黒羽快斗と出会い、友達以上恋人未満の関係となってもうすぐ半年。

「もうすぐ、花が咲く・・・。」

新一は校舎から外を眺めて哀しく微笑んだ。

 

◇カグヤ◇

 

「なんや、工藤。最近えらく元気ないな〜。」

「帝とうまくいってないんですか?」

「いや、そんなことないけど。ていうか、おまえら学校まで来るなって言ってるだろ。」

 

ここは、学校の屋上。

ちなみに今は授業中・・つまり工藤新一は授業をさぼっていた。

理由は特にない、ただ外が気持ちよさそうだったから。

そんな新一の前にいるのは、後ろ足を使い耳をかいている黒竜の平次と

小さな羽を賢明にパタパタと動かして心地よい風を新一に提供する白竜の白馬。

2匹は新一がさぼるときは何故か決まってここに来ていて、新一の話し相手となる。

新一のためと思ってやっているようだが、

本人がそれを喜んでいるかどうかは定かではない。

 

「ところで、工藤。いったい何の花が咲くんや?」

「馬鹿ですね、平次。時期的に秋桜でしょう。」

「いや、工藤のことやからかわいらしゅう紅葉かもしれへんで。」

「紅葉は花ではありません。」

目の前でぎゃーぎゃーと言い合う2匹を見ているだけで、

新一はほんの少し救われた気分になった。

 

最近、平次達の言うとおり自分は元気がない。

昨日はそのことで、快斗にさんざん詰め寄られ、どうにかうまく誤魔化したばかりだ。

 

「そろそろ、教室に戻るから。おまえらも家に帰れ。」

「もういくんか?もうちょい、さぼってもええやん。」

「せっかくシン様がやる気になったんです。行きますよ、平次。

 それじゃあ、頑張って下さい、シン様。」

白馬は平次の首根っこを加えて、パタパタと浮上した。

新一はそれを苦笑しながら見送って、もう一度遠くに見える竹藪を見つめる。

 

・・・もうすぐ竹の花が咲く

 

 

 

「なあ、紅子。」

「何?」

「新一の様子が最近おかしいんだけど、なんか知んねー?」

夕方のLHRの時間。

机にうつぶせたままの状態で、快斗は前の席に座る紅子に声をかけた。

紅子は授業中なのも関わらず、快斗の言葉に少し驚いたように後ろを見る。

 

「おかしいって?」

「なんか、元気がないし。最近、竹藪の方をよく見るんだよ。

 そのたびにすっげー哀しい顔をする。問いつめても誤魔化すだけだし。」

「竹の・・・花が咲くのね。」

紅子には分からない竹の変化を新一は読みとることが出来る。

竹とは地球と月都を唯一繋ぐ物質だ。

竹の様子の変化は、月都の変化を表し・・・竹の花が咲くと竹は死ぬ。

つまりは・・・月都の崩壊が近いことを意味していた。

 

「何か、知っているのか?」

「黒羽君、工藤君のこと好きなのよね。」

「あたりまえだろ。この半年がんばってどうにか友達以上にはなれたんだし。」

「今すぐ告白しなさい。時間がないの!!彼を失いたくないなら早く!!」

取り乱したような紅子の様子に、教室中が釈然となった。

紅子はそれを気にすることなく、快斗の腕をひき無理矢理立たせる。

「紅子、おいっ。」

「はやく。時間がないわ。」

「小泉、授業中だぞ。席に・・・。」

手を引いたまま、紅子は教室を出ようと入り口へと向かう。

その途中で、授業担当の教師は紅子の肩を引っ張り席へ着くように促した・・その瞬間。

 

教師はピタリとその場に動かなくなる。

正確には動けなくなったといったほうが適切であろうか。

快斗はこの状況を以前に一度だけ見た覚えがあった。

「邪魔しないで・・・・。」

紅子は唖然と教師を見る快斗の腕を強く引っ張って再び走り出した。

 

 

