「今日は一日中ソファーとお友達でもしているつもり?」

 

買い物を済ませてロッジへと足を踏み入れた哀は目の前に広がる光景に

深くため息をついた。その言葉に新一はふてくされたような表情となる。

哀はそんな新一を気にとめることなく、

買い物袋をその場に置くと靴を脱ぐために壁に片手をそえた。

 

■狂い咲き■

 

「連絡、こないの?」

「関係ねーよ。快斗なんて。」

「だれも黒羽君なんて言ってないけど。」

 

買ってきた品物を冷蔵庫へと詰めて、

ふてくされている原因を検討すれば、いじけたような返事が返ってくる。

日頃は人前でネコを2、3匹かぶっている新一も心を許した相手の前では、

まさに子ども同然だ。

 

それが、哀にとって以前は嬉しくもあったが、最近は悩みの種でしかなかった。

 

「いつも待ってばかりいては進まないわよ。」

「わーってるよ。」

 

哀と視線を交えることなく新一はソファーから立ち上がる。

そして、軽く背伸びをするとテーブルの上にある、

冷めかけたコーヒーを手に取った。

 

「どこ行くつもり。」

「パソコン、続きしねーと。」

 

部屋を出ていく新一を見送って、哀は今まで彼のいた場所に腰を下ろす。

そして、目の前に見えるカレンダーへと視線を向けた。

 

彼、黒羽快斗が来なくなって、今日でちょうど1週間。

何があったのかはしらないが、まさかこのまま新一を放っておくつもりなら

毒でも1つ盛りたいところだと哀は真剣に思っていた。

 

新一の中で確実に快斗は大きな存在となっている。

毎日、パソコンに向き合って組織を内側からジワジワと崩壊へと導いていく作業。

いつまでかかるか分からない、人を遠ざけた生活。

こんな環境で正気でいられる人間なんていないだろう。

哀はまだ平気だ。そんな環境で幼い頃育ったのだから。

博士は工藤邸を見張る名目で家に戻っているから論外。

 

だが、問題は新一だった。

幼い頃から一人で暮らしていたとはいえ、周りには常に誰かがいた。

彼は、人を引きつける存在だった。

日の当たる中で、いつも脚光を浴びていた。

そんな生活を当たり前に過ごしていた彼にとって今の現状は言い難い拷問だろう。

例え、本人がそう思っていなかったとしても・・・。

 

「私の人選ミスなんて思いたくもないわ。」

 

哀はキーボードをはじく小刻みな音を聞きながら、

目を閉じ、ソファーに身を沈めた。

 

 

 

 

一方その頃、快斗もまた机とお友達状態となっていた。

 

 

「そんなに会いたいのなら、行けばいいじゃない。」

「行ったら、決心が揺らぐ。」

「そのくらいの決心なら捨ててしまいなさい。」

 

きっぱりとそう告げる紅子の言葉を気にすることなく

快斗は机の奥にしまい込んだ手紙を取り出した。

先週届いた父親の親友からのエアメール。

 

それは、海外でのマジシャン修行についての誘いだった。

高校を卒業したらすぐに、本場で修行をしないかという内容。

断る理由など見つからなかった。

自分の夢に近づける・・・だけれど新一とは数年間会えなくなる。

ロッジに行ったら、ますますその思いが強くなりそうで・・・。

 

「工藤君は何て言うと思う?」

「行って来いしか言わないよ。きっと。」

「そう、ならそうしなさい。夢を叶えたいんでしょ?」

「人ごとみたいな言い方だな。」

「人ごとですから。」

 

フフッと軽く笑う彼女に、快斗は恨めしげな視線をおくる。

でも、何も言い返せなかったのは彼女の言い分が当たっているせい。

もう、紅子と話しをする気は無いとばかりに外を見れば、

突き抜けるような青空が広がっている。

 

「新一とのお花見の約束も守れそうにないかもな。」

何も言わずに旅立つのは卑怯かも知れないけれど、

それがその時の快斗の精一杯だった。

 

 

明日はいよいよ卒業式。高校生活最後の1日だ。

とは言ってもやはり実感などわかず、

卒業式の予行練習なども他人事のように過ぎていく。

 

「快斗、いよいよ卒業だね。」

 

校門の前に立てられた明日の為の看板を見上げて

青子はうれしさ半分寂しさ半分と言った感じで微笑んでいた。

明日はおそらく泣いているのだろうな、と思いつつ、

快斗はふと青子にヨーロッパへの修行の話しをしていなかった事に気づく。

 

前を軽い足取りで歩く青子を呼び止めれば、

不思議そうに首を傾げて立ち止まった。

 

「何?」

「俺、明後日からヨーロッパへ行く。」

「・・・何言ってんの快斗。

そんな冗談は通じないんだから、いくら青子が・・・。」

 

快斗に駆け寄って、笑い飛ばしていた青子だったが、

その真剣な表情に彼がまんざらうそを言っていないことを悟ると

みるみる顔色が変わっていく。

 

「ねぇ、嘘だって言ってよ。東都大学合格したんだし・・・。

青子、同じ大学には行けないけど、

途中まで一緒に通学できるって楽しみにしてたんだよ。」

 

「わりぃ。でも、俺の夢・・・。」

 

「知らない、知らないよ、快斗の夢なんて。

なんで今行く必要があるの?ねぇっ!!」

 

泣き崩れる彼女を見て、言うタイミングがずれたなと感じた。

でも、そんな幼なじみの姿が新一の姿と重なる。

もし、これが新一の言葉だったなら自分はどうしていただろう?

