「お〜い。邪魔すんでー。」

「ちょ、平次!!まだ朝早いんや。声、落としー。」

「おかんもおとんも、両方とも声、でかいで。」

 

お宅を訪問するにはまだはやい時間帯。

黒羽家の玄関に西の最強家族?が現れた。

 

目隠し

 

「おはよう、平次おじちゃん、和葉おばちゃん。あと、葉平。」

「なんや、ついでみたいに言うな!!由佳。」

「年上になんて口の利き方〜。葉ちゃん、虐めてあげよっか?」

 

朝に弱い家族がほとんどのため、出迎えたのは中学生になったばかりの由佳。

2つ違いの年の差を利用して、由佳は葉平を虐めるのが好きだった。

彼女にももちろんれっきとした弟はいるが、葉平ほどイジメがいがない。

まぁ、その理由は葉平のほうが子供じみた反応をしてくれるだからだとか。

 

ムーッと睨み付ける葉平の頭をペンペンと叩くと、

由佳は麦茶を入れにキッチンへと向かう。

お客様用の綺麗に磨かれたグラスを3つ用意して、氷をいれた。

 

由佳はこの氷を入れる音が好きだ。

カランカランと気持ちよく響く音。

そして軽くめを閉じたまま、コポコポと注がれる麦茶の音を楽しむ。

夏の音だとお母さんが口にしてからはもっともっとこの音が好きになった気がするな。

由佳は注ぎ終わった麦茶を、銀製のコースターにのせてそんな事を思う。

今更だが、新一の発言力は本当にこの家の家訓になるほど影響力があるのだ。

 

「ほんま、気が利くな〜。由佳ちゃんは。」

「そんなことないですよ。」

「ただの暴力女だ。」

先程、からかわれたことをまだ気にしているのだろう。

和葉が由佳を誉めると、ふんっと葉平が文句を付ける。

もちろん、由佳もそれをさらっと流せるほどには成長していない。

 

「葉平君。お願いがあるんだけど。」

「なんや、急に下手にでて恐ろしいやないか。」

「あら、嫌だな。私はいつも優しいじゃない。」

「そんなこと絶対あらへん。」

「そう。まぁ、いいわ。で、お願いっていうのは私の両親を起こしてきてくれない?」

 

ニコリと微笑んでそう告げる由佳に“なんや、そんなことか”と葉平は立ち上がる。

だが、平次は慌てて息子の腕を掴んだ。

 

 

「由佳、わいの息子がアホやった。勘弁したって。」

 

「なんで、おとんが謝んねん。」

 

「そうですよ。葉平君くらいに成長すれば、起こすことくらい容易いでしょ。

 それとも、まだお子さまには無理?」

 

フフッと意地悪げな笑みを浮かべて見下す由佳に葉平はブンブンと首を振る。

頭一つ分高い身長は男としては悔しくもあった。

「できるで。簡単や!!」

バッと平次の手を解いて、葉平は階段を駆け上っていく。

 

それを見送りながら平次はあっちゃーと両手で顔を隠した。

 

「なんや、平次。そないに落ち込んで。」

「黒羽のしわ寄せは、わいにくるんやで。ほんま、恨むわ。由佳。」

 

「葉平の自業自得。それに朝から騒がしかったから、

 今更悪あがきは無駄ですよ。平次おじさん♪」

 

そう言って微笑む顔は、本当に快斗に通じるところがあると平次は思った。

そして、そっと隣で麦茶を美味しそうに飲む妻を見る。

 

「何?平次。ウチの顔ずっと見て。」

「いや、ほんま、無知って幸せやなと思ってな。」

「何それ。馬鹿にしてん?」

「誉め言葉や。」

 

はぁーと重いため息をつく平次を後目に、由佳は客間をあとにする。

2階でこれから行われることを楽しむために。

 

 

 

 

「ここが、快斗さんと由希さんの部屋やな。」

 

以前、おっちゃん、おばちゃん、と言って快斗にペシッと叩かれた葉平は

いくら年が離れていようと彼らだけは“さん”付けで呼ぶことにしていた。

階段を上がって、右奥にある夫婦の部屋。

小学5年生の葉平にとってはまさに未知の空間だ。

 

「よっしゃ、思いっきり開けんで。」

 

