夕暮れの蒸し暑いアスファルト。 由梨は持参の買い物袋にいれた夕飯の材料に 夕日が当たらないように気を遣いながら空を見上げる。 茜色の空はどこまでも続いていて綺麗だけれど。 「秋ならもっと気持ち良いのに。秋は夕暮れって有名な一文もあるくらいなのよ。」 人知れず呟いた言葉は、梅雨という時期に対しての不満だったが、 季節に文句を言ってももちろん誰かが聞き入れてくれるはずもなく ジワジワとした蒸し暑さは家にはいるまで続いていた。 ―恋花― 「ただいま。」 一枚の扉を開けるだけで、梅雨から初冬に変わる・・と由梨はいつも思う。 冷えすぎた玄関に思わずため息をついた。 サンダルを脱いで、人の気配のするリビングへと向かう。 買い物かごはもちろん玄関に置いたまま。 これだけ冷えているのだ。悪くなることはないだろう。 リビングの木の枠にガラスが格子状に入った扉を開ければ予想通り 初冬から真冬へと気温は下がる。 由梨はブルッと体を震わせて、こんな部屋で読書に夢中になっている人物に目を留めた。 「お母さん!!」 ビクッと体が反応する。 そして、彼女の母親こと新一はゆっくりと、そして恐る恐る振り返った。 「・・あ、いやさ。今、設定温度を戻そうと。」 イタズラが見つかった子供のようにばつの悪そうな表情になる新一。 普通ならば立場は逆であろうが、この一家に世間の一般常識は通じない。 「設定温度は最低でも26って言ってるわよね?」 由梨は傍に置いてあるリモコンを拾って、その温度を見た。 19度。まったく頭が痛くなりそうな数字だ。 「悪い。」 シュンと頭を垂れた新一に由梨はようやくその険しい表情を崩した。 こんな瞬間、由梨はいつも“甘いなぁ”と思う。 「いいよ。それより、お母さん。これなんだけど。」 そう言って取り出したのは町内の余市の案内。 先程、買い物に行ったときにスーパーの定員から貰ったのだと付け加えて 由梨はとある一文を指で指し示した。 「親子で挑戦。浴衣デスマッチ?」 「優勝賞品は、お父さんが欲しがってたけど、手に入れられなかった限定生産車。 ちょうど良いんじゃない?日にち的にも。」 新一は由梨の言葉にカレンダーへと視線を移す。 すると、いつのまにかリビングの壁に掛かっていたカレンダーの とある日付に花丸施してあって・・・。 「余市は20日。日曜の夜か。」 「どうせ、お母さんのことだからプレゼントのことを考えていたんでしょ。」 「え?」 「だって、小説、進んでないわよ。」 フフッと笑って、由梨は新一の手の中から小さな単行本を奪う。 そしてその開いてある場所は 買い物に行く前に後ろからのぞき込んだ時と同じ、34ページ。 由梨に真意を見抜かれたのが気恥ずかしいのか、カァッと新一の頬が赤く染まった。 「べ、別に。俺は。」 「はいはい。あとの3人には私から言うね。」 ピピッとリモコンを操作しながら由梨はクスクスと笑う。 「お母さんはお父さんに都合を聞いておいて。」 「あ、ああ。だけど、もし優勝できなかったら・・・。」 新一がふと、重要なことを思い出したように口を開いたが、 その先はリモコンから視線を戻した瞬間の、由梨の表情で声は続かなかった。 本気の時の表情だな・・・由梨。 有無言わせない威圧感。 新一は、部屋を出て夕食の準備へと向かった由梨の背中を見送りながら 失敗したらタダじゃ済まないと、少しだけ身震いするのだった。 さて、こうして迎えた当日。 余市の会場には例年よりも倍近い人々が集まっていた。 町内にある、小さな神社と参道を使って行われる余市。 赤い提灯や色とりどりの浴衣が、蒸し暑い梅雨の中を動く。 そして、その一角で笑みを絶やさない集団が居た。 「さすがは、町内会長。黒羽家の皆様が到着したようですよ。」 神社にある御神木の影で、 町内会会計の腕章をつけ、○町内活性委員会と背中にプリントされたハッピを着た 30代の男がパチパチと小さく拍手をハゲ頭の男に向ける。 その隣にいた40過ぎの、これまた似たようなハッピを着たおばちゃん集団が 同じように拍手をした。 「いやいや。これも近藤さんの奥さんが、黒羽さんの欲しい物を調べてくれたお陰ですよ。」 