〜家庭訪問のお知らせ〜 夏の暑さも厳しさを増した今日この頃、皆様はどうお凄しでしょうか。 さて、今年も恒例の家庭訪問の時期となりました。 7月24日〜26日に以下の順序で行いたいと思っております。 ご都合の付かない方は生徒を通してご連絡下さい。 □夏の恒例行事□ 「25日の午後2時か・・・なぁ、快斗。おまえあいてるか?」 「ん?」 久しぶりゆっくりとした時間がとれて、 贅沢にも快斗は新一の膝の上で耳掃除なんてものをやってもらっている。 その、気持ちの良さに快斗が夢の世界へ行きかけていた頃、 新一はそばにあったプリントを眺めながら言った。 「何?デートならあけとくよ。」 「家庭訪問の話だ。家庭訪問の!!」 「なんだ。そんなことか。」 新一の手の中からプリントを奪い取って、ろくに目を通さずに近くに投げ捨てる。 そんな快斗の態度を別段気にすることなく、新一は又耳掃除を再開した。 プリントの内容なんて一瞬だけでも目を通せば簡単に頭の中にインプットされているのだから。 「そんなことじゃねーだろ。耳に別の穴を開けられたくないなら 開いてるか開いてないかさっさと答えろ。」 「24日?確か、天沢産業の創立記念パーティにゲストとして呼ばれたような。」 カレンダーに視線を向けて、軽く首を振る。 それに、新一が“動くな”と注文を付けるのも無理はない。 「けっこう、でかいパーティーだな。それなら、無理か。」 「新一は?」 「俺もクライアントとその日に会うことになってるんだよな。 日にちの変更もむりかもしんねーし。もしもの時は灰原に頼むしかないよな。」 「あら、私も無理よ。その日は。」 いつの間に家にいたのだろうか? その声の出所を見れば、少し長くなった髪を後ろでゆるめに止めた哀がそこにはいた。 ちゃっかり、アイスコーヒーなんて飲んでいるのにも抜け目がない。 “いつの間に?”なんて野暮なことを2人は聞かない。 ただ、いつの間にかそこにいる。それが彼女の登場の仕方だから。 「だいたい、実の子の家庭訪問を隣家に頼む神経もどうかしていると思うけど。」 カラン いつだか、快斗がお土産で買ってきた琉球ガラスに入っている氷がいい音を立てる。 “このグラスいいわね”哀はその音が気に入ったようにそう呟いた。 「で、結局どうするの。博士にでも頼む?」 「いや・・・1つ心当たりが無くはないんだが。」 「あんまり頼みたくないんだよね。」 新一のくぐもった声に快斗はそう付け足すとクスクスと笑った。 この夏休みという時期に必ず連絡もなく、やってきてさんざん騒いで帰っていく彼ら。 おそらく、明後日くらいに来るだろうと2人はよんでいる。 哀は快斗の言葉でその人物が誰であるか悟ったらしく口元を少しほころばせた。 「いいんじゃない、なかなか。それに、担任の先生若い女性なんでしょ?」 “からかいがいがあるじゃない”そう付け足して哀はさらに口元の笑みを深める。 快斗もそれに新一も異存はないようだった。 「なら、電話いれといてくれよ。快斗。」 「何で俺!?」 「話し・・長くなるの嫌だし。めんどーだし。」 「俺だって、優作さんが電話に出たらなら新一の事で妬まれて、 有希子さんだったらさんざん口車に乗せてからかわれるんだぜ。」 「どうでも良いけど、あなた達。その熟年カップルのような光景止めてくれないかしら。」 未だに膝枕&耳掃除をされながら、会話する2人に哀は大きなため息を付いた。 +++++++++++++++ 「て、ことなんですよ。優作さん。」 『分かった。新一の頼みなら喜んで承諾するよ。』 気が付けば結局、押しの弱い快斗が国際電話をかけることになっていた。 用件が終わったので電話を切ろうと快斗は気合いを入れる。 ここからどうにか上手く話題を終わらせなくてはならない。 