祖父母から貰った大きなお揃いの茶色のランドセルを背負って、

悠斗と由梨は夕焼けに染まる土手を歩く。

今日は少しだけ遠回りして、秋の気配を感じることのできるこの道を選んだ。

風に揺れるたくさんのススキは綿毛のようで、

2人とも特に言葉を交わすことなくその景色をみながら早足で進んでいく。

あんまり帰りが遅くなると、心配性の両親が探し回るから。

 

−こいぬ−

 

「悠斗?」

ピタリと立ち止まった悠斗に由梨は小首を傾げて名を呼んだ。

だけど、悠斗は返事をすることなく、土手を下ってススキの中に消えていく。

身長も110cmそこそこだから、その姿は上からは確認できなかったけれど、

ススキが異常に動くことでその位置を知ることができた。

ススキがもこもこと動く・・・

そしてそれは橋桁付近で止まって、また土手の方にやって来た。

ススキまみれの洋服にその腕の中には・・・・

 

「何それ・・・。」

「犬。」

 

唖然として腕の中の生き物を指さし尋ねる由梨に悠斗は端的な答えを返す。

そして彼が答えるとおり、ランドセルと同じ色の子犬がもぞもぞと腕の中でもがいていた

 

「犬くらい分かるよ。わたしが言いたいのは・・。」

「捨てられて可愛そうだから、それに別に連れて変えるわけじゃないし。

 ただ、明日は大雨だって聞いたから、川の傍は危ないと思って。」

 

悠斗は少し目を伏せて、子犬をジッと見つめた。

別に両親は動物嫌いではないけれど、“飼ってはダメ”と拒絶されるのが嫌。

だからこそ家には持って帰らない。それが悠斗の言い分だ。

だけれど、いつまでも腕の中から離そうとしない姿はどうみても別れづらいのだろう。

 

「悠斗。ばれないように・・・飼ってみる?もちろん持ち主を見つけるまで。」

「え?」

「だって、お父さんやお母さんを出し抜けるのってなかなかないから。」

 

少し楽しそうに微笑んで悠斗を見れば、彼の表情が若干明るさを取り戻した。

まさか、由梨からこんな案が出るとは思ってもいなかったのだろう。

嬉しさの中に驚きも混じった表情はそれをしっかりと提示している。

由梨は自分でも馬鹿なことを言っているとは思ったけれど、

悠斗の浮かない表情はあまり好きではないので、彼が笑顔になれるのなら

それもそれでいいだろうと自分自身を納得させた。

 

「でも、名前はつけちゃダメダからね。」

「分かってるよ。愛着が沸いちゃうし、飼い主が見つかるまでだから。」

「なら、買い物して帰ろう。なんたって、あの名探偵と大怪盗を騙すんだし。」

それなりの準備も必要じゃない?由梨の言葉に悠斗は大きく頷いた。

 

 

 

夕暮れもいつの間にか闇に変わって、星が空にきらめく。

晩秋のためか、空はひどく澄んでいて、月も綺麗に輝いていた。

吐く息も白く、腕の中に抱いている犬の温もりがひどく心地よい。

悠斗がそんなことを思っていると、

隣を同じ速度で歩いている由梨が体を震わせているのが見えた。

 

「由梨。」

「ん?」

「これ、抱いてれば?」

「・・・ありがと。」

 

手渡された子犬をそっと受け取ると、由梨はその犬をまじまじと見つめる。

大きな瞳に少し垂れた耳、さきっぽだけ白い尻尾を一生懸命振っている姿。

 

「かわいいだろ?」

「別に。・・でも湯たんぽ代わりにはなるかもね。」

「あっそ。」

「それより、屋根裏に飼うけど、運ぶ間は悠斗がお父さんとお母さん引きつけておいてね。」「おれっ?」

「当たり前でしょ、飼うのは悠斗なんだから。」

 

あんたもそう思うよね。由梨はそう子犬に微笑んで家のほうへとかけだした。

その時、悠斗はふと感じる。俺よりあいつのほうが犬を喜んでいるのではないかと。

 

家の明かりがついているのに加えて、聞こえてくる雅斗と由佳の声。

また、喧嘩をしているようだ。小学校に上がってから、2人の喧嘩は著しく増えた。

それは、本当にくだらない内容なのだけれど、

言葉を使えるようになった今はよくあることなのだと隣の科学者は言っていた気がする。

 

「じゃあ、悠斗。先に行って。」

由梨はそう言って、子犬をランドセルの中に隠した。

「分かったよ。」

 