ハゲ頭の男、こと工藤邸のある○町内の町内会長がパーマをかけた化粧の厚い女性を見る。 それに、その女性は“いえいえ”と顔の前で気恥ずかしそうに手を動かした。 「私より、由梨ちゃんにさりげなくアピールした、 スーパーレジ打ち13年の安田さんのお陰ですわ。」 「そんな。それを言うなら、今回車を入手した山岡さんの奥様の努力ですよ。」 レジ打ちの安田の一言に、“そうだそうだ”と 白髪交じりの女性へと皆が一斉に視線を向ける。 それに山岡さんの奥さんは得意げにほくそ笑んだ。 「旦那が多大な努力を費やして買ったみたいだけど、あんなもの我が家には不要なのよ。 散々、泣いていたけど、アノヒト結局、私には何も言えないのよね。 お金もきちんと元値で買っていただけたし。こちらとしては大助かりよ。」 どうやら、カカア天下のお宅らしい・・・。 「と、とにかく。今回は黒羽家の皆様をお守りしつつ、わが町内の活気を上げるために 皆さん。一緒に力を合わせてがんばりましょう!!」 「「「「「おおおーーーー」」」」 「ねぇ、お母さん。あの人達何?」 「しっ、だめよタクちゃん。見たら。」 御神木の影でこそこそと気合いを入れる大人達の不気味さは、 もちろん言うまでもなかっただろう。 さてさて、場所は移って黒羽家。 由梨の指示した26度に設定されたリビングで、4人は色とりどりの浴衣を眺めていた。 「哀姉には、やっぱり紺色かな?」 「私はピンクね。」 「由佳姉。自分の主張は分かったから。ねぇ、お母さんはどう思う?」 「俺も、灰原には紺色が似合うと思うな。」 「そう。じゃあ、私はこれにするわね。」 余市に行くと、昨日両親にぽろりと言ってしまった由佳の失言で、 送られてきた大量の浴衣。ロスからこちらの知り合いの店に注文したらしく その色や種類も様々だった。 「デジカメ付きってのは、驚いたけどね。」 由佳はケラケラと笑いながら、ピンク色の浴衣に手を通す。 それに新一は呆れたような視線を向けた。 「言っておくが、俺は写真なんて送らねーからな。」 「あら、駄目よ。工藤君。ご両親が許すはず無いわ。私も浴衣を頂けたから、 今回はご両親に協力するわね。」 哀はそう言って、紺色の浴衣を手に取る。 白い蝶々のシックなデザインだが、好みにあったのか、 哀はそれを見ながら柔らかに微笑んだ。 「由梨は黄色よね。やっぱり。」 「それじゃあ、工藤君は黒がいいわね。タダでさえ目立つのだし。」 浴衣を着付け終わった2人は軽く物色して、それぞれを由梨と新一に手渡す。 「目立つってなんでだ?」 「いいから。まぁ、あんまり色にこだわっても意味はないでしょうけどね。」 「とにかく、速くしないと。髪も結わなきゃいけないんだし!!」 由佳はそう言うと、手を高く挙げてパチンと指を鳴らした。 そしてポンッといつもの如く、煙が破裂する。 「お二人の着替えは完了♪」 「相変わらずね・・・由佳。」 完璧な気付けを施された新一と由梨を見て、哀は絶賛?の言葉を贈るのだった。 浴衣姿の新一に飛びつきそうになった快斗を哀が制して、7人は余市会場へと向かう。 行く前に散々かけられた虫除けスプレーの匂いも今は夜風に紛れて、 心地よい夏の匂いが辺りを埋め尽くしていた。 「競技種目は4つ。 “金魚すくい&ヨーヨー釣りの早取り”と“射的” それに“お面争奪戦”あと、メイン競技の“町内会長を捜せ”。」 一歩前を歩く由佳は振り返りながら、皆に競技の説明をする。 「どの競技に誰が参加するかは、くじによって決まるわ。 あ、ちなみに哀姉と雅斗、あと由梨は司会者を頼まれたから。」 「ああ。それは聞いてるけど。だけど、なんで“町内会長を捜せ”がメイン競技なんだ?」 一番地味じゃねーか。と付け加えて快斗は不思議そうにチラシを見つめる。 「目立ちたがり屋なのよ。きっと。」 哀はそう言って、回覧板を開ければすぐに目に付くプロマイド写真を思い出す。 普通は、はらないような写真を町内の人々に見せつけるように貼っているのだから 目立ちたがり屋以外には表現の仕様もないだろう。 「とにかく、気合い入れて優勝よ。ね。お父さん。」 「だな。」 