〜もしも彼がしばらく傍にいなかったら〜 *綱吉の場合* 生徒会の執務室がある空の館。 その一室で綱吉は遠く彼方を見上げていた。 積み上げられた書類の山に 中等部生徒会室に入ってきた会計と副会長は深くため息をつく。 彼の恋人が所用で学校を開け5日目。この事態はすでに見慣れたものだった。 「本当にツナは素直だよね。」 スザクの言葉にルルーシュは軽くうなずいて咳ばらいをする。 そこでようやく綱吉の視線は彼らへと向き、慌てたように席へと戻った。 書類を貯めていることに罪悪感があるだけまだマシといえよう。 「とりあえず、これだけは先にしたらどうかな。」 副会長のルルーシュが期限の近い書類だけを選りわける。 さすがはサポートにも秀でた副会長様だ。 綱吉は礼を言ってペンを握るが、無理につくった笑顔が痛々しかった。 「明後日には帰ってくるから。」 「スザク・・。ごめんね。ルルーシュも。」 ((本当にツナくらいだよ。彼の帰りを待ちわびてるのって。)) 独裁政治の主君とまで恐れられる雲雀恭弥。 彼の不在にどれだけの人間が平穏だと安堵していることだろう。 それをハッキリ言うと、綱吉が落ち込むのはわかっているため、 二人はそっと頭の中で同じことを考えた。 「おれ。本当に雲雀さんがいないとダメだなぁ。 雲雀さんは俺がいなくても大丈夫なのに。これってちょっと不公平だよね。」 くるくるとペンを回しながらぼやく綱吉に『惚気か!?』と突っ込みたくなる衝動を スザクとルルーシュは何とか抑える。 そして、ふと、綱吉が1日、学校を所用で休んだ日のことを思い出した。 「雲雀先輩もツナが居ない日は寂しそうだよ。ね、ルルーシュ。」 「ああ。あれは寂しそうというよりむしろ、八つ当たりでしかないがな。」 「へ?」 綱吉が居ないことにキレた彼は、その日は始終不機嫌で。 どれだけの人間が咬み殺されただろうか。 あの日は、誰もが綱吉を望んだといっても過言ではない。 だが、素直でない雲雀は、綱吉が帰ってきた翌日に、『もう、帰ってきたんだ。』と 何事もなかったようにいつもどおりに接したのだった。 その様子にこのツンデレめ!!っと叫びたかった者がどれだけいただろう。 「とにかく、仕事をきちんとしないと、雲雀先輩に嫌われるよ。」 「そうそう。あの人は学園の運営が滞ることは嫌いだから。」 「うん。雲雀さんが居なくても俺はしっかりできるってとこ見せないと!!」 そう言って気合いを入れる綱吉は本当に可愛くて。 スザクとルルーシュは和むなぁと顔をほころばせるのだった。 後日、帰ってきた雲雀が、きちんと仕事をこなした綱吉に 自分が居なくてもさびしくなかったのかと逆に不機嫌になったことは言うまでもない。 *ルルーシュの場合* 会長すべてで集まる約束をしていたのだとリボーンと快斗は中等部の生徒会室を訪れた。 けれど迎えたのは、副会長で。 二人はしょうがなくソファーで彼を待つことを決め込んだのだった。 「どうして雲雀はいつもああなのかなぁ。」 「てめぇの部下くらい躾とけ。」 「あの人は部下にくくれないって。ルルーシュもそう思うだろ。」 「俺としては工藤先輩の苦労が思いやられます。」 にこりと笑顔で告げるルルーシュにリボーンはくくっと喉の奥で笑う。 彼のこういった性格をリボーンはわりと気に入っていた。 「いや、新一のことは確かに悪いと思ってるけど。やっぱ、かまって欲しいし。」 「最悪のダメ会長だな。」 「うるさいよ。凶悪小学生。」 水面下で争いを続けるのは騒がしくないが、雰囲気はとても過ごしやすいものではない。 ルルーシュは軽くため息をつくと、数分前に拉致られた会長のことを考えた。 『借りて行くよ』と一言だけ告げられて、反論する間もなく綱吉は引きずられていってしまって。 すまなさそうな綱吉に苦笑だけを返して、早々に戻ってこれないだろうと思った。 あの気まぐれさに振り回されてもなお、綱吉は素直に雲雀のことを大切に感じている。 それは誰が見ても明らかで、その素直さはルルーシュにとってとてもうらやましくもあった。 「にしても、ルルーシュも可愛いね。」 「ああ。スザクに見せてやりたいくらいだ。」 「どういう意味ですか。