※平次の扱いが若干酷いです。平次ファンはお気をつけください。

Voyageの続きですので、そちらを先にお読みください。

 

 

 

 

「すごいよなぁ、黒羽さんは。」

「ああ。航海士としての腕も持ってて、なおかつ敵の海賊を一瞬で沈めるんだぜ。」

「今や、この船の左腕的存在だし。」

「近いうちに、副キャプテンも追い越すんじゃねぇ?」

 

聞こえてくる声に、海を眺めていた新一は、チラリと扉のほうへと視線を向けた。

 

 

<彼だけのマジシャン>

 

 

快斗は宣言通り、着実に白馬の信頼をものにしていっている。

それだけでなく、今や独自のカリスマ性で船員たちからは憧れの存在だ。

 

だが、快斗が船に来て以来、一度も彼とは言葉を交わしていなかった。

それでも新一は幸せだった。

海賊船襲来の声に、快斗の無事を祈り、

彼の戦果が噂で聞こえてくるたびに胸をなでおろす。

誰かのために、本気で祈れることの幸せと、不安。

ただ、感情の揺れ動きがあるということが、

これほどにも生きている実感を与えてくれるのだろうかと思うほどに。

 

それでも一目見たい気持ちは確かで、時折、甲板に出してもらえるときに探してはみたが、

快斗はその際は必ずと言っていいほど、平次に呼び出されていて、顔さえも見れていなかったが。

 

「どいつもこいつも、黒羽快斗や。」

 

バタンと乱暴に閉められた扉に新一は現実へと引き戻された。

こうして一人でいると、知らぬうちに快斗のことを考えてしまうのは、もう癖となっている。

機嫌の悪そうな平次は、新一の腕を引き寄せると、近くのベッドに転がした。

 

「副船長、もうすぐキャプテンが来る。さすがに、今は・・・。」

 

新一は自分を組み敷いた男を見上げながら、白馬との約束を思い出す。

今日の昼食後に来ると、朝から言われていたのだ。

いくら、新一に手を出していることを容認しているとはいえ、

本人の前では、彼がどのような行動に出るか分からないと遠まわしに伝えた新一だったが、

平次の手は止まることがなかった。

 

「副船長?」

「だまっとき、すぐ終わるさかい。」

 

「黙るのはあなたです。副船長・・・いえ、副船長補佐とおよびすべきですね。」

 

ボタンをはずしかけていた手が止まり、平次は恐る恐る後ろを振り返った。

見れば、腕組みして冷たい笑みを浮かべているキャプテン、そしてその後ろには・・・。

 

 

「黒羽?」

「ちゃんと、敬称をつけて呼びたまえ。黒羽は今日から君の上司だ。」

「は?嘘やろ。」

 

「ここ半年の戦果、実力、どれをとっても君の上だ。それに、君よりも信用できるからね、この男は。」

 

目を丸くする平次の腕をつかみ、白馬は新一の上から引きずり落とした。

だが、平次は言われた事実が呑み込めないのか、唖然と床に転がったまま白馬を見上げている。

 

「僕の大事な宝に散々手を出す小物の代わりなど、探せばいるものだね。本当に神に感謝したいよ。」

 

「本気なんか?キャプテン。」

「ええ。今日から黒羽に副船長を務めてもらう。その挨拶に連れてきたんだからね。」

 

新一のシャツのボタンを留めながら、白馬はそっと、彼の額にキスを落とした。

もはや、平次など視界に入っていないとも言いたげに。

 

「工藤君、今まで無理をさせたね。黒羽は固い男だ、君に手を出すことはない。黒羽、挨拶を。」

「はい。」

 

白馬の促しで一歩前に歩み出ると、快斗は膝をつき、頭を垂れた。

目の前にあるくせっ毛を抱きしめたい衝動を抑えつつ、新一は彼を見つめる。

 

2度目にお目にかかります。これから船の副船長を務めます黒羽快斗です。どうかお見知りおきを。」

 

「あぁ。」

 

「くそっ。こんな船、出てったるわ!」

 