『もし、帝が見つからなかったら、恋人同士になれなかったらどうするの?』

『月都が崩壊する寸前に、俺は自害しなくちゃならねーんだって。

 カグヤの怨念の魂を抹殺するために。』

『それで、カグヤが消えるはずないわ。志保もそう思うでしょ。』

『・・・決めてしまったのね。工藤君。』

『ああ、父上が満足するのならそうするしかない。分かってくれ紅子。』

月都なんてくだらない国のためにシン様が命を落とすなんて許せない。

あの言葉を、彼から直接聞いたとき私はシン様を守り通すことを誓ったの。

 

「どこに行くんだよ、紅子。」

「帝丹高校よ。工藤君に会って、早く気持ちを伝えて。」

「なっ、拒絶されるに決まってるって。だいたい、なんで今日なんだ。」

「言ったでしょ、時間がないの。」

ポーカーフェイスの完璧な彼が、まわりに感じ取れるほど元気が無くなっているということは

それだけ時間が押し迫っているのだろう。

1年ほど余裕があると思っていたのに、こんなにも早く崩壊するなんて

・・完全に油断していた証拠。

 

学校に入って、教室へと向かうとそこに工藤新一の姿はなかった。

クラスメイトの話では午後の授業から出ていないらしい。

「いったい・・どこに?」

「おい、紅子。おまえさっきから変だぜ。サボることくらい、新一だって・・。」

「いいから、黙って着いてきて。」

もう、理性なんて微塵も残ってはいなかった。

早く早く・・・その気持ちだけが頭の中を埋め尽くしていて。

「おい、時間がないって、どういうことだよ。」

「分からない人ね、工藤君は竹の花が咲いたら・・・・。」

 

パシンっ

 

言ってはいけない言葉を言いかけた瞬間・・紅子は頬に強烈な痛みを感じる。

叩かれた場所をおさえながらゆっくりと顔を上げると、

無表情の志保がじっとこちらを見据えていた。

いつもと変わらない真っ白の衣が、そよ風が吹いているのに微動だにしない様子は

よりいっそう彼女の存在の不自然さを誇張する。

 

「・・・誰だ?」

「黒羽君、志保が見えるの?」

紅子は驚いたように、視線を快斗へとうつした。

「さすがね。黒羽君、初めまして。残念ながら挨拶をしている暇はないわ。

 工藤君を失いたくないなら、あの竹藪に行って。お願い・・・。」

透き通った志保の体に彼女がこの世の者ではないことは見た瞬間から感じたこと。

それでも、不思議と恐怖はなかった。

「それは、事実か?」

「信じるか信じないかはあなたの自由よ。」

消え入りそうな声で頼むかと思えば、信じるのは全て快斗自信に任せると放任的な返事。

快斗は彼女のそんな対応に真意をつかめないでいた。

それでも・・・彼女が嘘を付いているとは思えない。

なぜなら、彼女の瞳は快斗を見つめてそらされることはないから。

 

「目は口ほどにモノを言うか・・・。」

「信じて貰えたのかしら。」

「まあね。」

快斗は紅子の手をふりほどくと、すぐ傍の窓から外へと飛び出した。

ここが、3階なのも構わずに。

 

 

「悪かったわね。志保。」

「いいえ、こちらこそ叩いてごめんなさい。」

「叩かれて当然よ。もう少しで、シン様を救う方法を無くすところだったんだから。」

「うまくいくわ・・きっと。」

志保と紅子は3階の窓から外を見つめた。

快斗が新一を連れて帰ってくることを信じて・・・。

 

 

「ああ、もう本当にわけがわかんねーよ。」

この半年で快斗のまわりでは様々な変化があった。

妙な気配を常に背後に感じたり(平次と白馬の監視・・。)

紅子という、奇妙な力を使うクラスメイトに出会ったり。

 

快斗はそこまで考えて、ふと、今のシチュエーションが何かに似ているように感じた。

それは・・幼い頃聞かされた物語。

「・・かぐや姫・・・・。」

月を見て泣くかぐや姫は竹を見るたびに日に日に元気の無くなっていく新一に似ている。

時間がない・・・そう彼女たちが繰り返し己に告げた言葉。

 

