茶色の凝った装飾のされた扉を開け放てば、眼前に広がるのは巨大な窓。

窓の左右には真っ白のカーテンが備え付けてあり、その先にはバルコニーが広がる。

そして、窓の前にあるのはこれまた見事な装飾の施された机。

おそらく、事務的仕事をこなすための机なのだろう。

そこには、スズラン型のランプと万年筆、それに許可印が転がっている。

右を見れば、暖炉と拾い丸形のテーブル。テーブルの両脇にはふかふかのソファー。

左を見れば、正面の窓に負けぬほどの巨大な絵画が飾ってあった。

 

さて、これだけ素晴らしい部屋の持ち主と言えば・・やはり貴族。

 

Never end

 

 

「なあ、俺が一番嬉しかった誕生日プレゼントってなんだと思う?」

 

快斗は紅じゅうたんの上にある、大きめのソファーから身を乗り出して、

窓の前で、書類をろくに眺めずに、許可印を押している新一に話しかけた。

新一は一瞬快斗のほうへ視線を向けたが、すぐに又書類へと視線を戻す。

 

「聞いてんの?」

「おまえも少しは仕事をしろ。仕事を。」

「新一も少しは俺に構ってよ。どうせ、ろくに見ていないんだろ?書類。」

ソファーから立ち上がると、快斗は机の上にある書類の何枚かを手に取った。

軽く目を通せば、理不尽な経費請求や特許申請まで幅広い内容が書かれている。

彼らの仕事はそれに許可を下すことだ。

 

「馬鹿言うな。きちんと目は通している。」

「分かってるよ。それよりさ、さっきの質問の答え、分かる?」

 

快斗の眺めていた書類を取り返して、新一は不許可の印を押した。

 

「さあな。明後日の誕生日プレゼントでも請求しているのか?」

「違うよ、純粋な質問。そりゃ、毎年嬉しいけど、あの誕生日に俺の運命は変わったんだ。」

 

新一の隣を通って、後ろの窓をスイッチひとつで開ければ、

強い風が吹いて机の上の書類が部屋中に舞った。

だが、快斗はそれを気にすることなくバルコニーに出る。

新一も又、くだらない書類が数枚無くなろうと構わないらしく、

快斗の後を追ってバルコニーに出た。

 

白いバルコニーの手すりに背中を預けて真っ青な空を見上げる。

隣で遠くを見ている新一にその視線をずらして、快斗はあの日を思い起こしていた。

 

 

 

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初夏の、それでも暑い日、快斗は屋敷を抜け出して荒い足取りで街を歩いていた。

西洋の古風な街並みは快斗にとってお気に入りの場所のはずなのだが、

今日はとにかく機嫌が悪く、自然とその感情が歩き方に出てしまう。

 

そのご立腹の理由は、父親が今朝方持ち出した婚約の話だった。

明後日の誕生日で18となる快斗に、事務的な職業を全て任せようと決心した彼の父、盗一は、

同時に彼のパートナーを決める時期でもあると思ったのだろう、

突然、婚約者を紹介すると言い出したのだ。

なんでも突然に思いつく人だとは思っていたけど。

 

「なにが、絶対気に入るからだよ。」

 

誕生日プレゼントと思ってくれればいい。

そんな父の言葉に切れて快斗は屋敷を飛び出したのだ。

相手はどこかの名家の子どもらしいが、快斗は全く興味がない。

 

「・・おい。」

「何だよ。」

 

後ろから肩をたたかれて、快斗は荒い口調の返事を返した。

 

そして振り返れば、ハンカチを拾っている青年がいる。

シャツにジーンズとラフな格好で、少し長めの髪が風に揺れていて、

涼しげな印象の青年。

年は自分と同じくらいであろう。

 

「落としたぞ。これ。」

青年は快斗の不機嫌丸出しの表情に苦笑しながらハンカチを差し出した。

 

「何がおかしいんだよ。」

 

快斗は青年が笑っている意味がわからずにギッと彼を睨み付ける。

それに、青年はさらに笑った。

 

「わりぃ。まぁ、そう怒らず、とにかく、お茶でも飲もうぜ。」

「は?」

 

快斗は青年のその一言に言葉を失った。

いったい、どこをどうとれば『とにかく、お茶でも飲もう』になるのだろうか。

 

 

青年は快斗の様子に又笑いながら、近くのオープンカフェへと歩いていく。

 

「時間無いんだし、早く来いよ。」

 

快斗はその時、笑顔で自分を呼ぶ青年を改めて正面から見て気が付いた。

彼がひどく整った顔立ちをしていることに。

 

 

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「ふ〜ん、それで婚約が嫌で屋敷をでてきたんだ。」

「まあね。それより、何で俺は知らない相手とお茶飲んで、

 おまけに愚痴まで言ってるんだ?」

 

快斗は今更ながら、この状況があまりにも不自然でならなかった。

とりあえず、パフェなんかをタダで食べれているので自分に損はないのだが。

 