この時、彼の頭の中にノック等という言葉はない。

父親がもともとそういう性格のため、ノックしなさいと怒られた経験は皆無なのだ。

そして、なにより頭の中を占めるのは、由佳の挑発的言葉。

 

 

「みとけや、由佳。わいも大人や!!!」

少し背伸びをして、木製のドアノブに手をかける。

そして、力一杯あけはなった。

 

「快斗さん、由希さん。あさ・・・グハッ。」

 

ボスッと飛んできたのはなんと枕。

なんでや!!と慌てて体制を立て直そうとすれば、

グイッと首根っこを捕まれて部屋の外に連れて行かれる。

その手から逃れようとジタバタと動いて、

手の主を見上げればバスタオル一枚を腰に巻いた快斗がいた。

 

「快斗さん。おはようございます。」

「おはよう、葉平君。」

ニコリと笑って返事をするものの、未だ快斗が葉平をおろす仕草は見られない。

それに、心なしか笑みに怒気が交じっているような・・・。

 

「そや、由希さん、起こさなあかんねん。」

 

「いや、由希を起こすのは俺のお仕事だからいいの。」

 

「せやけど、また由佳に馬鹿にされるんや。

 わい、成長したちゅーのを、あいつに見せな。」

 

「由佳・・・。そこにいるんだろ。出てこい。」

 

はぁ〜。とため息をつきながら、ようやく快斗は葉平を床におろす。

そして今度は階段の傍に視線を移した。

 

由佳は階段の傍の壁に貼り付いてヤバイと思う。

今日はそんなに遅くまでしていないだろうとふんで、冗談半分で葉平を向かわせた。

だが、今の声色から察するに、どうやら明け方までやっていたらしい。

あれは寝不足と、お母さんの寝顔を堪能できなかったときの不機嫌声だ。

と由佳は今までの経験から父親の心情を察知する。

 

トテトテと聞こえる足音。

 

「なんや、由佳。わいの活躍みとったやろ。」

「活躍じゃないわよ。どうして私の名前を出すのっ。」

「せやけど、由佳がやれって。」

 

「そうだぜ、由佳。人のせいにするのは良くない。

 まぁ、確かに葉平は遊びがいがあるかも知れないが、

 父さん達を巻き込むのはいただけないな。」

 

ゆっくりと視線をあげると、予想通り、

父親の体にはしっかりとひっかき傷がまだ残っている。

最大の失敗だと気がついたときには後の祭り。

「ごめんなさい。」

葉平の前では屈辱的だが、由佳には頭を下げることしかできなかった。

 

 

「おう、黒羽。朝からお熱いな〜。」

「ちょっ、ひょっとして葉平、お邪魔してしまったんか?」

「いや、ギリギリOK。でも、さすがに新ちゃんの裸はね〜。個人的に許せなくて。」

 

 

3人の会話に客間から平次と和葉が顔を出す。

快斗は自分の格好を特に気にすることなくクスクスと笑った。

 

「由佳。しっかり3人を接客して。俺は新一を起こしてくるから。

 あ、あと、雅斗達もな。」

「は〜い。」

機嫌が少し戻ったらしい快斗の声に由佳はホッとため息をつく。

そして、葉平の手首を持つとパタパタとしたに下りていった。

 

さて、俺はお姫様を起こしに行きますか。

おそらく、目は覚めているだろうけど、機嫌は最悪だろう。

毎度の事ながらアポ無しでくるあの一家には驚かされる。

文句の一つや二つは覚悟しとかなきゃな。

快斗は大きな欠伸を一つ漏らすと、のんびりと自室に戻っていくのだった。

 

 

それから全員が客間に揃ったのは一時間後。

夏場だからハイネックなど着れるはずもなく、

当然の如く新一の首筋には紅い跡。

もちろんお子さまな葉平に、“蚊に噛まれたんか?”と聞かれて新一は顔を赤くした。

 

「で、急にどうしたんだ。服部。」

「ああ、それがな九州の親戚からスイカが送られてきたんや。」

 

平次は紙袋から緑色の大玉を取り出すとポンポンとそれを叩く。

ようするにスイカのお裾分け、と言ったところだろう。

 

「へぇ〜。美味しそうな音じゃん。」

「そやろ。でな、ここの庭ですいか割りしよう、思てんねん。」

快斗の声に気分を良くした平次はニコニコと微笑みながら、

先程スイカを取り出した紙袋に手を突っ込む。

そして、ガサガサと中を探った。

 

