家に帰って、鞄を居間にあるソファーに乱暴に落とすと 視界に映った光景に“やってらんねー”と雅斗は呟いた。 ―悪夢の授業参観― (前編) 中学3年になり、クラスで話題になるのはやはり“18禁”と言われるネタ。 男友達はみんな、彼女とやったのだ、やってないのだ、 どう誘おうかなどという話しに花を咲かせる。 それは、雅斗のクラスも同様で、女子に“いやらし〜”と後ろ指を指されながらも “うっさい”と1人の男子生徒が一喝して教室のすみで盛り上がっていた。 「で、雅斗は?」 「はぁ?」 「だから、彼女とか何人いるんだよ。」 途端にその場にいた男子生徒が興味津々といった視線を向けてくる。 そして、離れて見ている女子の視線をも背中に感じるのは気のせいではないはず。 ルックスも良く、性格も明るい雅斗は言わずと知れた人気者で、 そのフェミニストな質も手伝って女子には特に人気があった。 そんな彼だからこそ、経験は豊富なはず。 誰もが雅斗の経験談を参考にしようと耳をそばだてるのも無理もない。 だが、予想に反して雅斗の答えは“0人”だった。 「嘘だろ。」 「てっきり、年上のお姉さん5,6人とはやってると思ったのに。」 「おい。俺のイメージはそんなのかよ!!」 雅斗は友人達の発言に頭痛を覚えながらも、呆れた視線を向ける。 これでも、純情なのに。とはもちろん頭で思っても口には出さない。 言えばからかわれるのがオチだ。 「とにかく、好きな奴も恋人も今は0。」 分かったか!!そう言って、雅斗は半ば友人達の質問責めから逃げる形で 学校をあとにした。 そんな事があって、気分が優れないと言うのに、 家に帰ってまず一番に目に付いたのは、どうにもこうにも直視できない光景。 夢なら冷めて欲しいと思う。 「なぁ、由梨。あれって、ずっとああなのか?」 「ええ。雅兄が帰ってくる20分前から。」 由梨はそう言うと、手に持っていたコーヒーカップを雅斗に渡した。 ミルクカフェオレが湯気を立てて甘い香りを漂わせている。 「疲れ気味みたいだから。」 「サンキュ。」 妹のさりげない気遣いに感謝しながらグイッとそれを飲んで、雅斗は放り投げた鞄の中を探る。 確か、今日もらったプリントを渡さなくてはいけない。 兄妹がいる場合、学校は印刷量を減らす為か、大抵は長男に渡すのが決まりだった。 声をかけづらい状況。 そう、先程から視界に映っていたのは、耳掃除をする両親だ。 新一の膝の上に快斗が横になって、会話をしながら気持ちよさそうに耳掃除をしている。 おそらく、あの空間を壊すのならば、 新一命の快斗は間違いなくこめかみに皺を寄せるだろう。 それでも、長男の義務として、このプリントを渡さないわけにはいかなかった。 そして、何より、周りにいる兄弟達が、目で哀願してくるのだ。 いい加減、この甘い空間を元に戻せと。 「と、父さん。」 「ん?」 やっぱり。 雅斗は顔を向けた快斗の顔に冷や汗をながす。 表情はおだやかだがスッと冷たい視線がそこにはあった。 だが、ここで退くわけにはいかない。 これでも、3代目KID。 2代目の視線に負けるはずはない。(・・多分) 「プリント。授業参観があるんだって。」 「へぇ〜、いつなんだ。」 新一は雅斗からそれを受け取ると、手を休めてプリントに目を通した。 快斗はその間、新一の膝に猫のように頬を刷り寄せる。 それが日常なのか、新一が気に留める様子もなく、プリントを熟読していた。 「15日・・この日、確か歩美ちゃんの都合で事務所休みにする日だよな。」 「えっ、じゃあ、新一、行くの?」 「当たり前だろ。最近、学校のほうに顔も出してないし。」 「雅斗達の様子も見たいし。」 そう言って新一は振り返ると子供達に微笑みかける。 「そっか。じゃあ、俺も行く!!」 「「「「げっ!!!!」」」」 「何だよ。4人、揃って。新一は良くても俺はだめなわけ?」 先程、新一が行くと言ったときは、明らかに顔をほころばせて喜んでいた4人の態度の変化に 快斗はガバッと起きあがると、文句を付けた。 もちろん、彼らが父親に来て欲しくない理由は “2人揃うと周りが迷惑する”とのこと。 おそらく、今のように快斗は意図的に、そして始末の悪いことに新一は無意識に 夫婦の仲の良さを周りに見せつけるのだ。 もし、学校でそのようなことになれば、授業参観どころではなくなる。 「と、父さんは、ほら、マジックショーとかあるんじゃ?」 「その日は偶然、何も。ほら、お休みってやつ。 日頃頑張ってるから、神様からのご褒美かな〜。」 「じ、じゃあ、ネタを考える時間にあてたほうが。」 雅斗の前にズイッと出て、由佳は苦笑しながら快斗に尋ねるが 快斗は彼らの気持ちを知ってか知らずか “世界のマジシャンにネタを考える時間なんて必要ない”と笑顔で返した。 もはや説得する理由もない。 雅斗自身、仕事で来れないと思ってとりあえず提出したのに。 あまりにも予想外な誤算に困ったようにカリカリと頭を掻く。 後ろからは非難を含めた視線が3つ。 そして、目の前の両親は再び耳掃除。 「新一、何着る〜?」 「そうだな。スーツかな。やっぱ。」 「セレブママって感じかな〜。新ちゃんは。」 「何だよそれ。っと、次、反対の耳。」 「OK。」 ごろんと方向を変え、“新一の膝は気持ち良いな〜”と甘い声を出す快斗に 新一が照れ隠しか、バシンと頭を小突く。 それでも、耳掃除をする手つきは穏やかで、それでいて丁寧で・・・。 来週の授業参観。 こんどは別の意味で質問責めになりそうだと、 目の前の両親を見ながら雅斗は大きなため息をつくのだった。 〜あとがき〜 耳掃除&授業参観ネタという書きたかったネタを混合。 次回はいよいよ授業参観です。う〜ん、どうなることやら。 |