スタートライン  〜the latter part〜

 

 

 

 

「やっぱ名探偵がいると張り合いあるねぇ」

高層ビルの屋上で双眼鏡を覗いていた白い怪盗は、のんびりした口調でそんな感想を漏らした。

 

 

 

 

始まりは幼馴染が勢いに任せて言ってしまった「私も彼氏持ち」という失言。

聞いたときは呆れて物も言えなかったが、今となっては感謝している。

ずっとずっと欲しかった切欠を手に入れられたのだから。

そう、どうしても求める心を抑えきれない彼に、黒羽快斗として近付ける切欠を。

 

何時から惹かれていたのか解らない。気付いたら本気になっていて。

嫌われてはいないと思っていた。でも、怪盗と探偵以外ではありえなくて。

だから怪盗の姿ではなく、同じ高校生として出逢いたかった。仮令それが正体を曝け出すことだとしても。

 

どういう訳か、彼に対して絶対の信頼を置いていた。彼は黒羽快斗を捕まえようとはしないだろう、と。

あくまで彼が捕まえるのは怪盗キッドだ。一高校生ではない。

 

そんな彼の潔い精神を利用するような形になるけれど、それでも、自分の想いは止められない。彼に近付きたい。

本当の自分を知って欲しい。そして、彼にも自分と同じ想いを持って欲しい。

 

 まぁ、それはまだまだ先の話。

 

まずは名探偵の懐に飛び込んで、一番近しい友達になることだよね〜、とポーカーフェイスの下で考えながら、

予告時間を迎えたキッドは、ハンググライダーを開き、

日本警察の救世主と謳われる名探偵工藤新一の迎え撃つ現場へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

容赦なさ過ぎ、なんて情けないことを心の中で呟きながら、

キッドは何とか盗み出した石を手に、這う這うの体で現場から逃げ出した。

 

 

今夜の現場はある美術館の中心部に位置しているホールだった。

円形のホールで普段なら他の美術品も展示されているのだが、

ゴールデンウィーク限定公開のビッグジュエルが到着してからは来客数が桁外れに増えた為、

ビッグジュエル以外は全て撤去されていた。

 

物が多い方が仕掛けがしやすいのは確かだが、少ない状態であっても問題はない。

特に今回は下準備の時間が充分に取れていたから。

 

 

だが。だがしかし。その仕掛けは新一によって事前に全て使い物にならなくされており、

その上、ご丁寧にもトラップまで設置されていて。

更に今回は盗聴を懸念してか、警察の連中は無線機を一切使用していない。

現場に臨む前に、あらゆる可能性をシミュレーションし、新一がその状況に応じた警備体制を叩き込んでいたようだ。

その為、無線をこっそり拝聴して警察の動きを知ることはできなくて。

 

 

だから、最終的には警官達を押しやり、ガラスケースを拳で割って盗るなどという、

怪盗紳士に相応しくない、物凄く原始的な方法になってしまったのは仕方の無いこと。 

 

 

 

 

 

 

何だかなぁ、と溜め息混じりに呟き、キッドは予告状に記した逃走経路を違えることなく辿った。

 

そして、予定していた中継地点に降り立つ。肉弾戦になった途端、新一が現場から姿を消したことを知っていたから。

 

「お待たせしてしまいましたか?名探偵」

 

雑居ビルの屋上のフェンスに凭れ、眼下に広がる夜景を何処か満足げに眺めていた新一は、

音もなく静かに舞い降りた白い怪盗に目を移す。

 

「よぅ。大変だったみたいだな」

「貴方との有意義な時間を過ごせたのですから、これくらいのこと、どうということはありません」

「相手をしたのは警察だろうが。ま、俺は楽しかったからいーんだけど」

「それが一番大切です。貴方が楽しんで頂けたのなら本望ですよ」

キッドが告げた言葉は本心。

 

 

警察の面々には申し訳ないが、新一の誕生日を祝う為の対峙だ。新一が自分との対峙を楽しんでくれたのなら、

それで今夜は充分。尤も、これだけの苦戦を強いられたのだから、それなりにご褒美が欲しいけれど。

 

そう思いながらキッドは徐に今夜の獲物をスーツのポケットから取り出し、雲の合間に覗いた月に翳す。

可能性の低い石だったから期待はしていない。

その予想に反することなく、手の中の石は月の光を浴びても変化することはなかった。

 

