「パパ。いってらっちゃい。」

「いってらっちゃい。」

立ち歩きが出来るようになり、行動範囲の広がった悠斗と由梨は

大学へ向かう父親の見送りにへと玄関までやってきていた。

 

「行ってきます、悠斗、由梨。それじゃあ雅斗、由佳。

隣の哀お姉ちゃんが来るまで、2人の面倒頼んだぞ。」

「は〜い。」

「いってらっしゃい。」

部屋の奥から聞こえてくる2人の声を聞き終えると、快斗は足早に家を出ていった。

 

★初めてのお使い★

 

最近、新一は探偵事務所の経営が波に乗ってきたので、嵐のような忙しさ。

そのため、毎日不規則な生活をしていて、今日は朝から依頼のため家を空けている。

ちなみに快斗は、マジシャンの活動を続けながらも大学の最後の一年を楽しんでいた。

 

では、誰が子供達の世話をしていたかというと。。。

何とも不幸な位置に暮らしていた隣の科学者だった。

 

「あーーーー。」

「どうしたんだ、由佳。」

父親に教えられたマジックの練習をしていた雅斗と由佳だったが、

その途中で由佳がある物を見つけて大声を上げた。

 

「パパ、お弁当忘れて行ってる。」

「えっ?せっかくお母さんが珍しく作ってくれたお弁当を?」

「うん。どうしよっか。きっとパパ困ってるよ。」

由佳は手に持っていたマジック道具をその場に置くと、

テーブルの上に置かれた弁当を手に取った。

 

新一は朝早くから家を出たのだが、今日は珍しく、皆の弁当も作っていってくれたのだ。

快斗の手料理も超プロ級だが、新一も負けず劣らず料理はうまい。

 

「パパ、朝から喜んでたのに。」

「よっし。じゃあ、お父さんの大学も見たいし、届けよう。」

「そうだね。由梨、悠斗。今から大学に行くから哀おねえちゃんのところには2人で行ってね。」

「「は〜い。」」

 

朝の幼児向け番組・・ではなく血なまぐさい殺人事件を見ている、悠斗と由梨にそう告げると、

最近買って貰った洋服を着込んで、雅斗と由佳の初めてのお使いへと出かけていったのだった。

 

「ところで、パパの大学ってどこ?」

「えっと、東都大学じゃなかったけ?」

2人仲良く手をつなぎながら小さな兄妹は街路地を歩いていた。

彼らの周りを歩く人々はこぞって2人に視線を向ける。

 

かなりレベルの高いツイン。

 

それに、どことなく人を引きつける力はきっと両親から受け継いだ物なのだろうか?

 

「パパは車を使って大学まで行ってるから、電車を使えば行けるんじゃない?」

「じゃあ駅で駅員さんに聞けば分かるよ、きっと。」

2人で紺色の弁当を入れた紙袋を仲良く片方ずつ持って、スキップしながら進んでいく。

そうして暫く歩くと、小さな公園の奥に見慣れた駅が姿を現した。

 

 

「東都大学に行く電車はどれですか?」

 

案内所のカウンターまで必死に体を伸ばして、そこにいる駅員に尋ねる。

すると、駅員さんはやはり4歳前後の子ども2人という組み合わせに少々驚いた様で、

わざわざカウンターの中から外へと出てくると、しゃがみ込んで2人に視線を合わせた。

 

「東都大はここから7つ先の駅で降りればいいけれど、2人で大丈夫かい?」

「「はいっ。」」

「そうか、じゃあ、気を付けるんだよ。」

 

2人の元気な返答に、60を過ぎた初老の駅員はにっこりと優しく微笑むと、

駅からの道順などを詳しく教えてくれた。

若い活発な脳にそれは全て記憶されていく。

 

「「ありがとうございます。」」

「じゃあ、がんばってね。」

切符を受け取るとぺこりと頭をさげて、2人は又、先ほどと同じスタイルで歩き出した。

 

そこからは、2人にとっては純粋に楽しい探検だ。

いつも使っている電車も自分たちだけで乗ると不思議とわくわくしてくる。

車窓に次々と写りこむ景色さえ、見たこともない気がしてきて、自然と外を向くように座った。

 

平日の昼のせいか電車に乗っている人も僅かだ。

しばらく、景色を楽しんだ後、雅斗は車内の物色をはじめる。

正面に目を向ければ、腰の曲がったおばあさんがぽつんと座っていて、

そこから離れた入口近くには、ヘッドホンで曲を聴く大学生が一人。

そして、学校でもさぼったのか、

制服を着た女子高生らしき人物が携帯の画面を一心不乱に眺めていた。

 

「もう、景色見ないの?」

「こっちの方がおもしろいかなって。」

 

“人間ウォッチング”

それは人の心情などを読みとるためにはとてもいいゲームだった。

 

わりかたそんなことが必要な仕事をしている彼らの母親は、

こんな空き時間にはそっと気づかれないように回りの人間を見ていた。

 

