「俺って毎年何をあげてたんだっけ?」

 

思わぬ収穫のあった今年のバレンタイン。

快斗はショーまであと5分と迫った時間帯に

明日のホワイトデーについて真剣に悩んでいた。

 

■忘れかけていた約束■

 

「黒羽さん、お時間です。」

「あ、うん。今行く〜。」

 

数ヶ月前に配属された新人女性アシスタントが、

バタバタと慌ただしく控え室へと飛び込んでくる。

それに、先輩アシスタントが“ノックを忘れないのっ!!”っとご立腹な様子を横目に、

快斗は最後の気合い入れにと、鏡の前にある写真を手に取った。

 

木製のフレームの写真立てに入っているのはもちろん愛する奥さん。

普通なら、子どもの写真も入れておくのだろうが、彼に普通は通じない。

いくら、2人の愛の結晶がいたとしても、一番はいつでも妻なのだ。

 

その写真に軽くキスを落として“今日も頑張るね”と告げれば

一気にマジシャンの黒羽快斗へと豹変する。

 

アシスタントたちはこの瞬間が一番好きらしい。

 

 

「先輩、いつも思ってたんですけどあの写真、誰の写真なんですか?」

「たぶん、恋人かなんかじゃないの?私も見せて貰ったこと無いのよ。」

 

快斗のデビュー当時からアシスタントをやっている先輩に

新人アシスタントは尋ねてみたが、期待した答えを得ることは出来ない。

 

まぁ、確かにこの写真はアシスタントたちが黒羽快斗に持っている最大の謎なのである。

だが、そんな謎も“今宵もご協力お願いしますね。”と優雅に一礼して去っていく

マジシャンによって消散されてしまうのは言うまでもないだろう。

 

 

 

ステージをバッチリ終えても、快斗はお返しのことで心から喜ぶことは出来なかった。

周りで騒ぐファンたちの熱いコールさえも耳へは届いていないのだろう。

いつも気障ッたらしく微笑むことも忘れるくらいなのだから。

 

「黒羽君っ、ちょっと、聞いてる?」

 

グイッと手を引っ張られて熱狂的なファンかと思えば、顔見知りの毛利蘭だった。

 

「蘭ちゃん。どうかしたの?」

「どうかしたの?じゃないわよ。今日、ステージ園子と見にくるっていったでしょ。」

 

言われてみれば、昨晩、新一がそんなことを言っていた気がする。

横を見れば、こちらも顔見知りの、それも今は一児の母となった園子が

ブイサインをして蘭の隣に立っていた。

 

「どうせ、明日のお返し決まってないんでしょ?その表情じゃ。」

 

関係者以外立入禁止の場所まで来て、園子は快斗の横腹をひじでつついた。

それに、快斗は軽くため息をついて首を縦に振る。

 

「今日、来て正解だったわ。新一の努力が無駄になるところだったしね。」

「そうそう。新一君があそこまでやったんだから。」

 

チョコを渡す朝まで一緒に飲んでいた2人は、

新一がどれだけ一生懸命だったかということをしっかりと分かっている。

だからこそ、快斗にはその時以上の思いを新一にさせてあげて欲しいと思っていた。

 

「考えてみれば、俺もしっかりとした、お返しあげてなかったし・・・。」

「まったく、いつまでたっても新婚というよりは、

つきあい始めたばっかりって感じよね。」

 

呆れ半分、珍しさ半分といった感じで、蘭は深くため息をつく。

新一も恋には疎いと思っていたが、

快斗も決してその関係は得意で無いということは、前々からつくづく感じていた。

見かけ上は、女性の扱いは上手い彼もさすがに一番大切な人となると頭を抱えてしまう。

まぁ、そんな2人の組み合わせが蘭も園子も好きであることに間違いはないのだが。

 

「新一が欲しい物くらい、分かるんじゃないの?」

「そうそう。夫婦なんだし。じゃないと、ほらっ。」

 

園子は控え室の窓から見える、交差点の巨大街頭テレビを指さした。

ちょうど、先日あった誘拐事件を見事に解決した女性が映し出されている。

顔はモザイクなどで伏せてあるし、名前も公開していないのだが、

ちまたで彼女を知らない人はいなかった。

 

“凄腕の美人名探偵”と銘打ってテレビが特報するほどに。

 

「由希には男がよりどりみどり取り放題なんだし♪」

「しっかり考えてあげないと、どこぞともわからない馬の骨にとられちゃうわよ。」

 

交差点の信号が青になっているのにも関わらず、

人々は歩みを止めてブラウン管に釘付けとなっていた。

そのなかには、興奮して話す男たちの姿もちらほら見える。

 

「じゃあ、がんばってね〜。」

「推理小説とかあげたら、回し蹴りくらわすから。」

 

窓の外をジッとみている快斗を残して、

2人はクスクスと笑いながら控え室を後にするのだった。

 

 

 

「なんだこれ?」

 

ホワイトデーなんて物を期待していたわけじゃなかったけれど、

その日仕事で家を空けていた快斗からの贈り物は一枚の紙切れ。

まさか、暗号ごときであのお返しをすますのだろうかと思いつつ、

新一は文面に目を通した。

 

日にち、時間や場所、そしてホテルの名前や招待客のリスト。

ただ、それだけが書かれた紙。

 

「たっく、ホワイトデーにこんな物やる奴がいるかよ。」

 

呆れながらも新一の顔は凄く幸せに満ちている。

一番最後に書かれた言葉は“愛してる”ただそれだけ。

 

新一はカレンダーに◎をつけて受話器を手に取り、

とりあえず頭に記憶している番号を押した。

 

「あっ、博士か?結婚式の日取りと場所、ようやく決まったから・・・。」

END

あとがき

黒羽家シリーズの最終回予告っぽい小説にしました。

最後はやっぱ結婚式かな?いつになるかは分からないけど。

それまで、読んでくれる方がいれば幸いです。

 

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