中森警部は目の前にいる若者3人を見て軽く眉をひそめた。

どうしてこう、毎回ガキが出しゃばってくるんだ・・・と。

 

 

―ドロシーの靴―

 

 

警部が視線を向けた先には上司で、

警視庁捜査二課の若手実力派である白馬警視正の娘の紅里や

大阪府警の服部警視の息子である葉平が、

当然のように現場の刑事たちと対策について話をしている。

 

これはいつもの見慣れた光景として中森警部は目をつぶることにしているが

 

しかし、だが、しかし

 

 

「どうして君まで居るんだ。高校生探偵の黒羽悠斗君。

 君はどう考えても殺人専門。管轄が違うじゃないか。」

 

「今回は特別ですよ。なんせ、世界を騒がせている大泥棒が

 二人も来るそうじゃないですか。刑事さんたちだけでは大変でしょうしそれに・・・。」

 

「おお、君が来てくれたのか!!いやぁ、嬉しいよ。私は君の大ファンでね。」

 

中森警部を押しやるようにやってきたのは

今回新一に、警備を依頼した金田義巳(かねだよしみ)。

悠斗はその風貌に“はて?”と頭をひねらせた。

 

新一の話では髪の薄い気弱そうな老人との話だったが。

 

「失礼ですが、金田さん。あなたが母に直に依頼しに?」

 

「ああ、あれは私の父だ。どうも最近頭のほうがおかしくてね。

 まぁ、それでも君に会えたのだから嬉しいよ。ちなみに警察への捜査協力を

 頼んだのは私だが、捜査の邪魔になるときはいつでも言ってくれ。」

 

金田はそう言って豪快に笑う。

その言葉に周りの雰囲気は一気に険悪なものとなった。

それもそのはず、本来なら高校生に捜査の邪魔だから出て行けという場面で

警察が邪魔なら出ていかせる。と依頼主が言うのだ。

これでは、警察の面子も保たれたものではない。

悠斗はそんな雰囲気を察して、内心冷や汗をかいた。

ここで、警察との中をこじらせるのは上策とは言えないのだから。

 

「金田さん、僕はこれでも一端の高校生です。

 警察の方々の広いお心添えのおかげでこうして現場にもいれさせてもらえています。

 そのことに対しては、いつも感謝しているんですよ。」

 

母親譲りの整った顔で、やわらかく微笑めば、もう何も言えなくなる。

もちろん母親はそれを無意識でやっていたそうだが、悠斗は意識的にこれを使っていた。

 

「そ、そうだね。じゃあ、協力してみなさんがんばってください。」

 

顔を赤くして去っていく金田に、紅里と葉平はクツクツと笑う。

その声に気がついて、悠斗は振り返り二人を睨んだ。

 

 

「何だよ。」

「いえ、貴方もよくやるわ。って感心していただけよ。」

「まぁ、気にすんな。それよか、さっさと対策を実行しようやないか。」

 

そう言ってフロアーから中央階段を上っていく二人に、現場慣れしてるなと悠斗は思う。

未だ自分は、二課はもちろん一課でも、遠慮するということを忘れることはない。

それは、母親が常に自分に言い聞かせたこと。

 

推理に夢中になれば周りが見えなくなり、失礼な態度になる場合がある。

それを防ぐためには日頃からの心がけが必要なのだと。

 

「それでは、失礼いたします。」

ゆっくりと頭を下げて、悠斗は二人の後を追う。

その態度に他の刑事たちは納得したように頷いた。

 

 

 

「これが独裁者の資料よ。年齢は10代から30代とも言われているけど

 性別や国籍はまったく不明。噂では2人で行っているっていうのもあるわ。」

 

2階にある個室のテーブルに座ると紅里は持参のノートパソコンからデータを引き出して、2人に見せた。

 

「話には聞いとったけど、KIDより謎が多いんやな。」

「まぁ、日本で活動するのは初めてだから。で、名探偵はどう切り込むのかしら?」

「皮肉下に言うなよ。今回はアポ無しで来たのは悪いと思ってるんだし。」

「別に、ただ貴方が来ると父が不機嫌になるのよ。なぜだかよくわからないけど。」

 

