〜光と陰と〜 広い校庭を新一は少女の手を引いて走っていた。 肩と足からは鈍い痛みを感じつつもふと視線を少女へと向ける。 それほど速いスピードでないとしても小学生の彼女と 高校生の新一とではやはりコンパスの長さが違う。 しかし、少女は必死に新一のペースにあわせて懸命に走っていた。 「もう少しだからな。」 「うん。亜紀、大丈夫だよ。」 靴を脱ぎ捨てて新一はとりあえず学校の職員室へ向かおうと、階段の方へ足を進める。 ここの学校に来るのは初めてだが、学校など造りはどこも一様で、 職員室の場所などはあるていど予測がついた。 時間を見れば1時を少し廻ったところ。 午後の授業が開始されているせいか、廊下は静まりかえっている。 「あ、ママの声が聞こえた。」 「ほんとか?なら、直接会いに行くか。そっちのほうが確実だし。」 階段へと足をかけた瞬間、決して上手とも言えないが英語を音読する声が聞こえる。 おそらくそれが、亜紀の母親なのだろう。 「水島先生。そこ、間違ってますよ。」 「えっ、あら、やだ。ごめんなさいね。」 水島と呼ばれた女性教師は生徒からの指摘に慌てたように教科書を確認し始めた。 だが、焦っているせいかうまく教科書をめくることさえ出来ず、 教科書が彼女の手からすり抜け床へと落ちる。 教師歴10年のキャリアを誇り、いつも冷静で失敗するところなど 見たこともない生徒達は彼女が、今日は教科書のページを間違えたり、 訳を間違えたりと失敗を繰り返すことに首を傾げた。 「先生?どうかいしたんですか?」 「い、いえ。何でもないの。」 たまらず一番前席に座っていたの女子生徒が声をかけると、彼女は目尻を押さえて そう返事を返すだけ。 授業を続行しようと教科書を拾い上げても、どうしても授業を続行する気にはなれなく、 “自習にします” そう言おうと口を開き買えた瞬間、後ろのドアが勢いよく開かれる。 「ねえ、あれって。」 「工藤新一だよね?」 「うっそ、あの名探偵の?」 開かれたそこに立っていたのは汚れた制服を身に纏った工藤新一。 教室にいる生徒達は、メディアでも騒がれていた名探偵の突然の登場にざわつき始める。 そんな生徒達の間をすり抜けて、先程の女性教師、水島は彼へと近づいた。 「亜紀、亜紀は?」 「ここにいますよ。」 新一の肩に手をかけてガタガタと揺らし冷静さを失った彼女。 そんな彼女を落ち着かせて新一は後ろに立っていた少女を水島の前に立たせた。 「ママっ。」 「亜紀っ。よかった無事だったのね。よかった。」 新一は娘の無事を確認して泣き崩れる彼女にハンカチを手渡すと話を続けた。 「旦那さんには先程連絡を入れ解きました。それと、亜紀ちゃんが助かってすぐに 警察にも連絡を入れたんですが、良かったですよね?」 「はい。はい。本当にありがとうございました。」 生徒達は何が起こったか分からずただその光景を眺めることしかできなかった。 一部を除いては・・・・。 「ねえ、快斗。何があったんだろうね?」 青子は小声で隣の席で、ジッとその光景を見ている快斗に話しかける。 「あれは、名探偵だろ?それに水島先生の行動から察して・・・。」 「娘さんが誘拐されていたんでしょうね。」 「誘拐っ!!」 紅子の出した結論に青子は思わず大きな声をあげた。 それによって静まりかえっていたクラス中が再び騒ぎ始める。 それに慌てて青子は口を手で覆ったが今更そんなことしても後の祭りだ。 「だからアホ子なんだよ。」 「しょうがないでしょ。だって誘拐なんて言うから。」 「まあ、あの子が助かったってことは犯人も捕まったんでしょうし、 別に今更どうこういっても大丈夫でしょ?」 「紅子ちゃん・・・。」 そう言ってにっこりと微笑んでいる紅子を見て 青子は“紅子ちゃん、天使みたい”と内心純粋にそう感じていた。 だが、世の中そんなに甘くない物で、その気分を一気に消沈させる 人物も又存在するのも事実である。 それが今回は快斗ではなく白馬探、その人だったが。 「どうやらそうでも無いようですよ。工藤君がどこかに急いで行きましたからね。」 「それに、警察を今呼んだって言う部分も俺としては気になったけど。」 「つまり、彼が独断で助けたって事よね。興味深いわ。 光の魔人の活躍振りを見に行きましょう。貴方も興味あるでしょ?黒羽君。」 「その言い方、なんかムカツクんだけど。まあ、興味があるってのは確かだけどね。」 「僕も行きます。同じ探偵として。」 「ちょっ。待ってよ、青子も行く。」 娘との再会に案としている水島は、 授業中に4人の生徒が教室を出ていったことに気づくはずもなかった。 教室を後にした新一が向かった先は、体育館だった。 『娘をは預かった、無事に返して欲しいのなら、 現金五千万円を用意しろ。警察には絶対に連絡するな』 そんな決まり文句を電話で述べた犯人に、娘を溺愛していた 亜紀の父親は警察に連絡することが出来なかった。 だからといって先日、会社を首となった水島家にそんな大金などあるはずもない。 それで、新一の父優作と旧友であった水島は優作を通して新一に助けを求めたのだった。 新一は水島の意志を尊重して、警察に連絡することはなかった。 そして、今までの経験と勘で犯人の心理状態をよみ、見事に亜紀の確保されている場所を 突き止めたのだ。そこに単独で潜入して怪我を負ったのは20分ほど前の話だろう。 5,6人のグループ犯行。彼らをどうにか縛り上げて主犯を聞けば、 この高校の体育教師の名をあげた。 「体育館はここだな。」 新一は熱を持ちだした肩の傷口を気にしながら、そっと中の様子をうかがった。 授業が行われていないのか、体育館の中にあるのは、はりっぱなしのバレーのネット。 そして、片づけるのを忘れたのか、ボールが2,3個床に転がっている。 新一はとりあえず警戒しながら体育館へと足を踏み入れた。 靴をはいていないため、足音が響くことはなく、静寂だけがその場を包み込む。 「水島にこんな知り合いが居たとは誤算だったよ。」 声のするほうに視線を向ければ、体つきの良い20代くらいの男がステージに座っていた。 あとがき 快斗君と新一君の初出会い話♪ 最初は対局の位置にいながらも最後は認めあう。 そんなお話しにする予定です。 |