先日来たときとは、比べ物にならないほどカジノ会場は静まりかえっていた。 僅かな光源があるのは、ゲームが行われるテーブルのみ。 室内にいる警察関係者は、目暮と白鳥、そして高木に佐藤、千葉の5人。 まだ、完全に逮捕令状もとれていないこの状態では そう多くの警察官をこの建物に入れることは出来ないらしい。 ◇ブラックジャック・後編◇ 「こちらへどうぞ。」 若オーナーの側近らしき男の声は静かな会場に良く響いた。 薄暗いため、顔を確認することは出来なかったが目の前に胸部があることから 身長はゆうに180は越えているだろう。 会場には警察官と新一、快斗以外に若オーナーの支援者と思われる人物が20人ほど集まっていた。 派手な格好をした女がいると思えば、やけに貧相な顔つきをした初老の男までもいる。 新一は快斗と共に中央にある台まで歩み寄りつつも、集まった客人の顔を一人一人頭にインプットしていく。 どの人物が後々この事件に関与してくるのか分からないから これは、新一が長年探偵をやってきて、身に付いた癖のひとつ。 「また、お会いできて光栄です。」 先程まで席に着いていたオーナーは新一の姿を確認すると、顔をほころばせて彼の傍まで近寄ろうとする が、それを快斗が容認するはずもなく、素早く新一を自分の後ろへと隠す。 「俺の妻に近づくことはご遠慮願いたいんだけど?」 「随分と独占欲が強いんですね。・・・まあ、いいでしょう。どうせ彼女は僕の物となるのだから。」 「希望を持つのは自由だからあえて訂正はしねーよ。じゃあ、一応、賭の確認をしとく。 俺が勝ったら、あんたの汚き悪行の証拠、・・・それに指輪を返してくれるんだろうな。」 「おまっ、指輪のことも知って・・。」 「あのねぇ、俺は君の旦那だよ。奥さんが指輪をしてなかったらすぐに気づくって。」 驚いたような新一の表情に快斗は呆れたようにため息をつく。 「由希が証拠の為に勝負受けることはまずないし、 他に理由があるんだろうなって思ってたからね。」 「・・・・ごめん。」 「いいよ、取り返せばいいことだし、それに由希は被害者だから、謝る理由はない。 悪いのは・・・この詐欺師だけだろ。」 快斗の言葉と共にスッとその場の雰囲気が冷気を含んだ物となり、会場にいた全員が思わず身震いをした。 だが、その威圧を込められた当の本人は鈍いのか、それとも肝の据わった男なのか、 彼は気にすることなく、ニヤリと不適に微笑むだけ。 「快斗っ。」 新一は快斗の服を軽く引っ張り小声で彼を呼ぶ。 「何?」 「何っじゃねーよ。今の気配はKIDの時と・・・。」 「ああ、大丈夫だよ。マジシャンの時もこんな感じだし、 それに佐藤刑事以外はそこまで切れ者じゃないしね。」 上目遣いで睨み付けてくる新一の耳元でささやくように言葉を綴る。 端から見れば、それはいちゃついているようにしか見えないのだが、当の彼らはそんな自覚など全くない。 「そろそろ始めたいんですが。」 当てられるようなその光景に、オーナーは先程の紳士風の口調を若干崩しながら、 快斗に早く席に着くよう命じる。 ポーカーフェイスを必要とするカードゲームでこれほどまでにも感情を表す男の姿に 勝利を確信して快斗は人知れず微笑んだ。 ブラックジャック それは実に単純なゲームだ 『21』という数字に近いほうが勝つが、少しでもオーバーしてしまえば負け。 だが、単純なゲームだからこそ詐欺行為をするのは難しい。 「1回勝負で構いませんか?」 「ああ、俺も長々とする気はないし。」 基本的にディーラーと一対一で行うため、 主催者のオーナーは快斗の正面に座り、ディーラーの立場をとった。 そして、カードに不正がないことを示すため、一通り快斗に確認をさせる。 快斗はカードを受け取っても、簡単に目を通すだけ。 ここで、いくら真剣に不正を暴こうとしても無駄なことだと十分承知しているから。 「わしにも、確認させてくれんかね。」 だが、目暮はそんな意識があるはずもなく、カードの確認を自分にもさせるように要求した。 オーナーはコクリと頷いて、カードを彼へと渡す。 「高木君も佐藤君も確認してくれたまえ。」 「はい・・・特に異常はないと思われますが。」 どこのカジノにもあるプラスチック製の格子柄のトランプ。 