お母さんが言ってた。 黒羽快斗は本当の魔法使いよって。 きれいな顔をほころばせて。 だから、私は聞いたの。黒魔術よりもすごいの?って。 そしたらね、自分の目で確かめてきなさいって。言われた。 〜虹〜 私は背伸びをしてチャイムを押す。 初めて一人で外に出かけた。魔法使いの住む家に向かって。 そんな今の状況は、少しだけこないだ読んだ昔話に似ていた。 少年が魔法使いに弟子入りしにいって、その魔女はすごく悪い魔女で 少年は危うく魔女に食べられそうになるっていう。 「大丈夫。悪い魔法使いじゃないって言ってたから。」 自分にそう言い聞かせて、じっと待った。 魔法使いが出てくるのを。 「はい。・・・あれ、紅里ちゃん?」 出てきたのはきれいなきれいな魔法使いのお嫁さん。 お父さんが見るたびに頬を染める、それほどきれいな。 名前は確か、由希さんだったと思う。 「バスできたのか?」 ドアを開けて招き入れてくれると、オレンジジュースを出してくれる。 御礼を言って飲めば、それはそれは冷たくておいしかった。 「はい。魔法使いに会いたくて。」 私の言葉に由希さんは目を丸くする。 そして合点がいったのか、“ああ”と納得したようにほほえんだ。 「魔法使いは今、買い物に行ってるよ。雅斗たちと。もう少し待ってくれる?」 「はい。」 少しだけ緊張した表情になる。 そんな私を気遣ってか由希さんはさらに柔らかな笑みを浮かべた。 「魔法使いと対決でも?」 「黒魔術とどっちがすごいのか、知りたいってお母さんに聞いたら、 見てこればって言われて。」 「そうか。紅里ちゃんの黒魔術相手だと、魔法使いも危ういかもしれないな。」 決して子供をあやす言い方じゃなくて、ただ純粋に思ったといった感じで 由希さんは告げる。 そんな些細な心遣いもすごく嬉しくて私は思いっきり頷いた。 「がんばります。」 「おう。気合い入れてやってくれ。」 由希さんはそう言って立ち上がると、ドアの方へと向かう。 「そろそろ帰ってくるぜ。」 「どうしてわかるんですか?」 「ん〜。勘かな?」 なんとなくそんな気がするんだよ。 由希さんの言うとおり、それから2分ほどして扉が開く。 「新一ーーただいま。愛しの旦那様のご帰宅だよ!!寂しかった〜?」 それはそれは甘い声色とともに。 部屋に入ってきた魔法使いは私を見て目を丸くする。 「ありゃ、紅里ちゃんじゃん。珍しい。」 「えーー。紅里ちゃん来てるの?」 トテトテと後から続いて、由佳ちゃんが入ってきた。 ピンクのスカートがすごくかわいいと思う。 私はいつも黒い服しか着ないから。 「きょうも、かわいいよね。紅里ちゃん。お人形さんみたいで。」 ふわふわの少しだけ癖のある髪がゆれる。 「由佳ちゃんのほうがかわいいよ。絶対。髪の毛とか。」 「え〜。私、お父さんに似て癖毛だもん。 私はママや紅里ちゃんみたいなストレートがいいのに。」 「ひどっ。新一〜。由佳がいじめる。」 「懐くな。それより、紅里ちゃん。今日はおまえに用事だって。」 ベリッと由希さんは魔法使いを引き剥がして軽くため息をつく。 毎日こんなにスキンシップしているなんて。我が家じゃ考えられないこと。 私は“オトナノセカイ”にふれた気がして少しだけドキドキした。 「俺に?」 「な、紅里ちゃん。」 「あ、はい。魔法を見せてほしくて。」 「魔法?そう言えば紅子が言ってたな。今日、最強の黒魔術使いが来るって。 魔法使いは勝てないとかどうとか。」 「最強じゃないけど、どっちがすごいか興味があるんです。」 お母さんらしい言い回しに、少しだけ頭痛を感じる。 最強なんて、お母さんの足元にも及ばないっていうのに。 恥ずかしさと緊張で私は心臓がバクバクと動くのを感じた。 「では、黒魔術師様にお見せいたしましょう。魔法使いの技を。」 魔法使いは優雅にお辞儀をして、煌びやかな魔法の世界を見せてくれた。 ただただ、言葉を失うほどすごい魔法を。 「じゃあ、黒魔術師様にもお見せ願おうかな?」 「・・・・出直してきます。」 絶対にかなわないってわかるから。 紅里は精一杯、強がった表情でしっかりと告げる。 それに、魔法使いと由希さんは優しくほほえんでくれた。 「なら、俺からもひとつ魔法のプレゼントだ。」 「へ?新一が?」 「ああ。がんばってここまできた紅里ちゃんに。」 由希さんはそう言うと、イルミネーションのために閉めていた カーテンの前に立つ。 そして、3,2,1。と数を数えて・・・・ざっとそのカーテンを開いた。 「・・・すごい。」 視界を埋め尽くしたのは、二つの大きな虹。 それはそれはきれいで。 私は呼吸さえ忘れてしまいそうになるほどそれに見入る。 「お気に召しましたか?黒魔術師様。」 「ありがとうございました。」 私は一礼して由希さんを見る。 魔法使いが帰ってくるのがわかったり、虹を出したり。 本当にすごいのは、由希さんなんだ。 魔法使いがいるの。大きな大きなお屋敷に。 だけどね、私は知っているんだ。 魔法使いよりもすごい人がそこにはいるってことを。 |