 

「まあ、あいつはそんなこと絶対に言わないけど・・・。」

「ちょっと、快斗。聞いてるの?私はずっと快斗のこと・・・・。」

「青子、わりぃけど俺・・・・。」

 

♪ぴ〜ろりろ〜ピ〜ロリ〜♪

 

言葉を遮断するように流れるのは快斗の携帯の着信音。

こんな真剣な時に流れるルパン3世のテーマ曲はどこか間抜けな感じだった。

 

携帯を手に取れば、涙目で青子が自分を睨み付けていたが、

ディスプレイに表示される電話主の名前を見て、

快斗はどうしてもきることは出来なかった。

 

「新一?」

『快斗、久しぶりだな。』

2週間ぶりに聞く彼の声に、自分の決心が揺らぐのを感じる。

青子には泣かれても、突き放すことはできると思ったのに、

自分の名を呼ぶ彼の声だけでこんなにも動揺するとは・・・・。

 

「どうかしたの?」

『花見、しようぜ。今夜。あの時計台で待ってるから。じゃあな。』

「えっ、ちょっ、新一っ。」

 

断ろうと思う暇さえ与えられずに電話は切れてしまった。

時間も場所も指定しない彼を、彼らしいと思うと同時に

たまらない愛しさがこみ上げてくる。

 

断られるのを恐れて切ったなんて想像できないけれど、

声が少しだけ震えていたのは確かな真実。

きっと、なんども途中まで番号を押しては電話をかけるのを諦め、

どうにか最後まで押しきれた電話なんだろうと思う。

 

「快斗。前の時計台の人?」

「また明日な。青子っ。」

 

彼女と校門に置き去りにして別れるのは2度目。

それでも、罪悪感はなかった。

 

新一の電話越しに聞こえた時計台の音に、

もう彼がそこで待っていることは確かだった。

 

 

「新一っ。」

 

2週間ぶりにあう彼は、又少し痩せていたような気がする。

それで、心配になって“ちゃんと食べているのか?”と問えば

回し蹴りを食らってしまう。

いつもの、懐かしいコミュニケーションだ。

 

「花見って言っても桜咲いてないじゃん。」

時計台の傍の公園を2人で歩きながら、快斗は薄暗い夜空を見上げる。

そこには、つぼみを堅く閉じた桜があった。

だが、開花にはまだほど遠い。

 

「お前の目は節穴か?ほら、見ろよ。」

横を歩いていた新一が馬鹿にしたように笑って、先を走り出す。

彼がはしっていった方向には、たった1つの桜が咲いていた。

本当に目立たないほどの、小さな小さな桜が。

 

「狂い咲きってやつだね。」

「今日、見つけたんだ。こんなに目立つのに、誰にも見つけられないんだな。」

新一はそう言って愛おしそうに桜に触れる。

他の花よりも先に咲き、散っていく桜の花。

ただ、早いか遅いかだけの違いなのに無性に愛おしく感じてしまっていた。

 

「新一?」

 

黙り込んでしまった新一の顔をのぞき込めば、柔らかく微笑むだけ。

 

「快斗、明日出発なんだって?」

「えっ、何で・・・。」

「灰原に聞いた。灰原は小泉さんから聞いたらしいけど。」

「で、止めに来たの?」

「まさか。」

 

新一は哀しそうな表情1つせずに、笑っているだけ。

それが、なんだかホッとしたような、寂しいような、不思議な気分にさせる。

 

「夢に近づけて良かったな。がんばれよ。俺も全部が片づいたらお前を見つけだす。

 今度は俺が捜す番だから。だから、捜しやすいようにうんと有名になれ。」

「新一・・・・。」

「ほら、そろそろ帰れ。明日は卒業式だろ?

あんまり長くいると笑って見送れなくなる。」

 

下を向いたままで、新一は快斗の背中を押す。

快斗は振り返って今すぐにでも新一を抱きしめたかった。

でも、気持ちも伝えていない状況では彼を困惑させるだけ。

 

「さようならは、言わないよ。行ってきます。新一・・・。」

背中から新一の手が放れていくのがたまらなく寂しかった。

 

 

新一は決して後ろを振り返らずに去っていく快斗の背中をずっと見つめた。

自分の気持ちが少しでも良いから彼に届くようにと。

 

「これでよかったの?」

「灰原・・いつのまに。」

横を見れば博士の車が桜並木の道沿いに止まっていた。

 

「気持ち、伝えなくてよかったの・・・?」

「あいつの足かせにはなりたくないからな。」

「そう、じゃあ帰りましょう。寿命をそれ以上縮める気?」

「あいつの活躍くらいは見てから逝きたいから、遠慮するよ。」

「いい、心がけね。」

 

桜並木を過ぎて、車に乗り込むと同時に新一は目を閉じた。

 

あとがき

これを書いて思ったこと、私って青子ちゃん出すのスキなのか?

ていうか、新一と対比して書くのがスキなのかも知れません。

青子ちゃんファンの方ゴメンナサイ!!

 

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