怪盗KIDと全く同じ組織を追っていたのに気づいたのが半年前。 それからKIDと共に組織をつぶしたのが5ヶ月前。 なんでかKIDの正体だと黒羽快斗が名乗ったのが4ヶ月前。 これまた謎だがそんなやつと恋人になったのが3ヶ月前。 そして灰原が元に戻る薬を作ったのが1週間前。 それを飲んだのが1時間前。 人生なんて本当に予測のつかないものなのだとは、 体が後退するという毒薬で十分承知したはずだったのに。 それ以上の恐ろしい現実が待ち受けていようとは。 |
〜Expectation
& Actuality〜 |
「薬を飲んだのが工藤君で良かったわね。」 「ほんと。他の男だったら気色悪いし。」 「・・・おまえら、言うことはそれだけか。」 ゆっくりとお茶を飲んで新一を見ながらそう感想を告げる2人に家主のドスの利いた声が 静かに響いた。それに2人は“ああ”と思い出したように顔を見合わせ同時に呟く。 「「綺麗(だ)よ。工藤君(新一)。」」 「そんなことじゃねーーーー。」 薬は確かに成功作品だった。 免疫力の低下という後遺症が残ったものの、それ以外問題はなく元の17歳の体に戻った。 流石に同級生と同じ18という年齢にはなれなかったが。 これからは、一年若返って暮らさなくてはならないと製造主に言われたが さして1年ほどの差を気にとめる工藤新一ではなかった。 そして灰原がひとつの彼の体の異変に気づいたのは5分ほど前。 「工藤君、それ何かしら?」 「それって?」 「ほら、さっきまでなかった胸の膨らみよ。」 新一はもちろんのこと快斗も新一の隣に座っていたためその異変には全く気づかなかった。 ただ、向かいの席に座っていた哀にははっきりと分かった身体の変化。 哀の言葉と共に快斗の視線と新一の視線は胸に注がれた。 確かに、先ほどまで無かったふくらみがそこにはある。 確かめてくる。 そう告げてバスルームへ向かった新一の絶叫が響いたのは数秒後。 そして現在に至るのだ。 「おそらく、1時間で体が成長したのね。」 「もっと分かり易く言ってくれ。」 頭痛を感じながら新一はもっと細かに説明するよう彼女に求めた。 哀はコクリと頷いて紅茶を一口、口に含むと軽くため息をついて話し始める。 「いい?貴方は1時間前に薬を飲んだことによって細胞や染色体に異常が起こったのよ。 男と女の性別を最終的に決定するのはX,Yと言われる染色体よね。それがX,Xなら女性。 X,Yなら男性。どうしてなのかは調べないと分からないけど工藤君の染色体のYが Xへと変わったのよ。そして1時間前に貴方は女性となった。」 「じゃあ、何で新一の体は元の体に戻った瞬間に女の体つきにはならなかったの?」 確かに新一は1時間前まで男の体つきだった。胸もなかったし、男のあれもあった。 「ここからは本当に憶測なるんだけれど、私が思うに1時間かけて工藤君は女になったのよ。 そう、普通の女性が成長するように。急激な変化は身体が耐えきれないしね。 17年の成長段階を1時間ですませてしまった。そう考えれば説明は付くわ。」 「つまり、生理ってやつもあるのか。」 「大丈夫よ。私が女性に必要な知識を教えてあげるわ。 とりあえず蘭さんに連絡を入れたら?きっと私より詳しいから。」 毛利欄。彼女は新一の大切な幼なじみであり恋していた相手だった。 だが一生の友達そんな関係を望んでいたのを恋と錯覚していただけと気づいたのは 半年ほど前。それは、お互い同じでこれからも一番の親友でいることを 先ほど電話で誓い合ったばかりだ。 そんな彼女に“女になった”と言えばどうするだろうか? 「工藤君。彼女に電話を入れておきなさい。私から貴方のご両親には連絡入れておくから。 戸籍とかも偽造した方がよさそうだし。」 「それなら、俺も協力するよ。裏の仕事は得意だし。」 「そうね。じゃあ、工藤君の両親にも黒羽君から連絡を入れてくれないかしら? 私は工藤君の体についてもうちょっと調べたいから。」 哀はそう告げると新一から先ほど採血した血液を持って工藤邸を後にした。 それを見送った快斗も新一の両親へ一報入れるために書斎の電話へと足を向ける。 ついでに、お嫁さんに貰う許可も取り付けようともくろみながら。 「新一?どうしたの。」 