紅里の言葉通り、白馬警視正は悠斗のKIDへの観入を快く思っていない。

その理由は、以前関わったときに告げられた“KID=黒羽快斗”という構図が彼の中に根付いているため。

息子が父親を、という事態を心配しているのだろうが、だからこそ悠斗は彼に反発する必要があった。

 

黒羽家とKIDの関わりがないと示すために。

 

「俺は今回も単独で行く。おまえらとはやり方が違うからな。」

「相変わらずやな。まぁ、ええわ。」

 

葉平の返事に悠斗は席を立つ、だがその腕を紅里が素早く掴んだ。

「ねぇ、悠斗。1つ聞いていいかしら?」

「何だよ。」

 

「白き罪人と闇の罪人、一方は月下で一方は鉄の檻で剣を交える。一方ってどういう意味かしら。」

「おまえの予言を俺が知るはず無いだろ。」

 

はぁ。と疲れたようにため息を吐いて悠斗は今度こそ部屋を出た。

そして、廊下に設置してある小窓から夜空を見上げる。

 

「月下と鉄の檻ね。DID2人説もまんざら嘘ではなさそうだな。」

 

さぁ、こちらにくるのはどちっだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ動こうかしら。」

由佳はとある喫茶店で優雅に紅茶を飲みながらパソコンに10桁の数字を打ち込むと

エンターキーを人差し指ではじいた。

コーヒー党の多い黒羽家で由佳は珍しく紅茶党。

そんな彼女のお気に入りの店がここのアッサム紅茶なのである。

 

湯気の合間から漂う香りに気分を落ち着かせながらも彼女が見ているのは

今回3代目KIDが進入する建物の構造図。

耳にはピアス式のイヤホンをつけ、パソコンから雅斗に必要な情報だけを発信していた。

 

「由佳姉。」

「あら、悠斗は?」

「現場よ。」

 

由梨はショールをぬいでイスに掛けると向かいの席に座る。

そして、やってきた店員にコーヒーとだけ注文して軽くため息をついた。

 

「ここ、紅茶の専門店よ。」

 

由佳は一心不乱にパソコンを弄りながら呆れたような声を出す。

紅茶の専門店でメニューも見ることなくコーヒーと注文する妹の態度がどうも気に障ったらしい。

だが、彼女とてそのようなことを気にするほど繊細でもなかった。

 

「飲み物は自由でしょ。」

「何?機嫌、悪いの?」

「お母さんが言うことを聞かなかったのよ。」

 

由梨にしては珍しく不機嫌な様相を呈している。

 

「お母さん、ひょっとして・・・。」

 

「微熱があるの。それでも現場に行くなんて。

 薬だけでも飲ませたんだけど。今日の空模様でしょ。」

 

いくら月が輝く晴天の夜としても、今日は珍しく気温が下がるとか。

この時期にしてはひどく肌寒く感じるなと由佳はここまでの道のりで思ったが

その感覚はどうやらあっていたらしい。

 

「今、どこに?」

「さぁ。携帯電話も通じないのよ。」

「厄介なことにならなきゃいいけど。」

 

喫茶店の窓から見上げた屋上の先、そこに渦中の人物がいるとは

由佳も由梨もこのときは予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

風が冷たいはずなのに・・体は熱い。

新一は自分の体が予想以上にまいっていることに気がついて内心舌打ちをする。

こんなことなら由梨の忠告に従っておくべきだったか。と思うが目の前の相手を見れば

その気持ちさえ吹っ飛んだ。

 

余裕な顔をして武器を巧みに操る男。

どうしてもその鼻っ柱をくじかないわけにはいかないのだ。

 

「新一?」

「何でもない。」

軽く頭を振る新一に快斗はそっと彼の額に手を当てる。

そして思わずポーカーフェイスを崩し驚いたような表情を作った。

 

「快斗。俺のことは気にするな。」

 

何かを言いたそうな彼の口をスッとふさぐように軽くキスをすると

DIDからの攻撃を防ぐべく軽く身をかわす。

DIDは戦いの中であっても、そんな余裕を見せる新一にチッと忌々しげに舌打ちした。

 

 

 

「余裕だな。姫君は。」

「老齢のあんたの動きがのろくてさ。」

 

 

そんな辛口を叩きながら新一は改造した麻酔銃を標的に向け打ち込む。

サイレンサー付きのそれから発せられる細かい針を、彼の血管に向けて。

“さっさと決まれ”と思いながらも熱のためかいつの間にか視界はぼやけていて

血管どころか体に命中させるのもままならない。

 