二人のやり取りを見つめていた平次は、扉を蹴り壊して部屋を出て行った。

荒れている彼に、白馬はヤレヤレと首を振る。

 

「あんな彼でも、欠かせない戦闘力です。ちょっと失礼します。

黒羽、しばらく工藤の話し相手をしていてくれ。」

 

「はい。キャプテン。」

 

白馬がこのとき、少しでも用心深く快斗を見ていたなら気づいただろう。

彼の口元が少しだけゆるんでいたと。

だが、平次を追いかける白馬は知らないのだ。

 

快斗こそが、自分の宝を奪う男だということを。

 

 

白馬の足音が聞こえなくなると、快斗は扉を閉めた。

そして、ゆっくりと振り返り、半年ぶりの新一の姿をマジマジと見つめる。

半年、考えてみれば長い期間だが、今までのことを思うと、快斗にとっては一瞬にも感じられた。

彼とこうして会えるために、どれだけ身を粉にしたか。

けれど、その疲れも彼の幸せそうな顔を見るだけで、その苦労が吹っ飛んでしまうから不思議だ。

 

子供の用に手を伸ばす新一を引き寄せて、快斗は思いっきりその体を抱きしめた。

牢屋越しでなく、薄い服を隔てて、彼を抱きしめている。

彼の温度を感じている。

それだけで、どんなに幸せか。

 

「新一。新一っ。」

「快斗。会いたかった。」

「俺も。」

 

思わず強まる腕に、「いてぇよ、バカイト。」と呆れた新一の声が耳元で響く。

故郷でよく交わしたそのやり取りに、自然と涙がほほを伝った。

 

「快斗、もっと顔がみたい。」

「うん。」

 

抱きしめる腕を肩へと移動して、快斗は新一の顔を見つめる。

新一もまた、空いている両手で快斗の頬に触れた。

 

しばし見つめあった後、二人はどちらからともなく口づけを交わす。

最初は浅く、そして深く。

まるで、お互いをお互いで補給するかのように。

 

「快斗、俺はきれいなままじゃない。」

 

「船員たちから聞いたよ。本当は、その話を聞いたときに、皆の息の根を止めたかったけどね。

でもね、新一。新一はきれいだよ。」

 

ひとしきりキスを交わした後、快斗は新一の眉に、鼻先にと唇を落とす。

それにくすぐったそうにしながら、新一はゆっくりと頭を振った。

 

「俺は何人もの男とだな・・・。」

 

「そうするしかなかったんだろう。ごめんな、俺がそばに居れなくて。

でも、これからは違う。俺が新一を守る。いつか、この船から新一を開放する。」

 

「んなこと・・・。」

 

「無理じゃないよ。だって、新一は知ってるだろ。俺に無理なことはないって。

俺は魔法使いなんだから。」

 

そういって言葉とともに、出てきたのは一輪のバラの花で。

 

「これ・・・。」

 

 

 

『無理だよ、受け止めるなんて。』

『大丈夫だから、俺を信じて。俺に無理なことはないんだから。』

 

初めて会ったとき、木に登って降りれなくなった新一に声をかけてくれた男の子。

それでも初対面の相手を信じられるはずもなくて、新一は首を振った。

 

『無理だってば。』

『だから、大丈夫。俺はさ、魔法使いなんだからさ。』

 

ほら、と、その少年は一輪のバラを手に出して見せる。

その花をみて、幼い新一は思った。ああ、本当に彼は魔法使いなんだって。

 

そして、気づけば彼をめがけて飛び降りていた。

 

いつだって、そうだった。

快斗は新一の魔法使いで、いつでも涙を、不安を消してくれた。

今だって、あきらめた未来を、一緒に取り戻そうとしてくれている。

 

「快斗・・。」

「まぁ、新一が居ないと魔法も使えないダメ魔法使いだけどね。」

 

 

そろそろ戻ってくるかなぁと、名残惜しそうにキスした場所が

白馬が口づけた場所と同じであったことに、新一は小さくほくそ笑むのだった。