一度、何をしているのかと雅斗が尋ねたら、“人間ウォッチングだよ。”と

苦笑しながら答えてくれたのを思い出す。

 

「じゃあさ、あの人。ほら、一番奥で音楽を聴いている人。どう思う?」

 

「片手に持っている本は、哀姉ちゃんが言ってた“さんこうしょ”っていう勉強する道具。

それに、難しそうな顔して聞いているから、きっと、歩美姉ちゃんが聞いていた

英語のリスニングCDとかだよ。つまり、今日テストを控えている大学生か予備校生。」

 

「ふ〜ん。私は少し違う。ほら、良く見なよ。本が重なってるじゃん。

あの後ろはきっと推理ものの小説とか難しい本。だから、顔が険しくなるんだよ。

それに、軽く足下でリズム刻んでるから、あれは間違いなく音楽を聞いているでしょ。

あと、あの少し荒れた手。あの人は水仕事をしていると思うよ、

だから今からバイトじゃないかな。」

 

「ほんとだ。」

細かな観察力は昔から由佳のほうが優れていた。

もちろん、雅斗は張り合うつもりもないので別段その事を気にはしないが。

 

「由佳、そろそろ駅に着く。」

「うん。」

車内に響き渡るアナウンスの声に2人はパッと席から飛び降りた。

ここからの道順はそう遠いものではない。

雅斗は駅員さんから貰ったメモに一度目を通して頭にたたき込むと、歩き出した。

 

父親の通う大学は、駅から歩いて10分ほどの距離にあった。

レンガづくりの門をくぐれば、続くのは長い並木道、そこを他の生徒の視線を浴びながら

ずんずんと元気良く進んでいく。

 

大学で父親に会う2人の心情は、楽しみで、それでいて、少し緊張していた。

 

「ねえ、君たち誰かにご用なの。」

並木道の中頃まで進んだあたりで、後ろから明るい声がかかった。

 

振り向けば、茶色のストレートな髪をした女性と

ショートカットのボーイッシュな感じのする女性が笑顔で駆け寄ってきていた。

 

「お弁当を届けに来たんです。」

「黒羽快斗ってしってますか?」

「ひょっとして黒羽先輩の弟さん達?どうりで似てるって思った。」

「ねぇ、先輩とお近づきになれるんじゃない?」

「そうよね。ねえ、お姉さん達が案内してあげる。」

 

女子大生はキャーキャーと声を上げながら2,3語言葉のやり取りをすると、

そう述べてスッと2人に手をさしのべる。

 

“知らない人についていっては行けない”

 

そう躾られている2人はどうしようか少し悩んだが、

大学内ということもありその誘いに乗るのだった。

 

「ねえ、黒羽先輩ってこの大学一美人の須藤(すどう)先輩と付き合ってるって噂あったよね。」

「あった、あった。でも、あれ須藤先輩のでっちあげでしょ?

振り向いてもらえなかったからそんな噂流したんだって。」

 

手を引かれながら、雅斗と由佳はそんな女子大生らしい2人の会話を黙って聞いていた。

ハッキリ言って少しうるさくも感じたが、父親に会うまでの間だけであるし、

学校での父親の情報でもあるので、特に気に掛けることもない。

 

しばらく整備された校内を歩いていると、女子大生の2人の声以上にでかい声が聞こえてきた。

 

「やばっ、鈴木教授じゃん。」

「怒られてるのは須藤先輩だよね。あの教授に目を付けられるなんてお気の毒。」

雅斗と由佳が視線を向けるとそこには髪が薄く、太った男が、母親ほどではないが、

わりと容姿の整った女性に怒鳴っていた。

 

「須藤。このレポートは何なんだ。」

「私は教授がおっしゃられたとおりにまとめてきたんです。」

「口答えするきか?いいな、今日は私の実験室に来て書き上げてから帰れ。」

 

そこへ近づくに連れて会話の内容がハッキリと聞こえてくる。

鈴木教授と呼ばれた男は、女性の提出したレポートをゴミ箱へと放り投げると、

彼女の肩に手を乗せる。その瞬間、女性がビクリと過敏に反応したのを由佳は見逃さなかった。

 

「おじさん。お姉さん困ってる。」

「おい、こんなところに子どもが何故いる?」

「いえ、その。黒羽先輩にお弁当を届けに来たそうで。」

ギロリと睨み付けてくる教授にショートカットの女子大生は慌ててそう理由を告げた。

だが、教授は彼女から発せられた“黒羽”という名に反応を示す。

 

「あの、問題児の兄弟か。どうりで、つっかかってくる。」

「おじさんっ手を離せよ。お姉さんいやがってるじゃん。セクハラだよ、それ。」

「何がセクハラだ。最近のガキは、ちょっと言葉を知っているとすぐに使いたがる。」

雅斗のその一言に鈴木は目をむき出しにしてそう怒鳴った。

だが、こんなことでひるむ黒羽家の子ども達ではないのだ。

 