だいたい雲雀先輩も似たような捨て台詞を残して行きましたし。」 他人に興味のない彼がふと自分を見て『君って意外にも素直でかわいい部分が残ってたんだね。』と 驚いたようにつぶやいたのを思い出しルルーシュは首をかしげる。 今日はいつもと同じ格好で、女装などをさせられているわけでもない。 もちろん、何かかわいいと思われる発言をした覚えもないし、 第一、男の自分がそんなことを言われる要素などみじんもないのだ。 まぁ、恋人であるスザクからはよく言われてはいるが・・・。 スザクは今頃、親の仕事に付き合って海外視察でもしているのだろう。 ちゃんと寝て、失敗などしていないだろうか・・・。 そこまで考えて頭を横に振った。こんなに気にしても意味はないのに。 その時、再び笑い声が聞こえ、声の主を見れば、ニタニタと笑っている。 まったくもって不気味だ。 「何なんですか。黒羽先輩、リボーン。」 「何でもないよ〜。」 「青い春だと思っただけだ。」 リボーンの発言に『おまえは小学生だろう!!』と突っ込みたくなる衝動を抑え、 ルルーシュは扉に視線を向ける。 誰かが近づいてくる足音がしたのだ。まだ、綱吉が戻ってくるには早いだろう。 二人も気づいているのか、快斗はどこか嬉しげに口元を緩ませた。 コンコンときれいなノック音が響く。 この空の館でノックをする常識人は、そんなに多くない。 現にくつろいでいる目の前の会長二人は、了承もなく部屋に入ってきたのだし。 「どうぞ。」 「ルルーシュ、ここにうちのバカイチョウが・・。あ、やっぱりいた。」 チラっと冷たい視線をよこす新一に、快斗は立ち上がった。 「新一。俺が居なくてさびしかった??」 「離れろ。バカイト。」 ゲシっと黄金の右足を受けながらもヘラヘラと笑う快斗はマゾなのではないかと思うのは、 おそらくルルーシュだけではないはずだ。 げんに、リボーンも憐れみに近い視線を送っていた。 「さっさと書類にハンコを押せ。弓道部と剣道部の部長が泣きついてきたぞ。」 「ごめんごめん。すぐに戻るつもりだったんだけど、うちの副会長がこっちの会長を拉致ってて。」 「どいつもこいつもつかえねぇ。」 チッと舌打ちする新一を彼のファンが見たら目を見開くことだろう。 彼の猫かぶりは、空の館のメンバーでも一番だ。 「工藤先輩・・・頑張ってください。」 「サンキュ、おまえくらいだよ。それより、今日、スザクは遠出なんだな。」 ふと気づいたように告げる新一にルルーシュは首をかしげる。 スザクが長く空けることを知っているのは、綱吉と自分くらいだったが。 「いや、ルルーシュの様子から居ないんだなって。」 「え?」 「おまえさ、気づいてないかもだけど、書類は上下逆だし、ペンは赤ペンになってる。 それにシャツの裏表が反対だぞ。ついでにいえばメガネも頭にのってる。」 新一の言葉に全身の血の気が引いて行く気がした。 先ほどからのかわいい発言は、おそらくこのことについてだったのだろうか。 考えてみれば、綱吉がちらちらと見ては、ほほを緩ませていた気がする。 どうして誰も教えてくれないのかとも思ったが、綱吉以外はただの嫌がらせだろう。 「ルルーシュがここまで動揺するなんてスザクくらいだからな。スザクもスザクで ルルーシュが居ないと電池の切れた人形みたいでおもしろいけど。」 「本当に素直なガキだぜ。工藤も少しは見習え。」 「リボーンにだけは言われたくないな。」 「新一は結構、素直だよ。まぁ、俺だけわかってればいいけどね。」 このあと、帰ってきたスザクに綱吉が悪気なくことの次第を伝え 始終彼の機嫌がよかったのは言うまでもない。 *新一の場合* 「工藤先輩ってさすがですよね。」 高等部に書類を持ってきた中等部の会長こと沢田綱吉は てきぱきと仕事をこなす新一に感嘆のため息をついたのだった。 「何がだ?」 会計報告をまとめた後、教師に提出する分の書類を整理しながら不思議そうに新一は綱吉を見る。 ちなみに綱吉は無駄に広い高等部の生徒会室にあるソファーに座って 雲雀のいれたお茶を美味しそうに飲んでいた。 「いや。おれだったら雲雀さんがいないと仕事が手につかないから。」 「ああ。そのことか。」 