「それじゃあ、優作さん、ちょっと仕事があるんで・・・。」 『ところで快斗君。最近新一とはどうだね?』 快斗が“間”をおいて口を開いたと同時に見計らったように優作が話題を提示する。 いつも、その“間”に大変気を付けているのだが、 優作がそのタイミングをずらしたことは一度もなかった。 「どうって、仲良くやってますよ。もちろん夜も♪」 『ほう、それは実に楽しそうだね。 私も最近は新一の幼い頃のアルバムを見ては帰るのを楽しみにしていたんだよ。』 「そうなんですか。写真だけなんて少し寂しいですね。」 『ああ、だから帰ったときは、新一は私が独占しても構わないだろ。』 「お断りします。」 にこやかな会話の中にも、どこか棘が含まれていて、 電話越しに猛烈なブリザードが吹き荒れる。 優作と電話をするといつもこうだった。 「終わった・・・。」 やっと電話を切って快斗は大きくため息を付く。優作相手の電話ほどつかれるものはない。 「まぁ、とりあえず、家庭訪問の日は子ども達を優作さん達に任せて 夜は新一と久しぶりに2人きりで・・・。」 「2人きりで何するの?」 「そりゃあ、まずはホテルで食事してそのまま・・て・・有希子さん!?」 聞き覚えのある声、けれども今聞くはずもない声に快斗はバッと身を翻した。 そしてそこには案の定、有希子と優作の姿。 優作の手には携帯電話・・又からかわれたようだ。 「いっとくけど夜は新一を出さないから、分かっているね。快斗君♪」 「もうっ、優作って意地悪ね。快斗君から新一を取り上げちゃうなんて。 でも、意地悪と言えば、新任の先生にどんなおもてなしすればいいかしら。」 「そうだな、あと数日有るからそれについて綿密な計画を立てるか。 なんてったって新任最初の大仕事だからな。」 「優作って優しいのね。それにいつまでも素敵だし。先生も惚れちゃうんじゃない?」 「君一筋だから心配するな、有希子。」 「優作・・・。」 繰り広げられる会話に又始まったと快斗はこめかみに指をそえた。 そんな快斗も自分たちが日頃、そうであることを棚に上げているところはさすがと言えよう。 「ああ、来てたのかどうりで騒がしいと思った。」 「相変わらずつれないな、新一。」 「そうよ、新ちゃん。それで、雅斗達は?」 「2階。」 指で上を指し示して、新一はソファーに置いてあるバスタオルで髪を拭く。 シャワーを浴びてきたのか、シャンプーのいい匂いが周りを漂っていた。 髪が白い首筋に貼り付いて、大きめのシャツ一枚を羽織った姿は 緩やかな胴体を誇張するには充分で・・・ 見慣れているはずの3人は髪を拭く新一を凝視してしまう。 「何?」 「いや、相変わらず・・・。」 「さすがは私の息子ね。新ちゃん。」 抱きついてこようとする有希子を暑いの一言で追い払って、水を飲むためにキッチンへ向かう。 その姿を見送って優作と有希子はかわいい孫達にあう為に2階へ上がっていった。 「新一。」 「ん?」 「たのむから俺を試すようなことはしないで・・・。」 水を飲む新一の腰に後ろから手を回して、肩に顎を置く。 新一は有希子の時と同様に暑いと文句を言っているが、それをむりに振り払うことはしない。 「俺がいつお前を試したんだ?」 「だって、俺のシャツを着て、そんな色っぽい姿で優作さん達がいるところにくるからさ。 理性を試されてるのかと思ったんだよ。」 「んなことするかよ。」 グラスを流しに置いて、新一は快斗に体を預けて目を瞑る。 快斗がそんな珍しく甘えてくる新一にキスしようとしたとき・・・・。 「パパ〜」 「昼間からお暑いことだ。快斗君。」 「ラブラブね★」 「ラブラブ、ラブラブ。」 優作に肩車された雅斗が有希子の台詞を面白そうに繰り返す。 