コン コン コン コツン キューではじかれたボールがポケットへと吸い込まれていく音が聞こえる。 となりでは、楽しそうにお酒を飲みながら会話を弾ませるカップル。 中央では、ディーラーを囲んでブラックジャックやルーレットで楽しむ人々。 どこにでもあるような、ギャンブルの店。 しかし、ここに警察の目が入っていることなど誰も知らない。 ◇ブラックジャック◇ 新一は店の奥にある、ひとけのないカウンターに座ってお酒を飲んでいた。 日頃はこんな場所に来ない彼がここにいるのは、ちょっとした内部調査のためだ。 ここの賭で多額の借金をして、いかさまに金を搾り上げられたという 初老の男性や、若い女性、そして学生までもが新一のところへ助けてくれと依頼してきた。 初めのうちは自業自得だと思って取り合わなかったが、警察がその捜査に乗りだし、 古株の友人である刑事の服部までもが、その捜査の担当となったので仕事と併用して、 いつも情報を提供してくれるお礼にとその捜査に加わることにした。 この、事件の担当となって刑事たちが、 新一の捜査協力を聞いて大手をあげて喜んだことは言うまでもないだろう。 店の中には、服部はもちろんのこと顔なじみである佐藤刑事、高木刑事、 その他新米の刑事など新一を含めて8人がそれぞれの場所で情報収集に当たっている。 新一はとりあえず、もっとも金を巻き上げられたというブラックジャックのゲームが よく見える位置に席をとって、その様子を不自然のない陽に黙って眺めていた。 最初は相手の客にどんどん勝たせる。 そして、ある程度、もうけさせた後、本気を出してゲームに勝ち倍額以上を巻き上げる。 テレビの三流サスペンスでよくあるような手口だった。 だが、それでも引っかかる人間は必ずいるもので・・・・。 「被害総額1億か・・・。」 手渡された資料を思い返して、その額の大きさにあらためて野放しに出来ない状況だと感じた。 自殺者もでて、一家心中まで起こったためについに警察が動き出したのだとか。 だが、捕まえたとしてもしょせんは雑草の上の部分だけ抜くような物で、 次から次へと違う店へとうつっては、また同じようなことを繰り返す。 ようするにオーナーを捕まえなくてはらちがあかないのだ。 噂によると、そのオーナーは店には毎日顔を出すらしいが、 この大勢の客を装って店内にいるために、全くと言っていいほど見当がつかない。 それを探し出すために今回この場所にいるのだが、その成果は全くと言った感じだ。 それに、オーナーを見つけたとしても、証拠が無くてはどうすることもできやしない。 “部下が勝手にやった”そう言われれば手の出しようもない。 「お一人ですか?」 さて、どうやって証拠を挙げるべきか・・・。 そう考えていた新一に隣から声が掛かった。 見上げれば、どこにでもいそうな好青年がにっこりと微笑んでいる。 歳は、20代に入ったばかりと言った感じだ。 「ええ。今日はひとりで飲みたい気分なので。」 新一は“30過ぎのおばさんに声かけるなんてかわってるな”と思いつつもとりあえず返事を返す。 言わなくても分かると思うが、もちろん新一をみて“30過ぎのおばさん”と思う人のほうが むしろ変わっているだろう。(というか、いないであろう) 遠回しな拒絶に、男は気づいているのかいないのか、隣へ腰掛けた。 「ご結婚なさってるんですね。」 男はカクテルを1つ注文すると、新一の手を取って薬指に光る銀の指輪を見つめた。 新一はその手をウザイと感じつつも笑顔で応答する。 そんな、新一に見惚れながら男はスッとその指輪を抜いた。 その、素早い仕草に“あっ”と思ったときには指輪は男の手の中。 普通の人間には出来ない早業に新一は目を細めて男をみた。 「ずいぶんと、手癖が悪いみたいですね。」 「今宵、わたくしと過ごされませんか?そうすればお返しいたしましょう。」 自分のよく知る人物がよく言う台詞で聞き慣れているはずだが、 その男が言うとどうも鳥肌が立った。 胸の当たりが、ぞくりとうずき、全身でその男を拒絶してるような感覚。 できれば、会話を早く終わらせたかった。 「返してください。」 男の言葉を聞かなかったような態度で新一は右手を差し出す。 これで、諦めるだろうと思っていた。 しかし、男は差し出した右手に指輪を乗せるどころか手首を掴み自分の方へ引き寄せ、唇を重ねる。 男のキツイ香水の匂いが顔の当たりで広がり、新一は吐き気をもよおした。 自然と、手が男の飲んでいたカクテルにいき、それを頭から思いっきりかける。 バシャッ 男はその冷たさにようやく、唇を離した。 「悪ふざけもいい加減にしないと・・・。」 「証拠が欲しいんでしょ?」 新一が一発殴ってやろうと手を上に振り上げたとき、 男はびしょ濡れの髪をかき上げながらニヤリといやらしく笑う。 「なるほど・・・あなたが・・・。」 「警察の方が今日来るのは分かってましたしね。」 おそらく、この若い男には警察内部にも知り合いが居るのだろう。 情報は筒抜けだった。 それなら、わざわざ正体を自分にばらすまねをしなくても良いだろうに・・・。 「いったい、何が望みなんです?」 新一は誰にも聞こえないように小声で話す男に、彼の要求が自分に向けられているのだと悟り、 席に座り直してお酒を一口含んだ。 正直言って証拠は捜すから面白い。 だが、この男の要求にも興味があった。 「賭をしませんか?貴女が勝てば、自首しますよ。でも、僕が勝てば貴女は僕の物です。」 「ご冗談を。」 「なんなら、貴女を射止めた旦那様でも結構ですよ。そうすれば指輪もお返しいたします。」 男の横にはいつのまにか、体つきの良い2人の男が立っていた。 その、人物に指輪を渡すと、男は紙切れを新一へ見せる。 「契約、できますよね?指輪、大切ですし。」 「あとで泣いても知りませんよ。」 その紙にサインをしながら、新一はこの男がどうしてこんなに若い歳でトップに君臨し、 なおかつ警察の手から逃れられるのか分かった気がした。 人の心理状態を読む力、状況判断力に優れているのだ。 そう、ここにいる他の警察の誰よりも。 この会場には似合わないラフな格好も又、相手を油断させるための罠。 こんな年若い男がオーナーなどと警察も思うまい。 「そうそう。賭のことを、警察にお話ししてもかまいませんから。」 「ずいぶんと自信をお持ちで・・・。」 何かにサインしている新一に不審を持った高木や佐藤たちがこちらへ向かってくるのに気づいて、 男は微笑みと共にそう述べる。おそらく、弁護士関係や警察の上層部にも知り合いが多いのだろう。 どこの世界にも、悪者はいるものだ。 新一は心配して様子をうかがっている佐藤たちの傍まで行き、簡単に状況を話すと、 あの高慢知己な鼻をなんとしてでもへし折ってやると誓うのだった。 あとがき 新一さんが賭の商品。 次回は、快斗と若オーナーのブラックジャック対決!! |