※快斗、新一幼馴染設定です。 新一はアポトキシンの影響で、哀の薬に生かされている状態です・ ちょっと快斗がダーク気味? 快斗には宝物がある。 幼いころに新一ととった写真。 新一と初めて一緒に作った図画工作の作品。 新一から毎年誕生日に貰うプレゼント。 そして、新一からの手紙。 そのすべてを、隠し扉の向こうに大事に保管していた。 きっと新一もその存在を知ってはいるけれど、ここまで多種多様なもの (といっても、新一がらみのものばかりだが)があるとは本人も知らないことだろう。 快斗は誕生日の昼中、隠し扉の向こうにある宝物を眺めていた。 どんな宝石よりも貴重な、新一との思い出。 彼の命がいつまでか分からないからこそ、快斗にとっては掛替えのないものばかりだ。 もちろん快斗とて、新一をそう易々と空の上にくれてやろうとは思わない。 だからこそ、夜はKIDという別の仮面をかぶり、 新一の命を長引かせるパンドラを探しているのだから。 「あれ?これ!」 ごそごそと整理していた箱の奥に見つけたのは、懐かしい一枚の紙。 快斗は思わず手を伸ばして、それを暗い部屋の中眺めてみる。 今の今まで奥にしまいこまれていたのだろう。 少しボロボロになったこの紙を見るのは随分と久しぶりだった。 「懐かしいなぁ。」 暗い隠し部屋から出て、快斗はその紙切れを完全に登りきった太陽の光に当てた。 色も変色してしまって、薄茶色になっているがそれでもはっきりと書かれた文字は 今でも十分に読み取ることができる。 快斗は大切そうにそれを持ったまま、新一の待つ1階へと降りていくのだった。 〜命の誓約書〜 「新一君が悩んでる?」 「うん。」 もうすぐ5歳になる息子と幼稚園から一緒に家へと帰ってきて 開口一発目に口にしたのは、幼馴染の新一についての話だった。 快斗の母、千影とて、わが息子が口を開けば幼馴染の話をするのはよく知っているし 幼馴染の母である親友の有希子とは、二人が将来一緒になれば良いなどと話すことも多い。 だが、こんな深刻な顔をして新一のことを話す快斗を見たのは初めてのことだった。 千影は今にも玄関先で泣き出しそうなわが子を食卓まで連れてくると、 ホットミルクを作り、ゆっくりと落ち着くのを待つ。 最初は冷たいものでもと思ったが、今日は雨のせいで気温も下がっており、 先ほどここまで手を引いてきたときのその手が冷たく冷えていたため温かいものにしたのだ。 母のそんな気づかいを知ってか知らずか、快斗は少しずつそのミルクを飲んでいく。 そして、飲み終えてカップをテーブルに置くのを見計らって 千影は快斗の向かいの席に腰を下ろした。 「それで、新一君がどうして悩んでると思ったの?」 息子の口元についたミルクを身を乗り出して指で拭いながら尋ねると、 快斗は新一の今日の幼稚園での様子をポツポツと話し始めた。 話しかけても上の空で、眉間にはしわを寄せている。 いつもならば、快斗のマジックで笑ってくれるというのに今日は気もそぞろだった。 「新一を悩ませる奴なんて、絶対に許さないんだ。」 「本当に快斗は新一君が好きなのね。」 「うん!新一は俺のお嫁さんになるんだから。」 「ふふ。それはお母さんも大賛成だわ。」 少し笑顔を取り戻した快斗に千影はホッと胸をなでおろす。 もちろん新一が男の子であることなど、千影にはなんの問題もなかった。 いとしいわが子が幸せそうならば・・と。 おそらく心配しすぎて疲れたのだろう。 昼寝を始めた息子を眺めながら、千影は有希子の家に電話を掛けた。 未来の息子の嫁?が悩んでいるのは間違いなさそうだから、 やはり将来の義母としては実母に確かめておかなければと。 数コールの後、「は〜い。どちら様。」と明るい有希子の声が耳元で響いた。 『千影さんじゃない。どうしたの?』 「いや、新一君が悩んでるって快斗が心配してて。何かあったのかなぁと。」 千影はかいつまんで今日、快斗から聞いた話を伝えた。 