ニコッと微笑む由佳に、負けないくらいの笑みを快斗も返す。 そう、今回の賞品は生産台数3代の、超レア物自動車。 快斗以外は、プレゼントのために。 そして快斗は自動車のために。 それぞれの思惑が交差する中、7人は受付場所へと到着したのだった。 「絶対、優勝なんてむりだーーーー。」 くじ引きで担当競技を決めた後、悠斗は悲痛な叫び声を上げた。 その頭を由梨が持っていた巾着袋で容赦なく、叩く。 「うるさいわよ。優勝しないといけないの。魚くらい我慢しなさい。」 「お、鬼。だいたい、その単語を口にするな!!」 「その単語って“魚”のこと?」 由梨の言葉に再び絶叫する悠斗を横目に快斗もため息をついた。 そう、幸か不幸か(間違いなく後者だが)エントリーは以下のようになった。 ++++++++++++++++++++++++ 金魚&ヨーヨー早取り:快斗 悠斗 射的:由希 仮面争奪戦:悠斗 由佳 町内会長を捜せ:快斗 由希 ++++++++++++++++++++++++ 「だいたい、なんで由佳だけこんなに出る競技が少ないんだよ!!」 「男がガタガタ言わない。だって、しょうがないでしょ。 それに、最後の種目は夫婦参加が絶対なんだから。」 パチンと飛んでくる蚊を団扇で払いながら由佳はサラッと悠斗の訴えを流す。 「まぁ、最初2人の頑張り次第ね。」 「悠斗、負けたら承知しないから。」 スタッフの1人が駆け寄ってきて、司会者はこちらへと案内をはじめたので、 哀と由梨はそそくさと励まし?の言葉を残して去っていく。 そんな2人の言葉に苦笑しながら雅斗も 「じゃあ、母さん。俺達そろそろ司会者席に行くから。」 と告げて、女2人の後を追った。 残された4人には少し陰気な雰囲気が残る。 金魚に勝てるのだろうか? それが最大の問題だった。 「さぁ、始まりました。○町内、浴衣デスマッチ!! 家族の団結力を合わせて、見事優勝賞品をゲットしてください。 ちなみに、司会は私、スーパーレジ打ち13年の安田と、我が町内のアイドル的存在。 阿笠家の哀さん。黒羽家の雅斗君と由梨ちゃん、でお送りします!!!」 神社の前に設置されたステージには、様々な機材がつまれ、町内全体に聞こえるのでは!?と思うほど、 巨大なスピーカーも備えられていた。 そんな中で、マイクに向かって叫ぶ安田の声はどこまでも響く。 「では、お三方にコメントをいただきましょう。」 安田はそう言って“はい”と隣りに座る雅斗にマイクを手渡した。 「今日は怪我の無いようにがんばってください。」 「どんな戦いが見られるか楽しみです。」 「精一杯頑張って下さい。」 当たり障りのないコメントだが、そのたびに会場は異様な熱気に包まれる。 その盛り上がりに、安田は小さくガッツポーズをした。 「さぁ〜盛り上がってきたところで、最初の種目をはじめましょう。 そう。余市の定番!!!“金魚すくい&ヨーヨー釣り”。 これは規定された数を如何に速く取れるかで勝敗を決めます。 ちなみにポイント制ですので、1位に5ポイント、 2位に3ポイント、そして3位に1ポイントが加算されます。」 安田はポイントの書き直された箇所を違うことなく読みあげる。 黒羽家に優勝して貰うために、魚競技がダメダと分かった時点で 町内会長が書き直したとは、おそらく誰もは思っていないだろう。 「なぁ、どうしてこれだけこんなにポイントが低いんだ?」 「さぁ。まぁ、これで良いんじゃない。」 手渡された競技説明書のポイントに新一は首を捻らせる。 他の競技は1位、10ポイントとなっているのに・・・と。 「由梨、町内会長に何かした?」 哀もさすがにこのポイント差には驚いたようで、隣りに座る、黒羽家次女に耳打ちする。 だが、由梨は頭を振るだけだった。 「まぁ、でも理由は分かるけど。」 由梨はそう言って、司会を続ける安田を見る。 先日、チラシを貰ったときに彼女が嫌な競技はないかと聞いてきたのだ。 その時、男2人は魚が苦手だから金魚すくいは・・・と言葉を濁して答えた。 おそらく、その効果だろう。 「なるほどね。」 「ここの町内の皆さんも、お父さんとお母さんには甘いのよ。」 