何もない壊れかけた教会で彼を見つけた。 外では静かに雨が降り続いている。 彼は中央に敷いてある赤い絨毯の上でもなく、祭壇に誓い場所でもなく ただ、入り口に置いてある聖水の傍らに立っていた。 ―祈り― 壁に掛けられているのは、 キリストが生まれてから死ぬまでをコマごとに分けて描かれた絵画。 祭壇の近くには羊小屋のレプリカ。そして、マリア像。 見た目はどこにでもある教会。 ただ1つ違うのはこの教会には十字架に張り付けられたキリストが居ないことのみ。 数十年前に廃れてしまったこの教会のキリストは行方不明中だ。 俺はゆっくりと彼に近づく。 彼の双眼に、あの澄み切った蒼に俺の姿を映して欲しい。 そんな不純な気持ちで。 コツコツと石の床を歩く。 その音に彼はようやく視線を祭壇から俺へと向けた。 「神の居ない教会に、お祈り?」 「神の居ない教会だからこそ来たんだよ。」 彼、こと新一はそう言って俺に柔らかな笑みを向ける。 そして、希望どおり俺をその双眼に映してくれた。 だけど、満たされない心があることを俺は分かっている。 彼の笑顔が偽物だから? 彼の双眼には俺が本当は映っていないから? どっちでもあり、どっちでもない。 俺はそんな訳の分からない焦燥感を埋めるために新一の手を思いっきり引っ張った。 「今夜、シチューだよ。」 抱きしめてそっと耳元でつぶやくのは慰めの言葉でも愛の言葉でもない。 今、必要なのは穏やかな日常がすぐ側にあると言うことを実感させることだから。 「久しぶりにいいかもな。」 腕の中で顔を押しつけながら新一は言う。 雨音が少しだけ強くなった。 今日は一晩中降るらしい。 「帰ろっか。」 「そうだな。」 新一の手を握り、俺は歩き出す。 そして、最後に祭壇を見据えた。 無神論者の俺でも今は少しだけ神に願う。 どうかこの人を苦しめないでください と。 苦しみはすべて飲み込んでしまう人だから。 ほんの一滴も俺には分けてくれないから。 だから、すべての人を愛すというなら、彼を助けてあげて。 弱気な俺の心を強い雨が打ち付ける。 「雨、止まないな。」 新一がそっと教会の入り口から外へと手を伸ばした。 「傘、あるよ。」 「ん。でも、濡れたい。」 「まぁ、そう言うと思ってお風呂は沸かしてきた。」 アスファルトを打ち付ける雨に視線を向けたまま、新一は淡々と告げる。 だから俺も、同じように声量を落として返事を返す。 滅多に欲張らない彼だから、小さな願いを聞いてあげたいと思うから。 「明日晴れればいいね。」 「そうか?また暑くなるぞ。」 「晴れれば洗濯物もよく乾くんだぜ。」 「完全な主夫だな。」 小さく笑った新一の口もとに気づかれないように安堵の息をもらして、 俺たちは歩き続ける。 「明日、晴れればいいな。」 新一が小さな声でそう告げた。 |