快斗は折角の甘い時間を邪魔されて本日何度目になるか分からないため息を付いた。 わかっていたはずだ。彼らが帰ってきたらこうなることを。 「由佳、お父さんもお母さんも家庭訪問の日は忙しくて無理だから、 おじいちゃんとおばあちゃんでいいよな。」 快斗の腕からすり抜けて足下に駆け寄ってきた由佳に新一はにっこりと笑いかける。 由佳もそれに嬉しそうに大きく頷いた。 さりげに、“おじいちゃんとおばあちゃん”を誇張しているのに 優作と有希子は新一が多少怒っていることを感じる。 「じゃあ、俺はやることあるから。」 由佳の頭を軽く撫でると新一は有希子と優作の間をすり抜ける。 それを見送って2人は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。 「と、とにかく、家庭訪問は楽しみましょう。優作。」 「そうだね、有希子。」 優作は雅斗を肩からおろして有希子の肩を抱くと2人はぎこちない足取りで部屋を後にした。 +++++++++++++++ さて、ついに家庭訪問の当日。 空は深い青、真っ白な入道雲は夏の訪れを存分に演出しているそんな日。 「こんにちは〜。」 水色のさわやかな半袖のシャツにベージュのパンツをはいた、 ショートカットの女性教師が工藤邸の門をくぐった。 大学から水泳をやっている彼女の肌は、いい感じに焼けている。 そして、その髪もプールの消毒剤の影響か茶色がかっていた。 「いらっしゃいませ。」 出迎えたのは、新一・・ではなくて新一に変装した有希子。 どうやら今日は“変装”がテーマらしい。 40もとうに過ぎた2人が20代の新一や快斗に変装できるのは、やはりその若作りゆえ・・。 雅斗と由佳の担任である女性教師は、“美人な奥様♪”などと 有希子に気づくことなく軽く会釈して室内に入った。 そとの猛暑とは対照的な涼しい空間が彼女を迎える。 首元ににじみ出た汗が引いていくのが分かった。 「暑かったでしょう?」 「ええ。それにしても立派なお家ですね。」 「そんなことありませんよ。」 有希子は先生をリビングのソファーに案内して、“飲み物を持ってきます”と部屋を出た。 それと、入れ替わるようにして、快斗に変装した優作と雅斗、由佳が部屋へと入ってくる。 女性教師は優作を見て心臓が飛び跳ねたのを感じた。 だめよ、ダメ。相手は既婚者よ。それに、私には彼氏がいるんだし。 高鳴る鼓動を感じながら必死に自分に言い聞かせて、先生は頭を下げる。 「「先生、こんにちは。」」 「こんにちは、雅斗君、由佳ちゃん。」 かけよってくる生徒にニコリと笑いかけて、平常心を保とうとする。 今は仕事中。クラスで見かける子ども達を見て、再び自分に言い聞かせた。 「どうぞ、ゆっくりしてください。」 「あ、はっい。お、お構いなく。」 声が裏返りながらも先生は必死に返事をした。 優作は彼女が自分に惚れたのだな、と思ったが、外見は快斗だったので複雑な気分だ。 「じゃあ、そろそろはじめましょうか。」 「え、ええ。えっと、その。」 先生は茶色のバックから資料を捜しはじめる。 学校での生徒の様子を事細かに記録するのが彼女の方針だった。 ぎっしりと書かれた紙がようやくバックから姿を現す。 「2人ともよくがんばってますよ。由佳ちゃんは生き物係を責任持って行ってますし、 雅斗君は学級委員の仕事をてきぱきとこなしてくれますから。」 「交友関係は?」 「お友達がたくさんで、いつも中心的な存在ですね。2人とも。」 「そうですか。よかった。」 優作が両脇座る雅斗と由佳の頭を軽く撫でる。 2人ともそれに得意げに微笑んだ。 「はい、先生。お茶と和菓子です。こんな物しかありませんけど。」 「あ、ありがとうございます。」 有希子は丁寧な手つきで、それらをテーブルに並べた。 