いつものように玄関をゆっくりと開ける。

するとそこには予想通り、おたまを持った父親が立っていた。

腕組みをして、少しだけご立腹の様子。

 

「どこまで行ってたんだ?もう、六時だぞ。」

 

由梨はチラリと悠斗を見て、妥当な返事を返すように視線で促す。

 

「買い物。明日、図工でいるものがあったのすっかり忘れてて。」

 

嘘ではない。確かに図工で必要な道具があった。

まぁ、実際は来週まで準備すればいいのだが。

 

快斗はその言葉に少し疑問を持ったようだが、

軽く頷いて“連絡ぐらいしろよ”と告げると部屋に戻っていく。

それに、“は〜い”と元気良く返事をして、由梨は先に悠斗の鞄も一緒に持って

2階へと向かった。

あとは、由梨が犬を隠す間だ、他の家族を引きつけておくのが悠斗の役目。

 

悠斗はダイニングのガラス張りの扉の前に立つと軽くため息を付く。

ガラス越しに見れば、由佳と雅斗が未だに口げんかをしていて、

その傍で新一がコーヒーを飲んでいた。

 

どうやら、喧嘩に干渉する気は無いらしい。

それは快斗も同様で、夕飯の仕上げをしながら鼻歌を歌っている。

 

ようするに、この部屋から出さなければいいんだよな。

 

悠斗はいつも通り扉を開けると、小さな声で“ただいま”と声をかける。

討論の声にかき消されてしまった声だけど、

新一はニコリと微笑んで“おかえり”と返してくれた。

 

「遅かったな。」

「うん、買い物。」

「そっか。そうだ、これ、買ってきたんだ。ほら。」

 

手元にあった本をとって、新一は悠斗に手渡した。

それは、今日発売の推理小説。それも悠斗の大好きなシリーズだ。

 

「覚えててくれたんだ。でもお母さんは読まないの?」

「先に読めよ。今、読んでる本があるから。」

「ありがと。」

 

 

受け取って拍子をめくった瞬間、悠斗の頭の中から完全に由梨との約束は消えていた。

 

 

「じゃあ、我が家のお姫様が何してるのか見てこようかな。」

「まったく、きちんと言えばいいのにな。」

 

小説に熱中しはじめた悠斗を見ながら、快斗と新一は小声で会話する。

今日、実を言うと快斗と新一は夕飯の買い物の帰りに2人を見かけたのだ。

子犬を抱いて嬉しそうに話す2人を。

 

「でも、俺もやったなぁ〜。こっそり持ち込んで。ばれちゃったけどさ。」

「捨て犬見ても、蘭が面倒みてたから、俺はなかったけど。」

 

階段をゆっくり上がりながら、自分たちが小学校のころを思い出す。

一生懸命隠す姿を応援してやりたいのはやまやまだけど、

こんな寒いときに子犬を屋根裏に寝せるのはなんともしのびない。

 

「由梨。」

「えっ、あ。」

 

子犬を慌てて後ろに隠す由梨、それでも白い尻尾が丸見えだった。

 

「犬、いるんだろ?」

「・・・・飼えないのは分かってる。」

 

忙しくて家に誰もいない日も多いこの家で飼うのは犬が可愛そうだから。

昔、ペットショップで告げられた言葉。

確かにその通りだと納得したけど、だけど飼ってみたかった。

 

「下に連れておいで。ミルク、準備したから。」

 

快斗はしゃがみ込んで、由梨の頭をそっと撫でた。

驚いたように見上げる由梨に、快斗は優しく微笑みかける。

 

「飼い主を見つけてあげような。オレ達といるよりももっと楽しめる家を。」

「うんっ。」

 

「ほら、寒いから、下に行くぞ。」

 

新一の言葉に立ち上がって、1階へと向かう。

 

そして由佳と雅斗の喧嘩も、犬を見た瞬間、終わってしまって。

その夜は子犬を加えた6人と一匹で、暖かい夕食をとるのだった。

 

「ねぇ、悠斗。」

「ん?」

「お父さんやお母さんを出し抜くのって難しいよね。」

「まぁ、でもいつかは越えるけど。」

「当たり前でしょ。」

 

気持ちよさそうに眠る子犬を見ながら、2人で誓った言葉。

いつかはあの両親を越えようと・・・・

 

END

 

あとがき

なんか、新一は悠斗に快斗は由梨に甘い気がする・・・。

 

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