もし・・・信じられないけど・・・本当にかぐや姫と同じだとしても・・・・

「誰が、月なんかに返すかよ!!」

快斗は東の空にうっすらと見えはじめた月を睨み付けた。

 

「そういや、自害の方法聞いてくるの忘れたな・・・。」

冷たい夜風が吹き抜ける竹藪で、新一は空を見上げた。

空と共に視線に飛び込むのは、白い竹の花・・そして満月。

数百年に一度だけ咲くといわれる幻の花。

緑一色の竹が最後に輝く瞬間だと父親がよく漏らしていた気がする。

その竹と共に死ぬ自分は最後の最後で輝けるのだろうか?

 

「新一っ。」

「快斗?」

小刀を手首に当てた瞬間、

その手を思いっきり振り払われて・・小刀は地面へと転げ落ちた。

「何してるんだよっ。」

こんなに怒った快斗を見るのは初めてだった。

その剣幕に気押されしつつも、必死に言葉を繋ぐ。

「約束をまもらなくちゃいけないんだ。」

あの月にいる者達と交わした約束を。

 

「俺を・・・また置いていくのか?」

「快斗?」

新一は快斗の言葉に疑問を覚え、目の前で強く拳を握りしめうつむく彼を見つめた。

その先の言葉を聞くために。

 

「思い出したよ、全部。前世の記憶ってやつ?

 でも、俺は“カグヤ”を愛せない。俺は帝ではなく黒羽快斗だから。ごめん。」

「思い出してくれただけで、充分だ。」

快斗は新一を強く抱きしめて、自分の気持ちを正直に吐露する。

それが、彼の中に存在する“カグヤ”という存在を傷付けたとしても。

 

「新一・・泣いてるのか?」

快斗の言葉に、新一はようやく頬を伝っているモノに気が付く。

 

「変だな。死のうとした寸前でも涙なんて出なかったのに。」

快斗は己の指で新一の涙を拭った。

彼の流した涙の意味を予想して、少しだけ喜びを感じながら。

 

「新一は俺を通して帝を見ていた?」

「俺は出会ったときから一度も快斗と帝を重ねたことはない。」

突拍子もない質問に一瞬間が空いたものの、新一の答えははっきりとしていた。

快斗はそれにホッと息を付き、再び新一を自分の腕の中へ引き寄せる。

「俺も一緒だよ、俺は新一を愛しているんだ。」

「それって?」

「前世なんて関係なく新一が好きだよ。それを伝えたかった。」

 

快斗の言葉と同時に強い風が竹藪をすり抜けて・・・白い花が吹き飛ばされる。

風が弱まり目を開ければ老いた竹の面影はなく、そこには活き活きと茂る竹の葉があった。

「月都が・・・・復活したのか?」

「その通りです。シン様。」

「紅子・・それに志保も。」

竹藪の奥に立っている2人の姿は、すでにこの世の姿ではない。

それは、彼女たちがこの地から去ることを意味していた。

 

「帰るんだな・・・。」

「月都の記憶やこの半年の記憶は全て消していくわ。

 工藤新一の母も父もきちんと用意しておいたし。

 黒羽快斗、シン様を・・いえ、工藤新一をよろしくね。」

「言われるまでもない。もう、新一を手放す気はないから。」

「紅子、平次と白馬・・・2人もよろしく頼むな。」

ニコリと肯定の笑顔と共に、再び強い風が吹く。

新一は快斗の腕の中でそれに耐えながらも

一生の別れなのにこんなにも満ち足りた気持ちになっている自分に気がついて苦笑する。

 

「快斗、記憶が消されても・・・俺をまた見つけだせよ。」

「もちろん、新一が俺を見つけてくれたようにね。」

 

END

 

あとがき

どうにか、こうにか終了。・・愛がない・・・です。

 

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