それに有希子はしばらく考え、ふふっと小さく笑う。 電話口から聞こえた笑い声に千影は軽く首を傾げた。 「有希子さん?」 『ごめん、ごめん。悩ませた犯人は、快斗君よ。』 「え?あの子、新一君になにかしたの?」 それなら懲らしめなきゃ。と頬を膨らませる千影だったが すぐに再び電話口から、違う違うと陽気な声が聞こえてくる。 『ほら、もうすぐ快斗君の誕生日でしょう。』 「そういえばそうね。」 『だからよ。今年の新一の誕生日に快斗君、素敵なプレゼントをたくさんしてくれた じゃない。新一もそれ以上の何かを返したい、驚かせたいと思ったらしくって。』 「ああ、それで。」 今年の新一の誕生日。 工藤家と黒羽家では定番となっている家族合同の誕生日会で 快斗は父親の盗一に教えてもらった飛びっきりのマジックを披露したのだ。 今までとは段違いにレベルの上がったマジックはひとえに新一のためだけに 快斗が盗一から習ったものをさらに発展させたオリジナル。 快斗は、このマジックを新一にしか見せないと決めており、 将来世界一のマジシャンの唯一の魔法を見れる権利を新一に送ったのである。 お金がないながらもそんな特別なプレゼントを新一が喜ばないはずもなく、 その一方で、もっとお返しがしたいという気持ちも強まったのだとか。 『それに、新ちゃん負けず嫌いだから。』 「これは暫く快斗も心配することになりそうね。」 『まぁ、その分、誕生日の嬉しさもひとしおでしょうけどね。』 ふふっとお互いに電話越しで笑いあい、千影はゆっくりと電話を切った。 息子はタオルケットを握りしめ、「しんいち・・」と寝言まで漏らしている。 「あと数日の我慢よ。快斗。」 眠るわが子の髪をなでながら、千影は明後日の誕生日のメニューを考えるのだった。 誕生日まであと2日。 新一は大いに悩んでいた。 快斗をどうすれば喜ばすことができるのか。 一か月以上前の誕生日で感じたこと以上の喜びを どうすれば快斗にも味あわせてやれるのか。 「・・いち。なぁ、しんいち!」 「え?」 「もう。マジック、見てなかったのかよ!」 むすっと膨れているのは、幼馴染の快斗だ。 そして今回、新一の悩みの元凶でもある。 怒る快斗に悪いなとは思いつつも、新一はマジックを見る余裕なんてなかった。 「なぁ、しんいち。悩みがあるなら言えよ。」 「だから、悩みなんてないって言ってる。」 「嘘だ!」 「嘘じゃねぇ!!」 決めつける物言いに、新一はついついきつい口調で返してしまう。 おおよそ幼稚園生にふさわしくない言葉使いに、 保育士の先生も心配したように近寄ってきているのが、視界の隅に映った 「快斗君、新一君。どうしたの?二人が喧嘩なんて珍しいじゃない。」 喧嘩。 その単語が妙に新一の頭の中で響く。 先生の言葉に快斗を見れば、確かに快斗の顔は不機嫌一色だった。 自分はこんな顔を快斗にさせたいわけじゃないのに。 「なぁ、しんいち。俺ってそんなに頼りない?悩みも話せないくらいに。」 「・・・・。」 快斗は先生の言葉を無視してなおも新一に話しかける。 だが、新一とて、今、悩みを伝えれるはずもなかった。 答えない新一に快斗はギュッと拳を強く握りしめる。 そうでもしないと、寂しさが溢れ出しそうだ。 新一から笑顔を奪う奴は許さない。 幼い時からの快斗の口癖。 だが、今、新一を困らせているのは自分で。 「もう、いいよ。」 「かいと?」 「もう、困らせないから。」 そう一言残して走り去る快斗を、先生が慌てて追いかける。 その二つの背中を眺めながら、新一もまた一文字に結んだ唇を 強くかみしめるしかなかったのだった。 「新ちゃん?」 幼稚園まで迎えに行った有希子は教室の隅でじっと座っているわが子に首を傾げる。 いつも一緒に居る快斗の姿は見当たらず、あれ?と外へ目を向ければ、彼も不機嫌そうにブランコに座っていた。 周りの友達も声をかけてはくれるが、新一は「ちょっとしんどいから。」