 

キッドは月に翳していた腕を下ろしながら新一に歩み寄り、すっと石を差し出した。

 

「返却をお願いできますか?」

「了解。おめーも厄介なモン抱えてんだな」

石を受け取りながら新一が言うと、キッドは柔らかい表情で話す。

「そうですね。でも、進むべき道は見えていますから」

「その道、間違えんじゃねーぞ?」

「大丈夫ですよ。その先に貴方がいますから」

「はぁ?何言ってんだよ?俺に捕まりてーの?」

「黒羽快斗は捕まりたいね」

キッドの衣装のまま、ニッと人好きのする笑みを浮かべ、表情と口調を快斗に戻してそう言った。

 

 新一は快斗の変化に一瞬惚けてしまったけれど、直ぐに呆れたような苦笑を漏らす。

「おめーは、どうしてそうコロコロ変わんだよ?やりにくいじゃねーか」

「あはは。そう?」

「そう。って、あー、忘れてたけど、

おめーがここに飛んでくるの見えた時点で中森警部に連絡してあるから、そろそろここに警官隊来るぞ?」

「えーっ?!ちょっと、何で通報してんの?折角人が工藤との逢瀬を楽しもうとしてんのにさぁ」

「逢瀬って何だよ?てか、通報すんのが普通だろうが。

それに、俺はお前が慌てふためく姿を見て楽しむ為にここに来てんだよ」

「うっわ。酷いよぉ、苛めだよ〜。さっき、散々酷い目に合わせてくれたくせに〜」

「俺の誕生日を祝ってくれてんだろ?だったら最後まで楽しませろよ?」

 

ニヤリと口唇の端を攣り上げて言う新一に、快斗は更に泣き落としにかかろうかと思ったけれど、

それは複数の人間が階段を駆け上がる足音に阻まれてしまう。

「くっそー、もう来た」

快斗は心底嫌そうに小さく呟き、一つ大きく息を吐いた。

 

 

 

 バタンッと勢い良くドアが開き、中森が先陣を切って屋上に乗り込んでくる。

「キッドォォォッ、見つけたぞっ!」

「これはこれは中森警部。お早いお着きで。こちらにいらっしゃる名探偵のおかげで、

今宵のショーは私も楽しませて頂きましたよ」

いきなり口調の戻ったキッドに、傍にいた新一は声を殺して喉の奥でククッと笑った。

 

 

どうせまたコロコロ変わってんなぁ、とか思って笑ってるんだろうな、と悔しく思いつつも、

紳士然とした態度を崩す訳にもいかないので、不敵な笑みを浮かべたまま、恭しく新一の手を取り片膝を付いた。

新一に触れていれば中森も迂闊に飛び掛ってこないだろうというのが第一の理由だが、

それ以上に新一にも多少は戸惑って貰おうという目論見もあって。

 

「こ、こらっ、キッドッ!工藤君から離れんかっ!」

 

キッドの読み通り、中森は警官隊を手で制止して叫ぶ。

 

けれど、キッドはそれに頓着することもなく。

「中森警部、本日はこの方の生誕の日です。無粋な真似は止めましょう。

名探偵、貴方がこの世に生まれてきてくれたことを心より感謝します。貴方のご活躍と幸運を祈って」

キッドはそう言って騎士がするように新一のほっそりした手の甲に唇を落とした。

「おめーなぁ・・・」

呆れた声が聞こえたけれど、キッドはそれも気に留めず、

今度はパチンと指を鳴らし、何処からか白薔薇の花束を出してみせる。

「誕生日おめでと」

突然現れた花束に驚いた新一に手渡しながら耳元に顔を近付けて言い、ついでに頬にもキスを一つ。

「白って俺の色じゃん?ちゃんと貰ってね?ま、貰って欲しいのはキッドの方じゃないんだけど」

新一にだけ聞こえる声で囁き、キッドは軽快な動きでひょいとフェンスの上に昇った。

 

「では、中森警部。またお逢いしましょう」

シルクハットに軽く手を添えて言うと、キッドは念の為中森の前に閃光弾を投げつける。

それと同時にハンググライダーを開き、春の心地好い夜風に身を泳がせた。

少しでも新一が戸惑い、自分を意識してくれるようになることを願いながら。

 