「あら、黒羽家に。じゃない?」 哀の言葉に由梨は困ったようにほくそ笑んだ。 金魚すくい&ヨーヨーは、やはり惨敗に終わった。 金魚がパシャンと水を飛ばすだけで、会場中に絶叫が響き渡るのだから もちろん勝負どころではないだろう。 そんな2人に新一と由佳が顔を伏せるのも無理はなかった。 続いては射的。 これは開始、10秒でケリが付いた。 なぜなら、新一は“これを打ち抜けば優勝”とされていた大きさ1pのさいころを 見事打ち落としたのだ。 ちなみに、そのさいころは高速回転の台の上で廻っていて、接着もされていたのに・・。 さすがは、ハワイで鍛えた腕をもつ工藤新一と言ったところだろう。 (ちなみに、今は黒羽由希だが。) そして、続いて行われたお面争奪戦は、いわゆる騎馬戦形式で 悠斗の背中に乗った由佳は、目にも留まらぬ速さで、お面を奪い取った。 時々、笑顔や泣き顔などを浮かべる、反則的演技も用いていたが、 勝てばいい。とのルールに違反であるはずもなく、あっけなく勝負はつく。 その表情の変化に、騎馬である悠斗が“悪女”と呟いて、 最後に蹴りを入れられたのは愛想程度の追加話だ。 こうして、黒羽家が様々な手を尽くして、ダントツトップとなったとき、 最後のメイン競技を迎えていた。 「さぁ、ここまで興奮しましたが、哀さん。今までご覧になって如何ですか?」 「黒羽由希さんの演技力に感服でしたね。」 フフッと微笑む哀に、安田は一歩後ろへと下がる。 そして、一同は思う。 やっぱり、演技だったのか・・・と。 「き、気を取り直して最終ゲームに移りましょう。 ポイントを離されてる皆さん。今度は大逆転できるゲームですよ!! なんと、1位にポイントと100。という破格的数字です!!!!」 マイクをもって絶大に叫ぶ安田の声が、キーンと会場中に響いた。 「100って。今までの競技、無駄じゃないですか?」 「雅斗君。これが大人の世界。デスマッチなんですよ。」 「でも、家族競技ですよね。今回。」 「・・・・ツッコミはさらっと流して、ちゃっちゃか始めましょう。 ルールは簡単。夫婦2人でこの余市会場から、町内会長を見つけだしてください。 ちなみに、会長は5つ子。 家族でも見分けられないほど似ていますから難しいですよ!!」 笑顔で告げる安田に、参加者はもう帰りたいと思った。 そんな心情を読みとったのか安田はさらに言葉を続ける。 「ちなみに途中放棄は禁止ですから。 いいですね!!それでは、よーい。スタート。」 レジ打ち13年安田。だてに、脅しの笑顔も使い慣れていない。 商品が悪いだの文句を付ける客に、笑顔で対応しつつも、“うっせーよ”的な 脅しを視線で浴びせることが彼女の売りなのだから。 「快斗。オレ達もそろそろ行くか。」 「あ、新一はここにいて。この時間になると柄の悪い人間が多いから。」 「はぁ?」 「いいから。パッと見つけてくるよ。それに今回は俺の欲しい賞品なんだし。 じゃあ、由佳、悠斗。新一を頼むな。」 「おいっ。」 制止する声も聞かず、走り出した快斗に新一は深くため息をつくのだった。 なかなか戻ってこない快斗にいい加減、待ちくたびれた新一は 景気づけに飲み物を買ってくる。と言って人混みに飛び込んだ。 そして・・・あろうことか迷子になっていた。 後ろから止める声も聞かずに、走り出してしまったことを少しだけ後悔している。 「なんでこんなに人が多いんだ・・・。」 手の中にある4つの飲み物を見つめて、新一はため息をついた。 冷たかったはずの缶も、いまや汗をかいたように水滴が溜まっている。 その時、トントンと肩を叩く感触に新一はえ?と振り返った。 「ねぇ、彼女。1人?」 「オレ達と廻ろうよ。」 「い、いえ。連れを捜しているんです。」 またか・・・と新一は振り返って男達を見上げた。 20代にはいるかはいらないかの青年4人。 髪の色は、金に赤に、茶色にと派手に染めている。 シャツを重ね着して、七部丈の木綿のパンツを来ている男が スッと新一の持っている缶ジュースを取り上げた。 「一緒に捜すからさ。あっちの外れで休んでるかも知れないよ。」 ニコッと好意的な笑みを向けるその男の示した先。 