたずむKID

 

こいつら仕事を舐めてないか?

 

新一はお節介ながら彼らの宝石を盗むという仕事を思わず心配してしまった。

 

「月明かりのしたではより一層美しいですね。姫君。」

「私の大切な方に、簡単に手をおふれにならないでいただけますか?」

 

ひざまずいて、新一の手を取ったDIDKIDはすかさず規制の声を上げる。

だけど新一はその手を振り払って、呆れたような視線を2人へと向けた。

 

「おまえらさ、宝石はどうしたんだよ。宝石は!!!」

 

せっかく警備の助言までしてきてやったのに。

と新一は時計で予告時間が過ぎたことを示しながら少しずれた文句を言う。

彼自身、おそらく犯行を促しているとは思っても見ないだろう。

 

「それは心配なく。息子がやってますので。」

「はぁ?てことはKIDも?」

「まぁ、偶然にも一致してしまって。」

 

頭が痛い。

新一は本気で目眩を覚えた。

 

お互いに子供に仕事を押しつけて(まぁ、KIDの場合は元々3代目の仕事だったのだが)

こんなところで自分をからかっている。

何かが可笑しい。新一はそう思った。

 

「それにきちんと記したはずですよ。貴方も奪うと。」

「おまえら2人で仕事してるんだ。」

「ええ。でないと世界中のものなど集められません。」

 

 

そう言って苦笑するDIDに新一はもはや、興味はなかった。

二人三脚で仕事をしていると分かった時点で。

それくらい、軽い仕事なのだと分かったから。

 

KIDは違う。

その服を着るのは一代限り。歴とした伝統だ。

そしてその服の重みを常に両肩に載せて、1人で走り続ける。

もちろん例外はあるが、協力してとのことはあり得ない。

 

 

いや、あり得なかったはずだ・・・・

 

 

KIDも見損なったぞ。今日は2人でなんて。」

「いえ、この姿だったのは3代目が仕事を始めるまで。ここからは・・・。」

 

ザッと衣装をといて、直ぐさまKIDは黒羽快斗に戻った。

その行動にDIDは眉をひそめる。

 

「黒羽快斗として新一を守る。」

「舐められたものだ。」

 

トランプ銃も使わずに、生身だけで俺にむかうだと?

そう毒づいてDIDはペっと唾を吐く。

 

だが新一はその快斗の行動にドクンと心臓がいつもよりはやく振動するのを感じた。

これこそが、黒羽快斗。

誇るべきパートナーなのだと。全身で感じた。

 

「快斗。俺は守られるだけのオヒメサマじゃねーぜ。」

「だよね。分かってるよ。」

 

さぁ、勝負の時間だ闇の独裁者。

 

 

「これじゃあ、俺が悪役じゃねーか。」

 

 

DIDはそう悪態をつきながらも

憤然と立つ2人の姿に、一瞬、身震いを感じた。

 

ドロシーの靴に続きます