 

 

 

 

キッドが新一の頬にキスした現場を目撃した中森と警官隊は呆気に取られてしまい、

それ故に閃光と共に現れた煙幕を避けることも出来ず、ケホケホと咳き込んでしまった。

 

それでも何度も煮え湯を呑まされている怪盗を追い掛けない訳にはいかない。

一早く我に返った中森の怒声と共に、警官隊は来た時と同様、駆け足で階段を下りて行く。

新一を一人でこの場に残してしまうことを一瞬躊躇った中森も、新一なら大丈夫だろうと屋上を後にし、

キッドの追跡に専念した。

 

 

 

 

そうやって屋上に一人残された新一は、未だに呆然としていた。

白い薔薇の花束をぼーっと見つめ、掌はキッドの唇が触れた頬に当てていて。

 

少しそうやっていて漸く頭が動き出す。白はキッドの色。だから貰えだと?

しかも、貰って欲しいのはキッドの方じゃないって、黒羽の方ってこと?

そういや、黒羽快斗は捕まりたいって。

それってどういう意味だ?しかも、頬とはいえキスまでしていきやがって。まぁ、それは挨拶だろうけど。

 

・・・・・・ワケ解んね。

 

新一はそう呟いて考えることを放棄し、キッドから預かったままの石を返却する為、一旦美術館に戻った。

白い花束を腕の中に大事そうに抱えて。

 

 

 

 

 

 

キッドからビッグジュエルを取り戻してくれた、と美術館の館長に豪く感謝された新一は、

取り戻したんじゃなくて、返してくれただけだからと恐縮しながら帰路についた。

中森はまだキッドを追っているようだが、キッドのことだ。どうせ上手く逃げているだろう。

 

考えることを止めた筈なのにまた考えてしまい、新一は溜め息と共に雲が流れて晴れた夜空を見上げた。

そこにはぽっかり浮かぶ白い月が見えて、それから連想されるのは当然白い怪盗のことだから、

結局ワケの解らないキッドの行動に思考がいってしまう。

 

 

一度気になり始めてしまえば、答えが出るまで考える他ない。新一は諦めて再び考え始める。

 

キッドの進む道の先には自分がいる。アイツが貰って欲しいのはキッドではなく快斗。それはどういう意味を持つのか。

その前に、貰うって何だよ?何を貰うんだ?

 

 

グルグルと考えていて、ふと気付く。自分は屋上に悩みの種を貰いに行ったんじゃない。

キッドが慌てる姿を高みの見物する為に行ったのだ。

それなのに、どうしてこんなにも悩まなければいけないんだ?

 

・・・・・・ぜってぇ文句言ってやる。

 

そう強く決意して、新一はこの仕返しどうしてやろうかと思考の矛先を変えた。

 

 

 

 

 

 

翌日、新一は蘭に電話して快斗の連絡先を聞いた。そこから二人の距離は少しずつ近付いていく。

 

怪盗を確保しようとしない理由、怪盗の謎にどうしようもなく惹かれた理由。それは怪盗から貰った白薔薇を、

新一がきちんと花瓶に活けて大事にしていたことから窺える。

その行動が新一の心そのものだから。新一が自分の気持ちを自覚するのは、もう少し先のことではあるけれど。

 

 

 

 

 

END

 

 

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2004.5.4up

 

 

 

 

 

 

高瀬 暁様より

 

ここまでお読み下さってありがとうございますvv 

誕生日のお話でした♪

私の書く話にしては珍しく甘くなくて、自分でも吃驚しております。

(この先を書いたら甘々になるんですけど…。)

何が書きたかったって、グループデート(笑)。

珍しく白馬君がノーマルです(^^;

 

この話は5月5日までフリーとさせて頂きます。

お気に召しましたら是非是非お持ち帰り下さいませvv 

というか貰ってやって下さいぃぃっ。(←懇願!)

 

 

春日より

 

まず、はじめに、高瀬様!!

懇願されなくても、強奪してしまいたくなる小説ですよ〜これは!!!

グループデートには女の子達の引くに引けない状況があって

おもしろかったです。そんな彼女たちに隠れて会話する新ちゃん達が◎

この先・・が実に気になるところです。

新一君も快斗君への気持ちに気づくときが楽しみですね〜★

 

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