高校で、友人と会話した一節を、私はふと思い出して 目の前で新聞に目を通しているお父さんに声をかけた。 真剣に新聞を読んでいても、すぐにそれを置いてまっすぐに私を見る。 深い青色に私がうつる。 「どうした、由梨?」 柔らかく微笑んで尋ねるお父さんに私は少し思案してそして思い切って尋ねる。 今、尋ねないとこんなばかばかしい質問を忘れてしまいそうだったから。 [どっち?] 「お母さんが死ぬか、私たち子供4人が死ぬか・・・。選ぶならどっち?」 お父さんは驚いた表情も怒った表情もしない。 普通ならば“そんな馬鹿な質問するな”と一喝する場面だろうに。 私はそれでもこの展開をなんとなく予想していた。 だからこそ、尋ねたのかも知れない。 お父さんはとても穏やかでそれでいて、少しだけ冷たい表情で 「悪いけど、俺は新一に生きてて欲しいよ。」と告げる。 それはひどく残酷で私にとってはショックを受けるべき言葉。 だけど、同時にホッとして、ストンとパズルのピースが合わさるように私の心に収まった。 「良かった。お母さん以上に愛されてたら怖いしね。」 私の言葉にお父さんもクスクス笑う。 「分かってたんだ。」 「当たり前でしょ。お父さんはいつも優しいけど、 お母さんが関わるとそれ以外にはひどく冷たくなるから。」 別に悲観して言ってる分けじゃないの。 そう付け加えるとお父さんは黙って頷く。 「それにお母さんは、お父さんよりも私たちを守るだろうし。 お父さんに守られる必要はないのよ。」 「だろうね。」 母親は子供への愛情を。 父親は妻への愛情をとる。 「まぁ、自分身は自分でって言うのが普通だけど。」 私はそう言って、リモコンへと手を伸ばす。 特に見たい物があるわけじゃないけど、なんとなく視線をテレビへと移したい気分だった。 「でも、急に、どうしたんだ?そんなこと聞くなんて。」 「友達のお母さんが死んじゃってね、お父さんは私の友達に言ったの。 母さんじゃなくて、おまえ達が死んだ方が辛くなかったのにって。 それで結構、ショック受けてたから。まぁ、大切な人をなくしてすぐそれじゃあ難よね。」 ブラウン管の中で、名店紹介が流れている。 おいしそうなオムライスだ。 「ふ〜ん。でも嬉しいことでもあるじゃん。」 「そうかもね。だから先に確認しておこうと思って。」 「心配しなくても、おまえらが死ねば良かったなんて俺は言わないけど?」 「さっきの会話と矛盾してるわ。」 意外な一言に私はお父さんを見る。 お父さんはいつもより嬉しそうな表情でニコッと笑った。 「新一が死ぬときは俺も死ぬときだから、由梨達と会話なんてできないだろ。」 呆れた。 そう、そうなの。 お父さんはこういう人。 「2人いっぺんにお葬式なんて、面倒ね。お父さんはしなくていい?」 「ダメ。一緒の棺桶に入れて燃やして。」 「一緒の?それじゃあどっちの骨か分からないわ。」 「それでいいの。これ、遺言だからな。」 「覚えていたらそうする。」 骨まで一緒なんて、お母さん、嫌がりそう。 そんなことを思いながら、穏やかな自分に苦笑する。 まだまだ、先のこと。でもそんな日はいつか必ず来る。 「お父さん。お昼、オムライスがいいな。」 「OK。」 新聞を折りたたんでキッチンに向かうお父さんを見る。 お父さんはふと思い出したように振り返る。 「さっきのこと、新一には内緒だからな。」 「嫌がるから?」 「きっと哀しそうな顔するから。」 柔らかく微笑んで今度こそ準備に向かうお父さん。 言わないわよ。言えるはずもない。お母さんにそんなこと。 お母さんの哀しそうな笑みが嫌いなのはお父さんだけじゃないのよ? |