夕食の準備をしていた頃、突然携帯が鳴ったので蘭は慌ててエプロンで手を拭きながら 電話に出た。そして、新一の沈んだ声を聞き思わず心配そうに尋ねてしまう。 『蘭、落ち着いて聞けよ。』 「ええ。」 『俺、女になった。』 「・・・・。」 あの工藤新一が非現実的な言葉を述べたことに蘭は固まるしかなかった。 まあ、これが尤もな反応だろう。 「新一。私、耳の調子がおかしいみたい。もう一度言ってくれる?」 『だから、女になっちまったんだよ。』 それから新一は哀に言われたとおりに蘭に説明した。さすがに彼女も 新一がコナンだった事を知らなかったので一般的な病名『性同一性障害』を使った。 まあ、実際的に症状は性同一性障害と違うのだが、哀から教えられた巧みな弁論術に 元から女顔の容姿が手伝って彼女をどうにか納得させることが出来た。 「分かったわ。明日にでも家に行くから。最初は驚いたけど嬉しいわ。 これからは一緒に買い物に行けるわね。由希w」 『由希〜?』 「そう。有希子さんの名前をもじってね。新一の場合は“有”よりも“由”って 感じだっなって、昔、有希子さんと新一が女だったらどんな名前にするか考えてたのよ。」 『・・・もう勝手にしてくれ。じゃあ、明日な。おやすみ。』 「おやすみ。」 パタンと携帯を閉じると蘭は食事の準備もほったらかしにして、自室へと向かった。 そしてクローゼットをひらき自分の洋服を眺める。 「明日はいろいろ着て貰わなくちゃね。」 そういって彼女が一晩服選びに勤しんだのは言うまでもないだろう 「蘭ちゃんなんだって?」 「明日来るってさ。」 スキップを今にもしそうな上機嫌で快斗は部屋へと入ってきた。 新一はそんな快斗を恨まし気な目で見てからもう一度盛大なため息をつく。 快斗は新一の少し落ち込んだ様子に小首を傾げた。 「どうしたの。元の姿に戻れたのにさ。」 「おまえは、俺が女になったことをどうにもおもわないのかよ。」 「だって、新一は新一じゃん。そりゃ、最初は驚いたけど、 俺は男でも女でも新一君という存在に惚れてるからね。」 「キザ。」 「新一には思ったことを伝えたくなるんだよ。」 にっこりとそんな形容詞がピッタリ当てはまる笑顔で快斗は微笑むと そっと新一の隣に腰を下ろした。新一は快斗が隣に座るのを確認すると、 コテリと快斗の肩に頭を乗せ、ゆっくりと口を開く。 「俺、また工藤新一という存在がこの世から消えてしまう気がしたんだ。コナンの時みたいに。歳が1年後退してるから、ついでに名前も女で戸籍に入れなくちゃだろうし・・・。」 今にも消え入りそうな声で続ける新一を快斗は強く抱きしめた。 その伝わる体温に新一は安心したように体を預ける。 「俺はずっと新一って呼ぶ。一目のあるところでは無理だけど。 工藤新一はずっと生きていくよ。そりゃあ世間体では消えるかもしれないけど そんなの必要ないだろ?それにこれでやっと新一は俺のだって証を法的に貰うことができる。 まあ、これについては無くても良かったんだけど折角だし。」 「・・・は?!」 予想しなかった快斗の一言に新一は思わず頭を上げた。 それに快斗の顎が当たり鈍い音を立てる。 だが、新一は頭の痛みを気にすることなく快斗の言葉の意味を問いただした。 「おまえ、まさかそれって。」 「もちろんプロポーズ。もうご両親には同意もいただいたし♪」 人生なんて予想がつかない。本当に。 黙り込んでしまった新一に快斗は不安そうに顔をのぞき込んだ。 「いや?」 「嫌な分けない。ただ、頭が追いつかないだけ。」 「ごめん。気が早かったよね。今日、17の体に戻って、女になって大変だったし。」 気遣うような、反省するような快斗の声に新一は思いっきり頭を横に振った。 快斗の言葉は凄く嬉しかったし、そう申し訳なさそうな顔をさせたい分けではない。 たった紙切れ一枚でも証が欲しいのは自分も同じだから。 「戸籍ができしだい役所に行こう。」 「いいの?新一。」 「当たり前だろ。」 そういって緩やかに微笑んだ新一を快斗はもう一度強く抱きしめた。 正直言って断られるかもしれないと思っていたのに、新一は承諾してくれたのだ。 これを喜ばずにいられないはずがない。 「指輪は自分の金で稼げるようになってから贈るよ。」 「ああ。楽しみにしとく。」 そうして2人はとろけるように甘いキスをした。 END |