それは、いかにも人が通らないような神社の裏手。 鼻の下を伸ばした男達に、新一は怪訝な視線を向ける。 こんな言葉にひっかかる女とかいるのかな? いや。それより30過ぎを誘うこいつらも変わってる。 「なぁ、行こう。」 「いいじゃん。1人よりみんなで捜した方が。」 「結構ですから。」 グイッと腕を捕まれて、新一は眉間にしわを寄せる。 いつもならば、ケリの一発でもお見舞いしているところだが、今は浴衣姿。 とても足を振り上げられる格好ではない。 「行こうよ。」 「そんな怯えないでさ〜。」 「連れもきっと勝手に遊んでるし。」 「なっ。楽しいよ。」 「離せって・・・。」 「薄汚い手で触るな。クソガキ。」 新一がいい加減にしろと、手を振り払おうとした瞬間、 冷たくドスの効いた声とともに、手を掴んでいた男がバタンと倒れる。 「快斗?」 「だから待ってて言っただろ。」 呆れたような表情に紛れて、怒りが見えて新一は思わず口を噤む。 「おい、兄ちゃん。誰が、ガキだ!!誰が!!」 「たいして、歳も変わらねーじゃねーか!!」 「若いっていう誉め言葉として受け取るけどさ。 いくら今更誉めても、許せないんだよね。」 詰め寄ってくる青年達に快斗は闇で鍛えた視線を向けた。 いくら気配に鈍感な男達と言っても、さすがにこの視線の圧迫感を感じたのだろう。 驚いたように一歩、一歩、後ずさりをする。 「お、おまえ。何者だ。」 「名乗るほどのものでもないけど?とりあえず宣言すると、彼女の旦那。」 「旦那?女子大生で結婚してるのか?」 「女子大生ね〜。まぁ、見た目はそうかも。 とにかく、人の女に手を出したらどういうことになるか人生の先輩が教えてあげるよ。」 そう言ってニコッと人好きな笑顔を浮かべる快斗。 それでも、圧迫感だけはしっかりと男達に見せつけている。 「か、快斗。」 「大丈夫。暴力はしないよ。ねぇ、哀ちゃん。」 「ええ。公だもの。」 突然となりからき越えた声に、新一は踵を返してその出所を凝視する。 するとそこには、涼しげな表情の哀が憤然と立っていた。 哀は新一の驚いた表情を見上げるとニコリと柔らかな笑みを作る。 もちろんそれが表面的な笑顔で、 怒りを心の内に隠していることは新一にもすぐに分かった。 「どうしてここに?なんて聞かないでちょうだい。工藤君。 それに言わせて貰うなら、私の方こそ言いたいわ。なんで、勝手に動いたのか。 自分に無頓着なのはいい加減分かったけれど、 こういう身の程知らずの馬鹿がこの世には一杯居るんだから。」 身の程知らずの馬鹿・・・とはやはり目の前の男達なのだろうかと 新一は不思議そうに快斗の背中越しに見える青年達を見る。 彼らの表情は怒りと恐怖。つまりは2つの相反する気持ちが混ざり合ったような なんとも表現しにくい顔つきだった。 「はい。これ。」 スタスタと新一の横を通って、快斗の隣りに歩み出ると哀は男達にリンゴ飴を手渡す。 赤いルビーのように輝いているリンゴ飴。 男達はその飴を凝視して、促されるままそのまま手に取った。 「私が作った特性の飴よ。おいしいから、是非。」 ニコッと再び笑みを作る哀。 もちろん新一や快斗から見れば、それは悪魔の微笑みだ。 言い換えるなら毒リンゴを白雪姫に渡す魔女とでも言ったところだろう。 だが、混乱した彼らにはそれは言うまでもなく天使の笑顔。 彼らは2つ返事で状況も忘れて、そのリンゴ飴を頬張った。 彼らが完全に口にそれを収めたのを見て哀は言葉を綴る。 「知識の実ともされるリンゴでも食べて、少しでもたりない頭を満たすことね。」 哀の言葉に男達はお互いの顔を見渡し、そして発狂したように駆けだした。 「何をしたの?哀ちゃん。」 「幻覚作用のあるクスリよ。大丈夫、他人に危害を与えることはないわ。」 クスクスと笑う哀に黒い魔女の服が似合うと思ったのは、 おそらくとなりで話を聞いていた快斗だけではなかっただろう。 パーン 遠くで響く、祭終了の合図。 「あら、見つかったみたいね。町内会長さん。」 哀は真っ黒な夜空を見上げる。 その言葉に、新一はようやく今、何をしていたのかを思い出して 愕然と境内のステージの方へと走り出した。 