「おい、どこを狙ってる。」

 

 

さすがにDIDも新一の異変に気づいたのか訝しげに眉をひそめた。

彼の銃の腕前については裏世界では知らぬ者がいないほど定評がある。

そんな彼がこんなお粗末なことをするはずがないのだ。

DIDは改めて目の前にいる人物をじっくりと観察する。

少しだけ荒い息、若干ながら赤みを帯びている頬。そして、汗。

 

 

「ふっ。なるほどな。熱でもあるならさっさと降参でも・・・。」

 

 

だが、勝利を確信してDIDが余裕の笑みを浮かべた瞬間、

彼の内ポケットに入れていた携帯から形勢逆転を告げるけたたましい非常音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよ。この警備はっ。」

2代目DIDはそう言って舌打ちした。

これまで幾度となく盗みを行ってきたが、これほど厳重な警備は今までにない。

興奮と楽しみが最も味わえるゲーム。その感覚が今まさに彼の中で崩壊しかけている。

 

 

まさか、この仕事がこんなにも危険だったとは。

自分の体力や運動能力。それに頭脳だって自信はあった。

警察を手玉に取れるくらいの。

 

だが、今となっては捕まって白昼に顔を示すことが何よりも恐ろしいと感じる。

 

 

「誰なんだよ。ここを仕切ってる奴。」

 

 

裏を掻いてもすぐに見つけられて、警官が数名出てくる。

巻いても、巻いても、どこからともなく。

まるで自分の行動をすべて読まれているかのように。

 

 

 

KID。目標はその下の部屋よ。』

「ああ。それで、2代目さんは?」

『彼?彼なら話にならないわ。盗みをゲームとして扱ってきた人間だもの。』

 

ククッと押し隠したように笑う妹に雅斗も同感とばかりに笑みをたたえる。

だがすぐに表情を戻すと軽く一息ついて赤い絨毯の感触を確かめた。

 

「壊せるか?」

『まぁ、どうにかなるんじゃない。設計上は問題ないわ。』

 

どこを?と聞かなくても分かる。

由佳はパソコンをはじいて、建物の構造を熟知しそこを壊しても全体への影響は少ないことを示した。

 

『それにしても雑ね。今回は。』

「悠斗が警備してるんだぜ。この際見かけは気にするかよ。それに・・。」

『ん?』

「母さん、調子悪いんだろ。」

 

疑問系ではなく確信をもった呟きに由佳は表情を固まらせる。

もちろんイヤホンではその変化など分からないのだけれど。

 

『本当にむかつくわね。あんた。』

「は?」

『分かってるならさっさと済ませて。』

 

自分でも気づかなかったことを気づいた雅斗に由佳は内心舌打ちする。

だけれどそんなことに嫉妬している余裕などない。

私に今、できることをすればいいんだ。由佳はそう自分に軽く言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、由梨は屋上へと続く階段を駆け上がっていた。

雅斗の情報でどこかの屋上、それも現場近くにいるということが分かったから。

外を走ってみて思ったよりも急激に気温が下がっているのに由梨は動揺を隠せない。

あの忌々しい薬の性で免疫の落ちた母親。こんな日は絶対に暖かい場所にいるべき人なのに。

 

DID。本気で殺したいわ。」

 

未だ戦っているのなら、恨まれても一発くらい鳩尾に蹴りをぶち込まないと気が済まない。

由梨は頭の中で物騒なことを考えながら、右手にもっているバックを見つめる。

本当に簡単な薬や注射などしかないが。それでも哀と共に考え出した応急セット。

今の頼りはこの鞄の中身と己の腕。

 

見えてきた白い扉を思いっきり開く。

バターンとけたたましい音を立てながら。

 

 

冷たい風が吹き付ける中、対極に立ちにらみ合う2つの陰。

1人は白い衣を脱ぎ捨てた男。もう1人は未だ現役で闇夜を支配する者。

ピンと張りつめた緊張感は由梨の登場では崩れることもない。

由梨はそんな2つの陰に緊張しながらも一息ついて母の姿を探す。

そして隅のフェンスで苦しそうに呼吸している姿をとらえ慌てて駆け寄った。

 

