五月晴も穏やかな日曜日,世間で話題になった履修不足なのかよく分からないが、

ゴールデンウィークというのに、高校へ出向かなくてはならなかった快斗は

不機嫌そうにいつもの面子と歩いていた。

隣には幼馴染の少女青子、その後ろに平次と和葉,探と紅子が続く。

 

 

「くっそぉ。世の中は休みだっていうのにさ。」

「仕方ないじゃないですか。卒業が係ってるんですし。」

「夏休みに出向くよりマシや。今の時期は過ごしやすいさかい。」

 

 

暑いのは好かん。そうこの中で一番暑苦しい男が言葉を漏らした。

 

 

 

〜陽だまり〜

 

 

 

「それより、新しいカフェが出来たんだけど、みんなで行こうよ。」

「青子ちゃん、さすがや。情報通やね。」

「俺、パース。」

 

肩口で、何も入っていないかと思ってしまうほどに軽そうな鞄がゆれる。

それに青子は足を速め、快斗の前に一歩でると彼の進路を阻んだ。

先頭の二人が歩みを止めると、自然と後ろのメンバーの足も止まる。

 

「またあの喫茶店?どうせ可愛いウェイトレス目当てなんでしょ。快斗、いやらしい。」

 

「アホ子。んなんじゃねぇよ。コーヒーがうまいの。」

 

「あ、噂の喫茶店やろ?平次や白馬君も行き着けの。」

「あら。興味深いわね。」

 

今まで黙って話を聞いていた紅子が口元をゆるめた。

このままでは、そこに行こうという話しの運びになりそうで、快斗は内心で舌打ちする。

最近、平次や探も一緒に着いてきて、それだけでも面倒だというのに。

さらに彼女達、とくに紅子まで来られると、話が何十にもややこしくなりだそうだ。

 

「とにかく、俺は忙しいからパスな。」

「僕も行きつけに行きますから。」

「なんや、白馬が行くならわいも行くで・・って。あれ!!」

 

抜け駆けは許さん!と意気込んだ平次は、ふと道の反対側にある人物を認めて目を見開く。

みながつられて視線を向けると、

そこには細身の男性と女性がなにやら口論しているようで。

 

「平次、知り合いなん?」

 

「服部君だけの知り合いじゃありません。にしても珍しいですね、女性といるなんて。」

 

女性のほうが男性、喫茶店の店長さんの手を掴んでなにやら言っているらしかった。

その表情は非常に険しく、店長さんのほうも、

視線を下げてなにやら訳ありの様子にみえる。

 

「あの女、店長さんに、いちゃもん着けてるんとちゃうか?」

 

わいが助けちゃる。と意気込む平次を快斗は反射的に掴んだ。

 

「店長さんなら、ちゃんとそういうのは上手く対処するよ。あれは、知り合いだ。」

 

「確かに。黒羽君にしては良い読みです。」

「あの人が貴方達が入れ込んでる、店長さんね。」

 

立ち止まったままの彼らを残して快斗は足を進める。

なぜか、これ以上、店長さん・・新一と女性のやり取りを見ていなくなかった。

それに彼女は、以前、新一の家にあった写真に写っていたのは確かで。

 

「ちょっと、快斗。」

「マジで用事あるから、お先。」

 

慌てて声をかける声を振り切って、雑踏の中に消えていく快斗に

青子は悲痛な表情を浮かべ、道の向こう側に再び視線を戻した。

未だにまだ話している2人の男女。

 

「快斗のあんな表情・・・初めて見た。」

 

彼女の呟きは、誰の耳に届くことなく、5月のまどろみの中に漂っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。」

 

日もずいぶん長くなり、6時過ぎというのに、闇はまだ遠い。

そんな時間帯に快斗は新一の家へと足を向けた。

 

あの場では逃げるように去ったけれど、やはりどうしても気になって。

平次たちはこの店に来たのだろうかと、夕方の忙しさを迎えている店を素通りし

深い植え込みを掻き分けて、目指す場所へと歩みを進める。

 

そして合鍵を使って開けると・・・紅茶を優雅に飲む女性がいた。

 

 

「紅茶、入れましょうか?」

 

唖然と固まる快斗を後目にその女性はてきぱきとカップを取り出す。

勝手知ったる我が家ともいえるほどに、何かを探す仕草は見られず、

快斗は彼女が新一とただの知り合い出ないことを確信した。

 

だからといって、何かが変わるわけではないのだけれど。

 

「私のこと、知りたいみたいね。」

 

ポーカーフェイスが台無しよ。とほくそ笑むと、彼女はカップを手渡す。

とりあえず「どうも」とだけお礼を述べ、促されるままに向かい側に腰を下ろした。

 

いつもならばこの席は新一が座っている場所で、彼女が座っているのは自分がいる場所。

そんなくだらない感情だけが次々に浮かび上がってくる。

 

「さて、じゃあ自己紹介からかしら。」

 

紅茶をコクンと飲み干すと、カップをソーサーに音を立てないように置いた。

全てが洗練されており、周囲の空気の流れさえ乱すことの無いその動きは一種の芸術だ。

 

というより・・・存在感を消しているのかもしれないが。

 

「私の名前は宮野志保。

この名前を知っているのはこの世に工藤君と私、そして貴方だけよ。黒羽君。」

 

 

フフッと微笑んで、志保は名刺を差し出す。

受け取ったそこにはローマ字でAi Haibara とだけ記されていた。

 