呼び止める声を再び振り切って、夢中で走る。 何のためにこの祭の競技に参加したのか。 新一は走りながら何度も自問自答した。 結局は、迷惑をかけて、プレゼントさえ与えられない・・・。 ステージで車を手にして喜ぶ親子の笑顔に、新一は膝を落とす。 「新一っ。」 「馬鹿だ。俺・・・。」 快斗を喜ばせようと、由梨と計画したこの祭への参加。 そして、それを水の泡にしてしまった自分の行為。 「新一?」 「ごめん。快斗。本当にごめんっ。」 悔しそうに地面を見つめたまま、新一はとぎれとぎれの声を発する。 そんな声を出させたいわけじゃないのに。と快斗は思わず新一を抱き寄せた。 「新一。良いんだよ。プレゼントはいっぱいもらったし。」 ポンポンとあやすように快斗は新一の頭に軽く触れる。 新一はそれでも頭を横に振って、“ごめん。”と続けた。 泣いてはいないけれど。泣いている。 そう思うと快斗は新一を泣かせている全てが憎くなった。 絡んできた男。喜んでいる親子。泣かせてしまった自分。 そして自分の誕生日までも。 「快斗・・・?なんでおまえがそんな顔するんだ?」 「憎いから。新一を泣かせている自分が。俺の誕生日が。」 不思議そうに見上げた新一の頬にそっと指先を寄せる。 「新一の笑顔を奪うものは、例え自分でも許せないんだ。俺。」 そう言って、快斗は辺りを気にせずそっと、新一の瞼にキスを落とす。 「何言ってんだよ。悪いのは、俺だ。」 「違う。新一が悲しんだ原因は俺にあるだろ。」 「俺が勝手な行動をしたから。」 「だけどっ。」 「お母さん。花火、始まるわよ。」 「え?」 気がつけば、周りには由梨達が呆れた表情をして立っていた。 だけど、2人が注目されないように、さりげなく壁を作っていてくれて。 新一は気恥ずかしさに顔を伏せる。 「母さん。プレゼントもう一つあるんだろ。」 そんな新一に悠斗はクスッと笑みを漏らした。 最後の大事なプレゼント。 「何?新一?」 「快斗。空、見とけ。」 思い出したように少しだけ明るさを取り戻す新一に 快斗も自然と笑顔になって、新一が見つめる夜空を見上げる。 「さぁ〜。ここからはプライベート花火の時間です。 大切な人への思いを花咲かせましょう。まず、一人目は、内山さんの奥様から・・・。」 安田の司会で、様々な花火が上がる。 それが夜空に花開くまでの間に、安田は届いたメッセージを読む。 そう、大切な思いを込めた花火が夜空に咲いていくのだ。 「では、最後に。黒羽快斗様へ、奥様である由希様からの花火です。」 ヒュ〜〜と言う音と共に、小さな光が天へと登る。 『Happy Birthday to Kaito , and I love you for ever.』 夜空に散った花はその夜で最も大きく、そして最も綺麗だった。 快斗は隣にいた新一を思わず抱き上げる。 観衆は花火に見とれ、様々な歓声が次々に聞こえてくる。 「ありがとう。新一。」 「おめでとう。快斗。」 お互いの額をこすりつけて、苦笑しあうと、そっと唇を重ねる。 そして、深い深いキスと共に、花火は夜空に散っていく。 「2人とも、周りには気づいてないみたい。」 観衆全ての注目を浴びていても、気がつかない2人に由梨は軽くため息をもらす。 きっと、愛の抱擁とやらが終わって、周りに気がつけば、 この上なく顔を赤く染める新一と満足げな快斗の顔を見るのだろう。 「結局、オレ達は前座?」 「まぁ、いいじゃない。帰りましょう。たまには夫婦で過ごさなきゃだし。」 「あら、由佳。言い心がけね。」 「俺としては不本意だけど、まぁ、母さんが嬉しそうだし。」 5人は町内会長にいただいた綿菓子をそれぞれの手に持って、帰路へとつく。 そして、新一がようやく周りの状況に気がついて、 思わず快斗のみぞおちに蹴りをいれてしまうのは、 それからしばらく経ってからのこと・・・。 あとがき とりあえず、お誕生日おめでとう。快斗君。 少しは、大切にされました・・・・よね? 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