合点がいったのか、新一は小さく笑みを漏らす。 雲雀はいつのまにかお菓子まで用意して、綱吉の前に差し出すと 自身も彼の隣りに寄り添うように腰をおろした。 群れを嫌う彼が、唯一ともに居ることを望む相手。 だからこそ、その光景にはなんら違和感もない。 さらに言えば、先ほどの綱吉の言葉に機嫌を良くしたのだろう。 珍しくも雲雀は新一の分までお茶を差し出してくれた。 「どっちかって言うと、邪魔がいないから仕事がはかどるな。」 「本当に可愛くないね。君。」 淡々と告げる新一に雲雀はあきれたような視線を向ける。 「雲雀に可愛いと言われてもな。それより仕事をしろ、副会長。」 「僕の分は終わらせてあるよ。会長の分は君の担当だろ。」 綱吉が今日、午後から来ることがわかっていたのだろう。 午前中にせっせとまじめに仕事をしていた雲雀を思い出し 新一はもはやぐうの音もでないようであった。 そもそも会長の仕事をするのは副会長の役割だとも思うのだが、 日頃から風紀委員長の仕事は100%、副会長の仕事は8割弱行う彼が 他人の仕事までする確率は、綱吉の手伝いを除いて0%だ。 そこから導き出される答えは一つ。言っても無駄ということ。 元来、無駄なことは嫌いな新一は、各部活からの予算申込に目を通し始めた。 「ルルーシュが憧れるのも分かります。」 「綱吉。君ってああいうのが良いわけ?恋人がいないのに動揺もせず 逆に仕事がはかどるっていう、愛想もなにも無い男だよ。」 「少なくとも無意味な暴力を繰り返す男よりもマシだと思うけどな。」 嫉妬をぶつけてくるのはもう慣れたとばかりに、さらりと流す新一。 そんな彼に雲雀はこれ以上言葉遊びをするよりも、 綱吉との貴重な時間を過ごすほうがましだと思ったのだろう。 それ以上は何も言わずに、綱吉が菓子を口元につけているのに気づきキスをするようにそれをとった。 思わず真っ赤になる綱吉は本当にこの空の館での癒しだと思う。 こんなにも素直な人間はここには居ないのだ。 けれど 「いちゃつくなら外でしてくれ。」 頭を抱えて告げる新一に綱吉はさらに真っ赤に染まって。 雲雀はそうだね。とお茶とお菓子をもって綱吉を視線で促した。 2階の温室に移動してきた二人をみて、哀は軽く眉間にしわを寄せた。 綱吉がそれに気づき首をかしげると、彼女は肩をすくめてかえす。 「追い出されたの?あなたたち。」 「え、はい。まぁ。」 歯切れの悪い綱吉にすべてを察したのだろう。 だが、それとは関係なく哀がどこか困っているのは確かで綱吉はその理由を尋ねた。 「これ。兄さんに目を通してもらう予定だったのよ。」 見せられたのは小等部の会計報告書。 小学生が会計なぞできるはずが、と一般の人は思うかもしれないが 哀やリボーンを小学生という肩書でくくれるものは少なくともこの学園にはいない。 「それなら行ってこればいいじゃない。」 「あら、今日は黒羽君が居ないのよ。」 「え?でも普段どおりですよ。」 「わかってないのね。」 哀に着いてきなさいと言われて、二人は首をかしげながら彼女の後を追った。 そして再び高等部の生徒会室の前にたち、哀はそっと扉を開く。 普段ならば気配に敏いためすぐに気付かれる。 だが、今は何かに集中しているのか気付く気配はなかった。 それどころか、見たこともないような穏やかな表情を浮かべ真剣に一枚の紙を見ている。 どうやら書類、とは思えないそれに、雲雀と綱吉は視線で哀に問いかけた。 「あれは黒羽君が残した暗号よ。ちょっとしたラブレターね。 彼、黒羽君が居ないときは、彼の残した暗号で寂しさを埋めるの。 まぁ、ほとんど人がいないときにこっそりやってるけど。」 この光景を知っているからこそ、快斗もまた、数日あけるときは甲斐甲斐しく とびっきりの暗号を残していくのだと哀は続ける。 「それに夜中は遅くまで電話で話してるし。お互いに完全に依存してるのよ。」 「確かに、工藤が居ないときの黒羽は、仕事はするけど電話をしょっちゅうみつめてるね。」 「かわいいな。工藤先輩。」 新一の意外な一面にそう呟く綱吉もまたかわいい。 そう表情で主張する雲雀に哀は馬鹿馬鹿しいと人知れずため息をつくのだった。 |