キュキュっと一定のリズムで体育館に響く音。

そしてその音と共に響くのは黄色い声援。

まさに自分のステージ。雅斗はそんな空間を堪能しながら華麗にダンクを決めた。

 

Victory!】

 

ピピー

 

体育教師大川の笛が鳴る。

 

 

「くっそー。少しは手加減しろよ。黒羽。」

「ナイス、黒羽。後半もよろしく。」

 

 

チームメイトや敵チームのメンバーから様々な声がかかる。

それに雅斗は軽く苦笑してブイサインを作った。

 

体育の授業はまさに己の天下。

傲りではないが、運動神経抜群の両親からしっかりと血を受け継いでいるために

インターハイなどでも活躍できるほどの腕前だ。

もちろん、それに伴って、いろいろと部活の勧誘は多いが、

裏の仕事を持っているためか彼が部活動に所属することはなかった。

 

「はい、黒羽君。タオル。後半もがんばってね。」

「これ、スポーツドリンク。今日は暑いし。」

「サンキュー。」

 

差し出されるタオルで汗を拭き、ゴクリとペットボトルを飲み干すと

体育館のまわりをぐるりと一周しているギャラリー席に向かって手を振る。

 

それに、再び甲高い声があがった。

 

 

「楽しそうだな、黒羽。」

 

授業中にも関わらずスポーツドリンクを飲み干す雅斗に

大川は引きつった笑みを浮かべる。

毎度のことではあるが、やはり教師の手前、

雅斗はバッと手の中のペットボトルを一瞬で消して見せた。

 

「大川ちゃんももう少しバスケ上達すれば?

 そうすれば、一躍、彼女たちの視線を独占できるぜ。」

 

「ほほう。体育教師に挑戦するとは良い度胸じゃないか。

 よし、黒羽。後半戦は俺と一騎打ちしろ!!」

 

ワン・オン・ワンではなく、一騎打ちと表現する大川に雅斗は呆れた表情を作るが

当の大川は汚名を晴らすべく、ボールを手に取り、素早くダンクを決める練習をする。

 

彼も一応は立派な体育教師であり、複数の部活動の顧問もしているスポーツマン。

若い頃はそれなりに名の通ったバスケの選手でもあったらしい。

 

雅斗はそんなことを考えながら、

近くの女子に消したはずのペットボトルとタオルを渡した。

 

 

 

「大川先生。俺たちの借りを返してくれーー!!」

「先生もがんばってね。」

 

前代未聞の対決にすっかり盛り上がる体育館。

雅斗は己の同意無しに始まった対決に呆れながらも、売られた喧嘩は・・とばかり

中央に歩み出るのだった。

 

 

その後、わずか15分。

点数差は見事に16点。

大川の決めたシュートは一度。

あとはすべて雅斗に抜かれていた。

 

「おまえの足の速さは何なんだ!!」

「もうだいぶ、年だろ。無理するなって。」

 

必死に追いかけてくる大川を軽く振り切って雅斗は軽快にドリブルを進める。

 

楽勝楽勝。

 

初めはある程度警戒したが、どうやらそれも無駄骨だったな。

 

そう思っていたときだった、スッと気配もなくボールが手から消えたのは。

 

 

 

「へ?」

 

大川の動きではない。

そう気が付いて振り返ったときにはすでにダンクシュートが決まっていた。

 

 

「油断はいけないな〜。雅斗。」

 

落ちてきたボールを拾いながら人差し指で回している男。

途端に騒ぎ始めるギャラリーに、雅斗は一種の頭痛を感じずにいられなかった。

 

「ここ、学校ですけど?」

 

とりあえず余裕綽々の男に雅斗は告げる。

 

「そりゃ、俺でも分かるって。ただ楽しそうな声が聞こえたから

 俺もたまには運動しようかと思ったんだよ。懐かしい母校でもあるしな。」

 

「理由になってないぜ・・父さん。」

 

男、こと黒羽快斗はその言葉にニッと口元をゆるめる。

そして、その場の視線を独占したことに気をよくしたようで、再びドリブルを始めた。

 

「止められるか。雅斗。」

「余裕。」

 

無駄のない動きで巧みにフェイントをかけながらの試合は次元を越えたものだった。

だが、やはり快斗が若干上のようで、今度は鮮やかなスリーポイントシュートを決める。

 