と断り 快斗も持ち前の笑顔でやんわりと遊びを断っている。 「あ、工藤さん。」 子どもを見送っていた保育士が有希子に気づき声をかける。 彼女はまだ若いながらも、○○クンのお母さんと呼ばない点が有希子は気に入っていた。 「ちょっと昼間に喧嘩しちゃったみたいで。」 「はい。事情は分かってるんです。もうすぐ快斗君、誕生日でしょう。」 「あ、それじゃあ新一君の悩みって。」 彼女はポンっと手を叩いて優しく微笑む。 察しの良さに有希子の中で彼女のポイントがさらに上がった。 「そういうことだったんですね。二人が喧嘩なんて珍しいから心配しちゃって。」 「すみません。もう、本当に新ちゃん、不器用で。誰に似たのかしら。」 優作は、もう少しスマートだったんだけど。と笑うと保育士の先生もつられて笑う。 「きっと20年後には、お父様のような紳士になってると思いますよ。」 「ふふ、どちらかというとお嫁さんかも。」 「え?」 「あ、なんでもないわ。そうですよね。それじゃあ、失礼します。」 「はい。あ、新一君、お母様よ。」 先生の声に新一は慌ててバックを取ると有希子に駆け寄った。 そして思いっきり有希子の足へと抱きつく。 最近、親離れしてきた新一にしては珍しい行動に有希子は思わず目を丸く見開いた。 「新ちゃん?」 「俺、嫌な奴だ。快斗に嫌われた。」 「大丈夫。新ちゃんを嫌うはずがないわ。ほら、帰りましょう。」 有希子は新一を抱えて幼稚園を後にする。 快斗には悪いが、有希子はそっと心の中で感謝した。 甘えるわが子は珍しいものだったから。 「でも、新ちゃんが悪いと思ってるなら、誕生日でいっぱい喜ばせてあげようね。」 「うん。」 この子があげるものが何なのか。 有希子には予想がつかないけれど、きっとどんなものでも快斗は喜ぶ。 それだけは、絶対の自信があった。 誕生日当日。 結局、あの喧嘩以降、新一と快斗は一言も会話をしていなかった。 朝から淀んだ雰囲気の快斗に、盗一や千影がいくら祝福の言葉をかけても むっと口をとがらせて不機嫌顔のまま。 それどころか、今日は新一が来てくれないかもと落ち込むばかりで。 これは昼のパーティに期待するしかないと黒羽夫妻はため息をつくしかなかった。 午後11時。 黒羽家のチャイムが鳴り響き、工藤家の面々が顔をそろえた。 快斗はその中に新一の姿を見つけてホッと胸をなでおろす。 けれど、自分から新一に話しかける勇気がないのか、盗一の陰に隠れて眺めるばかりだ。 「いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう。」 「そりゃあ、快斗君の誕生日だからね。」 「千影さん、準備は終わった?」 「もう少しなの、手伝ってもらっていい?」 「もちろん。て、ことだから新ちゃん。快ちゃんと遊んでてくれる。」 「「え!?」」 突然の有希子の言葉に、快斗と新一は思わず彼女を見上げる。 すると追い打ちをかけるように千影も盗一の陰に隠れていた息子の背を押した。 「ほら、自分の部屋に新一君を案内してあげて。それじゃあ、有希子さん。よろしく。」 「ええ。優作たちもいくわよ。」 「ああ。じゃあ、後でな。」 「快斗、ゲストのお持て成しはマジシャンの初歩の初歩。しっかりするんだぞ。」 それぞれ言葉を残して、リビングへと消えていく大人たちを唖然と見送り 玄関に残ったのは、快斗と新一。ただ二人だった。 「新一、行こう。」 このまま玄関に居ても仕方がないからと、快斗がぶっきらぼうに手を出す。 その手を暫く見つめて、新一は恐る恐る彼の手を取った。 いつも手をつないで歩いていた二人。 けれど、それは喧嘩して以来はできておらず、快斗の手の感触が新一には懐かしい。 それはまた、快斗も同じで、この手を放したくないという気持ちが彼の中であふれた。 快斗の部屋に入ると、新一は彼の手を放し、テーブルの傍に腰を下ろす。 ドアから離れたそこが、新一にとっての定位置で。 