透かしてみても、振ってみても、異常など見あたらない。 「ふむ・・・ありがとう。」 「いいえ。それじゃあ、始めましょう。」 目暮からカードを受け取ると、オーナーの手は見えないほどすさまじい速さでカードを切り始めた。 この手つきが詐欺行為の原点だ。 快斗ほどではないが、やはり常人にはできない手さばきに新一は彼が不正を行う方法を確信した。 カードにあらかじめ仕込むのではなく、ゲーム中に仕込む。 それを、見極められる動体視力は残念ながら新一は持ち合わせていない。 見極めることを諦め、新一は自分と同様にカードを真剣に見つめる快斗に視線を向けた。 快斗には・・・見えているんだろうな・・・ そう思いながら シュッ シュッ 2枚のカードが快斗とオーナーへ配られる。 オーナーはその一枚を表に向け、快斗へと視線を向けた。 「あれは、なんなんだ?」 ブラックジャックをさっぱり知らない目暮は表にされたカードを不思議そうに眺めた。 「見せ札よ。英語ではUp cardと言って、プレーヤーはアップカード1枚と自分の手札とを見比べて、 どう勝負するかを判断するの。ちなみに、ディーラーの手元にあるまだ裏返したままのカードは、 伏せ札つまり Hole Card ね。これをどう読むかが勝負の分かれ目となるのよ。」 それに、高木が答えようとした瞬間、それを後ろから遮るように声が響く。 目暮はその解説に納得しながらも、その声に聞き覚えがありバッと後ろを振り返った。 「君は・・・。」 「哀ちゃん。」 佐藤は驚いたように後ろで不適に微笑む彼女に駆け寄った。 「どうしてここに。」 「心配だからって理由じゃ、ダメかしら?」 「でもここは・・・。」 佐藤を追い越して、哀は快斗達がよく見える位置まで歩む。 カツンカツンとハイヒールの音が響いた。 「あれ?哀ちゃん。」 「・・・ここからしっかり見てるわ。」 「そりゃ、絶対に負けられないね。」 “後が怖いし”そう付け加えて、快斗は再びゲーム台へと視線を戻す。 哀は警察がどう言おうとここから去る気はないらしく、先日、新一が座っていたカウンターに腰掛ける。 その様子に目暮も説得すること諦め、再びゲームへと意識を向けるのだった。 「彼女は愛人ですか?」 オーナーは美酒に口を付けている、哀を視線で示すと、快斗に問いかける。 「大切な人には変わりないけど、俺が愛しているのは奥さんだけだからね。 疑問が解決したなら、ゲームに戻るぜ。」 「ええ、どうぞ。」 受け取ったカードを再度確認すると、“スタンド”と言葉を綴る。 スタンドとはカードの不要を意味し、これで、快斗の選択は終了したのだ。 「随分と弱気ですね。」 「作戦だよ、作戦。」 オーナーはヒットを一度行い、カードを加えその後、スタンドの立場を示すと、 「それでは、ひらきます。」と勝利を確信したような表情で、手持ちのカードを表へと向ける。 そして・・・その数字は・・・・ 「嘘だろ!!」 「クイーン、セブン、シックスで23点のバースト。 そして俺はエースとキングでブラックジャック!俺の勝ちだな。」 彼の手札はこのゲームで最も強い『21』 そして・・・『21』にしこんだはずの己のカードはバーストの『23』 オーナーはその結果が信じられないのか唖然とカードを見つめる。 「そんなはずはない。確かに21にしたはずだ・・・・。」 「へぇ、21にしたんだ?刑事さん。後はお願いしますね。それと、約束通りこれは返して貰うぜ。」 快斗はそう言ってキラリと光る物体を高く投げた。 それは、オーバーが一番奥に閉まっていた新一の指輪・・・。 「おまえ・・何者だ!?」 すり替えたカードもいつのまにか、違うカードになっていて、 奥に厳重にしまっていた指輪を彼が持っている。 「奥様を愛して止まない旦那様♪ってところかな?」 「馬鹿言ってないで帰えるぞ。」 「お酒代、負けたんだから払ってくれるわよね。」 「ほら、立って。」 力無く座り込む彼の腕を引っ張り上げて、佐藤は手錠を彼にかける。 「刑事さん。本当に彼は何者なんですか?」 「さあ、私もよく知らないわ。」 佐藤は意味ありげに微笑むと、 もう2度と使われないであろうカジノ会場の扉を閉めるのだった。 あとがき ずいぶんと遅くなってしまってすみません。 まあ、快斗君のかっこよさが出てれば・・・いいなぁ。 |