「凄いわ。さすが黒羽君のお父様。」

「それにしても若いよね。」

「雅斗が敵わないなんて。すげーな」

 

今まで独占してきた空間を一気に取り上げられた気がして

雅斗は不機嫌気味に父を見る。

 

だが、もっと不機嫌、いや、困り果てていたのは先ほどまで試合をしていた大川だ。

 

彼はもう一ゲーム始めようとする彼らに近づいて、大きく笛を吹く。

 

「大川ちゃん、うるさいって。」

「うるさいとは何だ。だいたいなぁ。」

 

「貴方が噂の大川先生でしたか?」

一応担任の手前ということもあって、快斗はすぐさま敬語に切り替えると、彼の話を遮った。

 

にこにこと愛想良く微笑んで、右手を差し出し握手を交わす。

だが、その瞳が全く笑っていないことに、大川は逃げ出したいような威圧感を感じた。

 

「あ、あの。一応、授業中ですので。」

「それはすみません。ついつい。それより大川先生。」

「はい。」

「私の妻に会いましたよね?」

 

そう、快斗が気にかけていたのは先日の三者面談でのこと。

あのあと、新一が好みのタイプに大川をあげたのを未だに根に持っているのだ。

もちろんそんなことを知らない大川は“ええ。三者面談で”と悪びた様子もなく答える。

 

「次回からは私が行きますので、連絡は私にお願いします。」

「は?」

 

「大川ちゃん。俺もお願いする。まだ、父さんのほうがまし。」

「おまえなぁ、父親にましって何だ。ましって。」

 

呆れたような言いぐさの快斗に雅斗は一瞬の隙を見つけて、

彼の手の内にあったボールを奪う。

 

だがすんでの所で快斗もそれをつかみ返し、

2人はまさに取り合い状態へと陥った。

 

「え、え。」

「大川先生。審判に徹してください。みんなもう一ゲーム見たそうですし。」

 

混乱する大川に一人の生徒が駆け寄ってサイドまで連れて行く。

それに、大川は為すすべもなく、“何でだ〜!!”と内心で叫ぶことしかできなかった。

 

 

「離せ。クソオヤジ。俺のステージをパクリやがって。」

 

「心外なことを言うなよ。俺のほうがおまえより目立っているのは実力の差だ。」

 

「いちいちむかつく!!」

 

どちらも一歩も引かぬ状態でボールは空中に制止しているようにも思えた。

(実際はとてつもないスピードで左右に引っ張られているが。)

 

 

 

だが、そんな2人の手の中からまたしても突然ボールが消える。

加えて感じたのは何かにボールを蹴り上げられた感覚。

そして、ボールを見れば見事に反対側のゴールへすっぽりと収まった。

 

 

「「・・・・ナイスシュート」」

 

ボールを蹴ったのは、ご存じ彼らの姫?黒羽由希こと工藤新一。

 

その表情は恐ろしいほど冷たく、

笑顔を浮かべているが逆にその笑みが怖い。

 

「快斗。何をしてるんだ?」

「い、いや。ちょっと、大川先生にお会いしようと。」

「それで、体育の授業に飛び入り参加?」

 

一歩一歩近づいてくる新一に快斗は乾いた笑みを浮かべたまま後退するしかない。

 

「よくここが分かったね。やっぱり愛?」

「・・・快斗。」

「すみません。冗談が過ぎました。」

 

降り上がった黄金の右足に快斗は口をつぐむ。

そして転がっているボールを近くの生徒に渡した。

 

 

 

「先生すみませんでした。お邪魔してしまって。」

「い、いえ。」

「ほら、快斗も!!」

「すみませんでした。」

 

耳たぶを引っ張られてくる快斗を見て大川は先ほどとのギャップに驚きを隠せない。

これが惚れた弱みというのだろうか。結婚するってこんな感じなのだろうか。

大川は自分の彼女を思い浮かべてブルブルと頭を降った。

 

 

 

「じゃあ、帰るぞ。」

「もちろん。またね、みなさん。」

 

体育館を出てもなお

仲良くじゃれ合いながら(少なくとも周りからはそう見える)帰っていく彼らを

雅斗はむなしく見送るしかなかったのだった。

 

 

 

その後、雅斗は両親のことで質問責めにあったのは、また別のお話。

 

 

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