「俺は工藤新一。これで、知らない相手じゃないだろ。

 それに、俺があんたをお茶に誘ったのはその殺気だった気配にみんなが迷惑していたから。

この地域を治めている貴族なんだから民には顔が知れているんだし

気を付けねーとやばいと思うぜ。」

 

税金を納めている屋敷のご子息が荒れていた。

それだけのことだが、日頃の快斗を良く知っている街の者達は普段とかけ離れた彼の様子に

何かあるのではないかと不安を募らせるには充分な要素を持っている。

 

 

悪印象は良くない。街に出ても良いが、なるべく笑顔でいなさい。

それは父がいつも言っている言葉だ。

 

 

「でも、まぁ、今はもとに戻ってるけどな。」

 

新一と名のった青年はそういって注文したコーヒーに口を付ける。

彼の言葉に快斗はふと、自分の中のおさえきれなかった怒りが収まっていることに気づいた。

 

他人に話したからだろうか?

 

「あと、親父さんに嫌なときはきっちり話してから出てこいよ。

 お前は確かに貴族であるとしても、一人の人間には変わりない。

 人権は生まれた瞬間から全ての人に平等にあるしな。」

 

それを生かすか殺すかは当人次第だけど

 

そう付け加えて新一は席を立つ。

彼の機嫌が直ったならもうここに留まる理由はない。

それに、新一自身もこれから行かなくては行けない場所もあるのだし。

 

快斗はしばらく彼を凝視していた。

今まで、快斗自信を認めてくれた人間など父親以外いなかったから。

 

「なぁ、イライラをおさめてくれた礼ぐらい、させてくれよ。」

 

立ち去ろうとする彼の手を掴んで、快斗はようやくいつもの調子を取り戻す。

今まで、何度か暇なときにはこんなかんじで女の子達を誘ってきたから。

 

まあ、それは全てお遊び程度だったけれど、今度は違う。

 

 

「だから、時間がないって言っただろ。」

「まだ、新一も17だろ?時間なんて数十年あるじゃん。」

「18だ。」

 

不機嫌気味にそう返事を返した彼だったが、その繋がった手をふりほどこうとはしなかった。

 

 

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それから、街を回って、たくさん喋って、買い物をした。

会話の内容なんて本当にとりとめの無いことだったけれど、楽しくて

快斗は新一と言葉を交わすたびに、彼に惹かれていった。

 

 

だが、時間は限られた物で、始まりがあれば必ず終わりがある。

昔から分かっていたことだけど・・・。

 

 

「そろそろ、帰らないとやばいな。」

「そうだね。」

夕日に染まった川を石造りの橋の上から眺める。

快斗はそっと隣にいる新一を見つめた。

夕日に照らされてもなお、その瞳は純粋な蒼の色を失っていない。

 

 

「婚約者が新一だったら良かったのに。」

 

ほんのちょっとした、告白。

快斗は新一を見つめてその返事を待った。

彼の返答次第では、家を棄てても構わない。

 

「・・・断るなよ、その婚約。」

「え?」

 

新一の言葉が一瞬信じられなかった。

だけれど、絶望と化した快斗の顔を見つめてなお、新一は追い打ちの言葉を綴る。

 

「俺のことを気に入ったなら断るな。」

「なんで・・・。」

 

裏切られたような気分になるのは今日は2回目。

今朝方、父親に婚約者の話を持ち出されたときよりも心が痛い。

 

結局は誰も、俺自身を見ていないんだと思った。

 

 

 

「じゃあな。」

 

新一は目の前から去っていく。

振り返ることなく、短く寂しい別れの言葉だけを残して。

 

 

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「快斗、なにボーっとしてるんだ。」

「新一との出会いを思い出してた。」

 

あの日と同じように、夕日がテラスに射し込める。

そして、もう随分とたつけれど新一の瞳の蒼もあのころと変わりない。

 

「まさか、親父が紹介しようとしていた婚約者が新一だとは思わなかったし。

 あの時ほどショックを受けたことはなかったな〜って。」

 

屋敷に帰ってみれば、新一がそこにはいて。

悲しみはうれしさへと変わる。

父さんは俺を黒羽快斗として見てくれる人だから俺に紹介して、

新一は婚約者が自分だから断るなと言ってくれた。

 

 

「なぁ、おまえの嬉しかったプレゼントって・・ひょっとして。」

「そっ、新一のこと。」

 

もう5年前になるけれど、

きっとこれからもその時以上のプレゼントを貰うことは無いと思う。

 

 

新一を引き寄せて

 

「愛してる。」

 

と耳元で呟く。

 

「今年は何が欲しい?」

「新一のこれからの時間かな・・。」

「それは、5年前にやっただろ。」

 

 

あの日・・オレ達の限りある時間は限りない時間となったんだ。

 

 

 

あとがき?

とりあえず、お誕生日おめでとう。快斗君。

これからも、新一君を愛し続けてください!!

 

 

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