日頃はのんびり転がってくつろぐ快斗の部屋も、今の新一には少し緊張する場所だった。 快斗は離れた手を名残惜しそうに見つめながら、新一の向かい側へと腰を下ろす。 そして、仲直りのために口を開こうとした瞬間、快斗の目の前に一枚の紙が差し出された。 「新一?」 「その、誕生日プレゼント、おまえが何がほしいか分からなくて。 それで、ずっと悩んでて・・・。こんなんしか思いつかなかった。」 下をうつむいたままで話す新一はまるで泣いているみたいで、 快斗は思わず彼を抱きしめたい衝動に駆られる。 大丈夫だよ、俺が守るから。だから、泣かないでって。 だが、彼をこんなにも苦しめているのは自分だ。 だって、新一は・・・。 「悩みって俺のプレゼントだったんだ。」 「しょうがないだろ。おまえがあんなにすっげぇプレゼント用意するから。 あれ以上に嬉しいものがこの世にあるなんて思えなくて。 でも、俺は、快斗を誰よりも喜ばせたくて!!」 顔をあげて叫ぶ新一は目に涙をためていた。 自分のせいで泣かせているのに、どうしてこんなにも歓喜しているのだろうと快斗は思う。 その涙さえ俺のためのものと思えばひどく嬉しかった。 「こんなんだけど、いらないかもだけど、その受け取ってくれ。」 「うん。俺ね、新一からもらえるならゴミでもあの生き物でも嬉しいよ。」 「あの生き物って・・・魚?」 「新一っ。言わないの。」 クスクスと笑う新一に、やっぱり笑顔が良いやと思いつつ 快斗はそっと新一のくれた紙を開いた。 そこには、新一が一生懸命に書いた文字が並んでいる。 タイトルはお誕生日おめでとうという在り来たりのものではなくて 「誓約書」というおおよそ幼稚園生は知らない言葉であった。 もちろん彼らにその常識は通用しないが。 「俺に・・・新一のこれからの時間をくれるの?」 「というか、俺が一緒に快斗と居たいから。快斗と喧嘩して思ったんだ。 傍に居ないのはこんなにもつらいのかって。」 「新一!!」 「ってなわけで、そのあとに俺は新一とファーストキスをしたわけ。」 「・・・あなた、食事に呼びに来たのよね。」 1階に下りると、食事ができたから哀と博士を呼んで来いと言われて 阿笠邸にやってきた快斗は、哀に先ほど見つけた紙の説明をしていた。 哀は「それ何?」と聞いた自分を話の途中から恨んだのだが、 今更止められるわけもなくしぶしぶ聞いていたのである。 バカップルだとは思っていたが、幼稚園の頃からとは筋金入りだ。 哀は誓約書と書かれた紙をもう一度しっかりと眺めて快斗へと返した。 「自分の時間ね。まったく、熱烈なプロポーズだこと。」 「そんな意識はないよ。けどさ、俺、これを見つけて思ったんだ。」 「何を?」 実験道具を片付けながら哀は背中越しに快斗の言葉を聞く。 隣で今から快斗の誕生日会だ。昼に博士と哀を含めた4人で行うパーティ。 食事は新一がすべて準備する。愛する快斗のために。 そのために、片付けて隣へ行かなくてはいけないから。 「新一は俺に新一の時間をくれた。 だから、俺がその時間をどれだけ伸ばそうが勝手だって。」 「黒羽君?」 哀は片付けの手を止めて、振り返る。 快斗は誓約書を愛おしそうに眺めているだけで哀のほうを向いてはいなかった。 「絶対に俺は新一を死なせない。だって俺がもらった時間だから。新一が生きるのを 拒んだとしても、俺はね。哀ちゃん。新一を生かし続けるよ。どんなことをしても。」 「黒羽君。人はいつか死ぬものよ?」 ようやく快斗と視線が交わる。 けれど哀は反射的にその瞳から目をそらしてしまった。 その瞳の奥に隠れた欲望が、とても恐ろしくて。 彼はきっと神にも逆らって新一の残りの時間を伸ばしていくのだ。 「哀ちゃん、そろそろ行こう。新一が待ちくたびれてる。」 「・・・・えぇ。」 わずか5歳ほどの少年新一が快斗に渡した誓約書。 哀にはそれが、まるで悪魔との契約書に見えたとは 彼女は口が裂けても言えないのだった。 |