 

「だから行くなって言ったのよ。」

 

思った以上に熱が高い。意識はもうろうとしているのか返事すらなかった。

だけれど快斗の邪魔にならぬようにと神経を張り巡らせ殺気だけは失っていない。

だからこそ、DIDも新一に手出しはできぬようだった。

由梨は応急セットの入った鞄から解熱剤を取り出し、飲ませる。

コクリとそれが喉を通っていくのを確認して由梨はようやくホッと心を落ち着けた。

 

DID。そろそろ降参した方がいい。息子を迎えに行かないとやばいぜ。」

 

「ふん。貴様の忠告など聞くか。

 それにあいつはもう少し現実の厳しさを知った方がいい。」

 

「躾ならご家庭でやって欲しいけど?」

 

快斗の言葉はおちゃらけているが、視線は射抜くようにきつい。

少しでも早く終わらせて今すぐにでも新一を抱きしめたいのに。

冷え切って熱に震える体を温めたいのに。

 

「最終警告だ。今すぐこの場から消えないと親子共々監獄行きだ。」

「笑止。馬鹿にするな。」

 

快斗の言葉が勘に障ったのだろう。

DIDは銃口を迷わず快斗の頭へと向ける。

 

「命までもとは思ったが、この屈辱をぬぐい去るにはこれしかない。」

「その考えが甘いんだよ。相手を生かすことなんて考えてたら大切な者を失うぜ。」

 

ハッと快斗は鼻で笑うと己のトランプ銃を実弾入りの物と取り替えた。

 

「お・・父さん?」

 

由梨は快斗の雰囲気にまるで別人を見ている感覚に陥る。

あれほどの殺気を今までどこに隠していたのか・・・。

途端に、少しだけ目の前の父親が怖くなり由梨はギュッと自分の手で体を抱きしめた。

 

「・・・由梨。」

「お、母さん。」

「大丈夫。おまえのお父さんを信じろ。あいつは優しい奴だ。」

 

ゆっくりと新一は重い手をあげて由梨の頭を撫でる。

彼女を落ち着かせるように。何度も。

 

快斗が本気で起こるのは希で、それを止めるのは自分しかいないと哀が以前言っていた。

自惚れではなく、新一自身もそう感じている。

 

 

軽く息を吸い込んで、意識をクリアにするのに努めてから新一はゆっくりと気だるい肢体を持ち上げた。

 

驚いたように見上げる由梨。

 

そして新一の気配に均衡していた2人が振り返る。

 

そこからの動作は機敏だった。

完全に油断していた相手の首元に素早く隠し持っていた麻酔銃を撃ち込む。

時間にしてわずか数秒足らず。DIDに避ける時間など無かった。

 

「・・・くっ。」

 

膝をつくDIDを見て新一は冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「薬が効くまであと数分ある。息子を迎えに行ってや・・・。」

「新一!!!」

「お母さん!!」

 

ぐらりと傾くからだ。

やはり無理をしすぎたらしい。

近づいてくるアスファルトに新一はそっと目を閉じる。

だが、衝撃は、やはりというか感じるはずもなかった。

 

「無茶しすぎ。」

 

新一を抱きしめる快斗の顔には先ほどの殺気はみじんも感じられない。

由梨はそっと父親の顔を盗み見て、やはり普段の表情が好きだと感じる。

母親を愛おしそうに見つめる優しい表情が。

 

 

「帰るか。由梨。」

「そうね。」

DIDはいつの間にか消えていた。

多分、新一の忠告どおり息子を迎えに行ったのだろう。

あの出来損ないの怪盗を。

 

見上げる空には月が輝いている。

由梨はもう一度夜空を見上げて思った。

 

KIDに勝負し掛けるなんてばかげてるのよ。

特に月下の魔術師が愛した女神を奪おうとするなんてもっての他。

と。

 

 

ドロシーは靴を探すために必死だった。

そう、いつも努力を惜しまなかった。

それだけの意気込みがない“闇の独裁者”が彼を奪えるはずがない。

 

なぜなら、月下の魔術師は、

彼を手に入れるためにドロシーと同じくらい努力をしたのだから。

 

 

 

あとがき

最後に、無理矢理題名に合わせたのは、バレバレですね。すみません(逃

 

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