※黒羽家シリーズで、もし黒羽家が王族だったらというお話しです。 「皇子!!第一皇子ーー。どこに行かれたのですか?」 鳥たちが朝の到来を告げ、心地良い日の光が城壁を照らし始めたころ。 全ての始まりをかき消すような声が城中に響いていた。 長いローブを肩にかけ、カツカツと靴音を響かせながら叫ぶ彼は この城で猊下と呼ばれ、王子達の教育係も兼任している苦労人である。 国民からの支持も厚く、家来達から信頼を置かれる賢君誉高い王に使えること30年。 その職に不満こそ無いものの、王やその子供達に振り回され続け、 胃痛を感じない日々は無いという人生を今日まで歩んできている。 名は探。王と同じ年で今年38歳を迎えた。
〜始まりの日〜 「これは、猊下。朝からお元気なことで。」 広い中庭が見渡せる廊下に出てきたところで、庭の隅から声が掛かった。 足を止めてみれば、王宮付きの医師であり、薬学にも長けた女性である志保が立っている。 赤味掛かった茶色の髪に朝日が当たり、その色素はさらに薄く見えた。 口元に浮かべた柔和な笑みをみれば、誰もが天使到来かとも思うかもしれないが 探は長年の経験からそれが天使とは程遠いものだと知っている。 「志保殿は、何か良いものを見つけたような顔をしていますね。」 「ええ。朝の早い時間には即効性のある毒草が見つかりますの。 例えば、この穏やかな時間を騒がしくしている男に利く麻酔とか・・・。」 ふふっと口元に手を添えて笑う志保に探は背中で冷や汗が流れるのを感じた。 やはり彼女は天使などではない。悪魔だ、と。 「わ、私とて騒がしくしたくてしているわけでは。」 「存じております。第一皇子をお探しなのでしょう?今日は大事な成人の義がある日。 主役不在では教育係の貴方様も非難は免れませんわ。」 「・・・いかにも楽しそうに仰らないでください。」 探は額に手をあてて深くため息をつく。 志保の言うとおり、今日は王家にとっては欠かせない大切な日。 次期王となる第一皇子のお披露目の日でもあるのだ。 「陛下はこの日を向かえる前に王位を継承した。そんな陛下の御子が成人を迎えるのですね。」 「志保殿・・・。」 「大丈夫。第一皇子もすぐに戻りますよ。お披露目の前にやり残したことでもあるのでしょう。」 「だといいのですが。」 がっくりと肩を落とし、再び皇子を探しに向かった探を志保は穏やかな目で見送った。 早くに父親を暗殺され、若くして王の座についた現陛下。 その御子が成人を向かえ、民衆に顔をお披露目する。 暗殺を避けるために顔を民衆に見せるのは、 成人の義のときと古くからの仕来りがこの国にはあった。 だからこそ、子供達は今日まで自由に城下町で遊べたのだが、 身分が知れてしまえばそれも今日まで。 「雅斗皇子の最後の悪あがきってところかしら。」 生傷の耐えない彼に幼いころから処方を施してきた志保は そんな彼の成長に小さく笑みを浮かべたのだった。 「雅斗。そろそろ戻らんとやばいんやないか?」 「師匠は黙っといてよ。朝市が終わるまでだから。」 「これから窮屈な生活になるかも、だしね。 それより、師匠は顔を知られてるんだしバレないでよ。」 そう、びしっと主張をすると、颯爽と目の前を歩いていく双子に平次は軽くため息をついた。 王宮の軍を仕切るトップであり、彼らの剣の師匠である彼は 夜明け前から脱走を図った彼らに気付きこうして付いて着たのだが。 ちらりと腕時計に目を移せば、すでに8時を回っていて、 幼馴染でもあり自分と苦労を二分する男でもある猊下が 叫びまわっていることだろうとぼんやり思う。 彼の気苦労も分かるので、平次としてはこの2人を早く城へと連れ戻したい。 だが、今日が最後といわれると強く出れないのもまた事実だった。 「はぁ、あと5分やからな。」 折れた平次に雅斗と由佳はハイタッチして、再び朝市の雑踏の中に紛れ込む。 新たな世継ぎが発表される今日は、一次代の王になる人物のご尊顔を 一目でも見ようと遠方から人々が集まり、お祭りムード一色だった。