「問題点とかはありませんか?なにしろこの子達は個性的ですから。」 並べ終えると、先生に向き直り有希子は口を開く。 それに、先生は苦笑いしながら“少し・・・”と答えた。 「まず、雅斗君は授業中に時々・・その飽きてしまうのか、マジックをはじめるんです。」 「マジック?ですか。」 「ええ、すごく上手なんですけど、授業中に消しゴムとかチョークとかが 教室を浮遊していると、どうも他の子ども達はそちらに気を取られて。」 雅斗は先生の言葉にギクリと顔をこわばらせる。 つい、無意識的に暇になるとマジックをしてしまうのが、最近の癖だ。 例えるなら、夢遊病のような物。 「授業にならないんですね。」 「はい。」 困り果てたような先生の顔。 それを見てため息を付いたのは、有希子でも優作でもない。 部屋の扉の隙間から、様子をうかがっている新一だ。 その傍には、快斗と哀もいる。 結局3人はどうしても気になって、用事をキャンセルして偶然的にここに集まってしまったのだ。 それなら、最初から家庭訪問に参加すれば良かったのに・・ なんてつっこみを出来る人間は残念ながらその場にいない。 「由佳ちゃんは・・その正直すぎる点かもしれません。」 「正直?」 「悪いことではないんですよ。でも、先日、お家のことを作文に書かせて、 クラスのみんなに発表して貰ったとき、内容があまりにも鮮明で・・。」 「どんなことを書いたんです?」 有希子はわくわくした表情で先生を見つめた。 そして、扉の向こうの3人も耳を澄ませる。 「お父さんとお母さんのことを書いてあったんです。 凄く仲が良くて・・その毎朝キスするとか、 はやく寝なさいと言われた翌朝は、お母さんが疲れていてお父さんの機嫌がいいとか。 首元に紅い跡がついてるとか。 まぁ、子どもは正直ですし仲がよろしいことも結構なことだとは思うんですよ。 でも、そのあとどうしてなのか子ども達に質問責めにあって・・・・。」 小学1年生のかわいい子ども達がキラキラした笑顔で夜のことについて“どうして?”と 聞かれるほど拷問はなかった。 性教育にはまだ早い気もするし、子ども達が理解するように話すのは難しい。 もしくは、理解するように話せたとしても、間違いなくPTAから文句が飛んでくる。 押し黙った先生を見ながら、優作と有希子は失礼ながらも笑うのを必死にこらえていた。 由佳は“どうして紅い跡があるの?”とまだ言っている。 ガタン その時、入り口の扉が大きくひらく。 そして快斗と新一、それに哀がバランスを崩したのか、入り口付近に横たわる。 「いってぇ〜」 下敷き状態となった快斗は起きあがって苦笑する。 新一の顔はこれ以上もなく真っ赤になっていて、哀は肩をすくめていた。 「あ、あの。お・・同じ顔?」 先生はさっぱり意味が分からない。 ノッペルゲンガー?そんな単語が頭のなかをぐるぐると回る。 「先生、2人はね、僕たちのおじいちゃんとおばあちゃんなの。」 「いやね、雅斗ちゃん。有希子さんって呼びなさいって言ってるでしょ。」 「そうだよ、まだおじいちゃんは早いからね。」 若い女性教師はそこで頭がオーバーヒートし意識を失った。 さて、先生を自宅に送って、快斗の催眠でうまくごまかし、どうにかこうにか家庭訪問は終了した。 無事にか?と尋ねられればYESとは答えられない状況にはなったが。 「由佳、あんまりお家でのことを書いちゃダメだぞ。」 「何で?」 「それは・・その。・・・快斗、お前が説得しろ!!」 「ええ〜いいじゃん。別に。」 「よくねーんだよ。」 「ねぇ、なんで?ママ。」 新一がその後、由佳を説得するのに散々頭を悩ませたのは又、別の話。 あとがき 家庭訪問とかどうですか?と良いネタを頂いたので、さっそく書いてみました。 どうもありがとうございました。 |