「放課後の呼び出し、ろくに目を通さないで捨てたレポート、肩に乗せた手、

そして、お姉さんの異常な反応。これだけそろってて、他に何が考えられるの?」

「くだらんな。」

「あのね、俺達子どもだから視線が低いんだ。だからおじさんのあそこの様子もよく見えるんだ。」

ニコニコと天使のような笑顔と共に発せられた言葉はとても4歳児の放つ言葉ではない。

さすがはあの家庭の中で育てられた子ども達だけはある。

 

「しょせん問題児の親戚は問題児だな。

一発打ちのめされたくなかったら弁当捨てて出て行け。くそガキ。」

 

「問題児って俺のことですよね?鈴木教授。」

 

「黒羽君・・・。」

須藤は横から聞こえた声にホッと息をなで下ろした。

どうやら、先ほどの女子大生2人が急いで呼びに言ったらしい。

雅斗が視線を向けると彼女たちは大きくピースをして笑っていた。

 

「黒羽。おまえの兄弟をさっさと連れ出せ。」

「ここを出るのは貴方じゃないんですか?そんな下心見え見えの言動。

俺が一言言えば、上の方は簡単に動くんですから。」

 

冷たい雰囲気を纏った父親を見て、由佳は父が怒っていることを感じた。

ジリジリと詰め寄る快斗に教授は少しずつ後退していく。

そして最後は負け犬のごとく、尻尾を巻いて逃げ出してしまったのだった。

 

「まったくあんな教授、さっさと止めればいいのに。」

逃げ出した教授を呆れた表情で見送る快斗の雰囲気は普段のものへと戻る。

それを確認すると由佳は手に持っていたお弁当を差し出した。

「パパ、はい、お弁当。」

「サンキュ、由佳。雅斗。」

「お母さんがせっかく作ってくれたんだから、忘れないでよ。」

子ども達2人は難しい表情で父親を見ていた。

 

正直言って、少し怒っていたのだ。

大事なお弁当を忘れる父親に対して。

 

それを、瞬時によみとった快斗は困った顔をしてみせるが、2人の表情は変わらない。

「お母さんには内緒な?」

「「いーやっ」」

「雅斗、由佳。分かってるだろ?このことがばれたら、

今後、由希の手料理、俺だけが食べれなくなるじゃん。」

 

「それか魚料理の日々だな。」

「ママ!!」

後ろから響くのは、聞き慣れた人物の声。

快斗がゆっくりと振り返るとそこには、腕組みをして呆れた表情の新一が立っていた。

「ひょっとして、雅斗、由佳、お前らきちんと哀ちゃんに言わずに出てきたとか?」

 

新一の表情から全てを読みとった快斗は恐る恐る子ども達に問いかける。

その瞬間、2人の顔の血の気が一挙に引いていった。

 

「灰原が電話してきたんだ。かなり怒ってたぞ。」

「「ごめんなさい。」」

先ほどまで父親の前で説教する立場にいた雅斗と由佳だったが母親の出現により、

途端に説教されるがわとなってしまった。

出かけるときに連絡しなかった。これが最大のミスだろう。

 

「まあ、灰原から何かしらお仕置きが来るだろうから覚悟しとけよ。もちろん、快斗も。」

「俺も!?」

 

ようやく解放されたとでも思っていたのだろうか?

急に話題を振られた快斗は思わずすっ飛んだ声を上げる。

だが、新一は釈明の余地無しとでも言うかのようにコクリと頷くだけだった。

 

「さ、帰るぞ。雅斗、由佳。」

「俺も帰る。久しぶりに親子四人で買い物して帰りたいじゃん。」

「大学はいいのかよ?」

「大学より家族。家族。」

快斗はにっこりと嬉しそうにほほえむと、由佳の手を取る。

由佳は空いている右手を雅斗の左手と繋げ、雅斗は新一の手を取った。

 

「あの、黒羽君。ありがとう。」

「須藤も気を付けろよ。」

「あと、いろいろと噂を立ててゴメンね。まさか、こんな素敵な奥さんや子どもがいるって

思わなかったから。今日をもって貴方を諦めるわ。」

 

快斗はその言葉に返事を返さなかった。須藤はそれを苦笑しながら見送る。

まさか、大学生で子持ちなんて信じられないけど、彼なら納得できるのはなぜだろう?

 

「黒羽先輩が結婚してたなんてショックー。」

「でも、奥さん、メチャクチャ美人じゃない?大ニュースよ大ニュース。」

「これから、みんなに知らせに行かない?」

「いい、あんた達。変な噂を立てたらこの須藤が許さないからね。」

「「・・・はい。」」

 

「ところで、私たちがお弁当持っていった意味無かったような。」

「・・・だね。」

2人を挟んで、今日のことで痴話喧嘩をする両親をそっと見上げながら、

2人はしみじみと“初めてのお使い”の無意味さを感じているのだった。

 

◇あとがき◇

なぜ、また失恋させているのだろう。

パターン化しないように気を付けます(泣)

 

Back