「探。見つかったか?」 「これは王妃。おはようございます。」 3階の回廊を歩いていると、城下を見渡せる場所に美しき王妃は立っていた。 傍には第2皇子と第2姫君が、彼女に寄り添うように佇んでいる。 淡いブルーのドレスは、王が彼女にプレゼントしたうちのひとつで 特に王が気に入っている色である。 そして、探もまた彼女に最も似合う色だと感じていた。 「やはり、城内には居ないようで。」 探の疲れた声に王妃は苦笑を漏らす。 民衆から女神と称される彼女の笑みは、探の疲れを癒すには充分だ。 思わず見惚れてしまう自分に一括して探は彼らの傍に一歩近づいた。 「彼らが城内に居ないと知っていて城内を探していたのではないか?」 「王妃は全てご存知のようですね。」 「おまえの甘やかし癖は今に始まったことではないからな。」 探が城内を騒がしく探ることで、城内の警備の者たちの視線を城内に集めさせる。 これで城下まで探しに行くものは少なくなるという寸法だ。 城内には、頭の固い人間もおり、皇子を必死で見つけ出そうと躍起になるものもいる。 そんな彼らが城下に繰り出せば、皇子の今までの楽しみを無にしてしまうかもしれないのだし。 最後の時間を少しでも長く楽しんで欲しい。 きっと、そこまで慧眼をもつと言われる王妃には分かっているのだろう。 「探。」 「はっ。」 「しばし、2人を頼む。私は王を起こしてくるので。 雅斗も由佳も、もう時期、平次がつれて帰ってくるだろうしな。」 トンッと背中を押された第二皇子と姫君は不機嫌そうに母を見上げた。 これでも19歳となり、もう子供ではないのにとその表情は物語っている。 それでも、100%安全と言い切れない城内で子供達を1人にすることはできないのだ。 むしろ様々な思惑が渦巻く城内ほど、危険な場所も無いのだし。 「王妃、あなたに護衛を。」 「誰に物を言っているのだ?探。」 「・・・失言でした。」 ふふっと微笑む王妃を止める術はない。 王からのお叱りを後で受けるのだろうと思いつつ、探は深々と一礼し、彼女を見送ったのであった。 今日は城内が騒がしい。 快斗はそう思いながら隣にあるぬくもりを求めた。 だが、手は空を切るばかりで愛しき者の姿は無い。 驚きに身を起こした瞬間、ゆっくりと寝室の扉は開かれた。
「快斗、起きていたのか?」 すでにドレス姿の妻は驚いたように快斗の傍へと歩み寄った。 昨日は今日の準備のため、遅くまで働いていたからゆっくり寝せようと思っていたのだが。と 王妃である新一は早く目覚めた彼に首を傾げる。 そして、近づいてようやく彼の顔色が優れないことに気付いた。 「快斗?」 そっと彼の顔に手を当てても、熱があるようには思えない。 どうかしたのか?と再び口を開こうとしたが、 その前に腕を掴まれ、新一は彼の腕の中に収まった。 「ごめん。夢見が悪かったみたいで。」 「快斗・・。」 「ちょっとだけ、こうしてて。」 14で父を失い王の職に就いた快斗。 不安で堕落してしまいそうな彼を支えたのは城下で出会った少女、新一だった。 彼は家庭の事情で男として育てられていた経緯をもっているため 今もその言葉遣いは抜けないが、時にその男勝りの厳しさで、快斗を今日まで導いてくれた。 それでも、幼いころに目の前で父を失った不安は今も快斗の心の奥に根付いており、 さらに追い打ちをかけるように成人の義の朝に母までも殺された。 18で生まれた初孫たちの成長を楽しみにしていた母。 今でこそ、権力争いは落ち着いているものの、 人の出入りの多い今日は警戒するに越したことはないのだ。 「悪かった。おまえが起きるまで傍にいるべきだったな。」 「いや。俺も情けないよ。王位について20年以上になるのにさ。」 「情けなくはない。おまえは立派な王だ。 だからこそ、人々は今日という日を祝ってくれる。 おまえの血を受け継ぐ子だからこそ、一目みたいと思ってくれている。」 そう言って新一は快斗の額にキスを落とす。 遠くで『皇子ご帰還!』と騒ぐ声が聞こえた。 「わんぱく皇子たちもお帰りみたいだぞ。」 「ああ。俺も準備しないとね。あいつに宝刀を掲げなくては。」 すっかり王の顔になった夫から離れると新一は彼へと手を差し出した。 初めて出会った日と同じように。 「さぁ、王。ともに参りましょう。新たな未来を築くために。」 盛大なファンファーレとともに、成人を迎えた皇子と姫君が民衆の前に出る。 城下町の人々からは、見知った顔に驚きの声があがったものの すぐにそれは祝いの声へと変わった。 新たな国の未来を愁うものなど、1人もいない。 「快斗陛下万歳、そして、新たな未来に万歳!!」 END |