2の初夏、平次の付き添いで店に行き、店長さんに出会った。

2の夏休み、店長さんの名前が工藤新一だと知った。

2の秋、新一は俺の秘密を受け入れてくれた。

3の春休み、新一と花見に行って幸せをかみ締めた。

3GWに、志保ちゃんと会い、新一の誕生日を祝って俺は彼を守ると決めた。

 

そして、今、俺は新たな岐路に立っている。

 

 

〜待つという我がままを〜

 

 

「そういえば、快斗。おまえ、進路は決めたのか?」

 

紅葉狩りの季節だなぁ、なんてのんびりと雑誌を捲っていた快斗にふと声が掛かった。

雑誌を放り出して振り返れば、卵を泡立てながら小首をかしげている新一が居る。

 

最近、忙しくて顔を出せず、店が定休日の午後に合わせて、

ようやく時間をとって新一の家に訪問すれば、彼は新作お菓子の試作中で。

仕方なく、こうして1人で時間を潰していたわけだが、

突然ふってきた話題に快斗は目を丸くさせる。

 

そんな快斗に新一は先日、平次が店に来た話をした。

 

「なんでも、東都大学の法学部に行くとか言っててさ。

快斗は未だ進路希望も未提出だって言ってたから。どうすんのかって思って。」

 

そこまで驚く質問か?と新一は不思議そうに快斗を見つめる。

それに快斗は曖昧な笑みを返して、軽くぽりぽりと頬をかいた。

 

 

進路。

 

今では学校に行けば必ず教師から口すっぱく聞かれる話題だ。

おそらく世間一般では一番煩く聞いてくるはずの母親は、

好きにしなさいと放任的なだけに、学校での教師の話は嫌になってくるのも正直なところで。

それでも、未だに進路希望を出さない理由が快斗にはあった。

 

 

「快斗?悪い、なんかあんまり聞かないほうがよかったとか・・。」

 

 

眉間にシワを寄せて悩みだした快斗に新一は気遣うような声をかける。

だが、快斗は慌てて違う違うと笑った。

 

「いやさ。新一に伝えなきゃって思ったから、今日来たんだ。

 それで、先に聞かれて戸惑ったって言うか。」

 

「そっか。」

 

じゃあ、真剣に聞かなきゃな。と言って新一は卵をおき、エプロンを外した。

ついでにコーヒーを手早く用意するところがcaféの店長らしい。

 

コトリとおかれたコーヒーは快斗用にカフェオレになっていて。

快斗は礼を言うと、スーッと一度深呼吸をした。

 

「このごろさ、来れなかった理由は・・分かってるよね。新一のことだし。」

 

苦笑気味に言うと、新一は小さく頷く。

それを確認して、快斗は話を続けた。

 

 

最近、もうひとつの仕事を終わらせる目処がたったということ。

そのためには、海外にしばらく行かなければいけないということ。

全てが終われば、そのまま海外でマジシャンの修行をするということ。

 

そのことについて淡々と説明する自分の声を快斗は他人の声のように感じていた。

 

 

晩秋を過ぎ、冬の訪れを感じさせる木枯らしが窓をカタカタと揺らしている。

新一は快斗の話が終わるまで、ただカップを持ったままジッと耳を済ませていた。

 

「そっか。」

 

「ずっと考えたんだ。本当は新一の傍にずっと居たい。その気持ちは今も変わらないよ。

 けどさ、新一の隣に並ぶには、今の俺じゃダメなんだ。新一がもし今の俺でも良いって

言っても、おれ自身が納得しない。俺の我がままかもしれないけど・・。」

 

「うん。もう、決めたんだもんな。」

 

新一はカップをソーサーに戻すと、何か答えを探すように己の手をジッと見つめていた。

けれど、そこに答えなどあるはずもなく、淡い笑みを浮かべて快斗へと視線を戻す。

 

「快斗。俺はずっとこの店に居る。それは変わらない。」

「分かってる。」

 

最初、このことを決めた時、一番に思ったのはそのことだ。

 

新一と店とを切り離すことは出来ない。

彼は命がけで、名前まで捨てて、両親の形見を守っている。

 

快斗はそっと、テーブルの小さな傷を手で撫でた。

ここにある傷のひとつまで、きっと新一にとってはかけがえの無い思い出なのだろう。と。

 

そんなことを考えている快斗の手に、そっと新一の手が重なった。

 

「だけど、俺は快斗も手放したくない。」

「・・・新一?」

「我がままって分かってる。だけどさ、待つことを許してはくれないか?」

 

ふと、顔をあげた快斗は言葉を失った。

口元に笑みを浮かべながらも、綺麗な涙を流す彼に・・・言葉なんて掛けれるはずがない。

 

快斗は反射的に立ち上がって、テーブルの反対側へと回ると新一を抱きしめた。

 

「それのどこが、我がままなんだよ。」

「俺にとっては今まで許されなかったんだ。待つことすら。」

 

とある組織の裏を暴くために、両親と志保の両親は2人を残して去っていった。

自分たちのことは忘れて、遠くの異国に行けと告げて。

待つことは許さない。そう母は抱きしめながら泣いていた。

 

両親の遺言を守ることが出来なかったことを、新一はどこかで申し訳なく思っていた。

自分が工藤邸に残ったせいで、両親達が消していった交友関係が組織に知れ、

知り合いの人たちは皆、組織に殺されたのだ。

 

どうにか、逃げ延び、志保を追って海外へと行こうと思った矢先。

新一は両親が若いころに残したこの店の存在を知ったのだった。

 

工藤邸からも離れ、組織にも知られなかった小さな店。

新一がその空き家同然となった店の前に立ち、

抱いたのは、彼らが生きていて、ここに戻ってくるのではという僅かな希望。

 

待つなという遺言を新一は守れなかった。

 

 

それでも、待つことは止められなかった。

 

 

「快斗がここに戻ってきてくれたら、俺は両親を待つことを止められるんだ。」

 

本当に我侭なことばかり言っていると咽ぶ彼を快斗はしっかりと抱きしめる。

 

自分が彼の呪縛をとくキッカケになると思うと、

不謹慎ながら叫びたいほどの歓喜が快斗の中で渦巻いていた。

 

 

「俺は必ず戻るよ。そしたら、俺は喫茶店の一番日当たりの良い場所で

最高のマジックをする。小さな子供から大人まで、笑顔にできる魔法をかけるよ。」

 

「ああ。待ってる。快斗、おまえの戻る場所は、俺の隣だ。」

 

「うん。年長者の言うことは絶対だからね。」

 

そう言ってお互いに額をあわせて2人は笑った。

出会ったころにあった身長差も今は無く、ぴたりと対のように彼らは重なっていた。

 

 

 

 

 

 

それから、数年後。

店長よりも背の高いマジシャンが、

評判の喫茶店でマジックショーを始めたのは、また別のお話し。