それがどんな漢字で書かれているのかは推測できないが、

なんとなく彼女の雰囲気から、愛や藍といった字ではないと思える。

しばらく裏表を丁寧に見て、快斗は名刺をテーブルの上に戻した。

 

「宮野志保は誰にも教えてはいけない名。工藤新一と同じでね。」

「今は?」

「呼んでくれてかまわないわ。」

 

冷めないうちにどうぞ。と促されて、快斗は紅茶を一口口に含む。

新一のコーヒーも絶品だが、

彼女の紅茶もまた自然と馴染むほどに不思議で、それでも美味しくて。

飲み干すと、後味が爽やかというより。やはり存在感が無かった。

 

「宮野さんも・・か。」

「え?」

「いや。この世に存在していないような雰囲気。新一と一緒だと思って。」

 

快斗の一言に、志保はハッと息を呑むような表情を作る。

だが、それも一瞬で、次の瞬間には穏やかな笑みをたたえていた。

 

「あなたが居てくれて良かったわ。」

「宮野さん?」

「心配しないで。私は彼の主治医。今日は定期健診で日本に来たのよ。」

 

馬に蹴られるようなことはしないわ。と付け加えると、

志保は立ち上がり棚の上にある写真を手に取る。

 

「やっぱりその女の人。宮野さんだったんだ。」

「懐かしい写真よね。たぶん黒羽君と同じ年くらいよ。」

 

再び棚に写真を戻し振り返る彼女からは

先ほど感じた儚さが少し弱まっている気がした。

 

「ねぇ、知ってる?今日は工藤君の誕生日なの。」

「うそ!?」

 

「だから着たんだけどね。ついでにアメリカに行かないかもう一度誘うために。」

「アメリカ・・。」

「もちろんキッパリ断られたわ。」

 

ため息をついてみせる志保に快斗はあの口論はこれが原因かと思う。

きっと日本に居ては危険なのだろう。それでも彼はこの店とこの家と生きて生きたいのだ。

 

自分がどんなに危険であっても、父の意思を継いでいるように。

 

「じゃあ、そろそろ行こうかしら。」

「もう帰るんですか?俺、今からパーティーの準備しますし、一緒に。」

「恋人同士の邪魔はできないでしょ。」

 

そう大げさに肩をすくめる姿はアメリカンナイズされていて

彼女がやはり海外暮らしが長いことを印象付けていた。

 

「恋人って・・・。」

 

「昼にお店にあなたのお友達が来たのよ。そのとき、私もお店に居てね。

 どんな関係なんですかってうるさいし。」

 

「すみません。」

 

詰め寄ったであろう関西弁の彼の様子がありありと脳裏に浮かび

快斗は口元を引きつらせる。

 

「いいのよ。そのときね、工藤君が珍しく焦って。

ひょっとしてその中に好きな相手でも居るのかと思ったんだけど。

黒羽はそのとき一緒に居たのか?ってすぐに聞くから、ピンと来たのよ。」

 

そして、貴方がここを訪ねて来ることも。

 

「さすがは、新一の主治医さんって感じかな。」

 

「お褒めに預かり光栄だわ。これ、私の連絡先。何かあったらいつでもどうぞ。

 ただし、痴話喧嘩の愚痴はきかないけど。」

 

その言葉を残して、志保は颯爽とこの家を発った。

まるで、ここに居た痕跡を何も残さないように。

 

 

志保が去った後、快斗は急いで買出しに向かった。

プレゼントを選ぶ時間は無いため、ありったけ豪華な食事を準備しよう。

大きなホールケーキは甘さ控え目がいいかな。

 

料理は得意なため、店の閉まる時間までにどうにか間に合った。

簡単な飾りつけは、派手すぎず、彼好みにまとまっただろう。

どうして誕生日は教えてもらえなかったのかと、準備をしながら感じたが

よくよく考えてみれば、自分もまだ誕生日を教えていなかった。

 

「肝心なことを聞いてないなんて。俺、失格だよな。」

「失格なわけないだろ。」

「うおっ。」

 

椅子に座ってぼんやりとしていた快斗は突然かかった声に、転げ落ちる。

そんな彼に新一はクスクスと笑い声を上げた。

 

「な、まだ、店。」

「今日は早めに閉めたんだ。」

 

閉店時間まで1時間あるので完全に油断していたと快斗は頭を抱える。

どうせなら電気を消して、驚かそうと思っていたのに。

 

「悔しそうだな、快斗。」

「俺の計画が・・・。ま、いいや。」

 

手を差し伸べる新一の手をとって、そのまま腕の中に引き寄せる。

 

「快斗?」

 

「新一。お誕生日おめでとう。過去に何があったかはわからないけど、

俺・・・新一と新一の大切なもの守るから。ずっとそばにいるから。」

 

「快斗・・・。」

 

ギュッと抱きしめてくれる快斗の温もりに新一はただ彼に身を預けた。

 

「なぁ、快斗。俺の大切なもののなかにはお前も入ってるんだからな。」

 

だから、無理はするな。

耳元で告げられた一言に、新一はやっぱり大人だな・・と快斗は小さく苦笑するのだった。

 

 

〜後日〜

 

「それで、そのあと新一がさぁ。もう、可愛くて。」

「黒羽君。確かに痴話喧嘩は聞かないっていったけど、惚気も同じよ。」

「え?そうなん?」

「あと、時差と国際電話代金も考えなさい。・・・ガキ。」

「ひどっ!!」