 

 

 

「お、これやこれ。目隠しの布。棒はこの家にあるやろ。」

 

「すいか割りか。久しぶりだなぁ。」

 

雅斗は興味深そうに目隠しの布を手に取ると“俺、棒を持ってくる”と立ち上がる。

 

「じゃあ、私は哀姉と博士を呼んでくる。」

「俺は、ビニールシート。」

「私はお皿とお塩ね。」

 

パタパタと分担して準備を始める子供達に、はしゃいでるな〜と快斗は苦笑した。

 

 

こうして、哀と博士を含めた11人で“スイカ割り大会”は始まる。

ルールは今まで通り、周りの人間の声が響く中、スイカが割れることはなく

他の人に棒が当たろうとして、その場は異様な盛り上がりを見せる。

 

「じゃあ、次は新一ね。」

 

そう言って快斗が取り出したのは、先程まで使用していた布ではなくシルクの布地。

さすがね・・と哀は快斗の行動に呆れたような表情をつくる。

 

「おい、快斗。」

「新ちゃんのお肌が傷つくでしょ。」

 

文句言わない。と耳元で告げて、快斗はおとなしくなった新一の目にそっと目隠しをする。

 

そして正面から見えていないことを確認しようと、新一の前に立ったとき

快斗はグッと生唾を飲み込んだ。

イスにおとなしく座っている新一の目には目隠し。

なぜか、そっち方向に思考は飛んでしまう・・・。

 

「黒羽君、妄想するのは後にして。」

「はい。」

 

こんどはこういうシチュエーションも良いな〜と思いフフッと笑えば

新一がブルッと身震いをする。

おそらく、なにか不穏な空気を察したのだろう。

さすがは新一だと、葉平意外の人々は大きく頷いて感心した。

 

「じゃあ、これ、棒ね。」

「おう。」

 

手にしっくり収まる棒を持って新一はゆっくりと立ち上がる。

これは一種の勝負事。

負けず嫌いの新一としては一発で成功させたいところだ。

 

「工藤君、右よ、右。」

「あ?右か。」

「ち、違う。新一、こっちじゃない。」

 

哀が楽しそうに指示を出す方向は、もちろん快斗がいる場所で

快斗は慌てたように新一を制す。

このままでは、スイカではなく頭をかち割られてしまうのだし。

 

「はぁ?どっちだよ。」

「工藤、そのまままっすぐや。」

「そうそう。まっすぐ。」

「工藤君、少し左ね。」

 

ジリジリと追いつめられていく快斗。

どうやら周りも哀のいたずらに乗ってきたようだ。

冗談じゃないと逃げつつも、哀の指示は的確で、気がつけば壁際まで追いつめられていた。

 

「工藤君、目標はすぐそば。迷わず振り下ろして。」

「おっし。行くぞ。」

「違う、新一。違うって!!!」

 

ヒュッと棒が高く振り上げられる。

どうやら快斗の忠告はまったく耳に届いていないらしい。

 

ああ、こうなりゃ最終手段だ!!!!

 

快斗はスローモーションのように振り下ろされるその棒が頭にあたる瞬間、

思いっきり新一に近寄って、唇を塞いだ。

そう、新一の動きを止めるにはこれしかない。

 

「んっ。」

 

ピクンっと予想通り新一の持っていた棒は、快斗にぶつかる直前で止まる。

そして快斗は目隠しという美味しいシチュエーションでキスをできた歓喜に酔いしれた。

 

「おい、快斗っ。」

「ありゃ、目隠ししたままでも俺だって分かるなんて、愛だね〜新ちゃん。」

「んっ、・・・はぁ・・・もうヤメロって。」

「どうして、俺としてはもっと・・・。」

 

パコーン

 

「天誅。」

 

壁際でキスを仕掛ける快斗の頭に振り下ろされたのは先程の棒。

ただし新一のてからそれは抜き取られ、思いっきり振り下ろしたのは由梨。

 

快斗はあまりの痛さに、その場に倒れた。

 

「いってーーーー。」

「自業自得。恥じらいないの?お父さん。」

 

冷ややかな視線で睨み付ける由梨に快斗は返す言葉もない。

 

その後、スイカは見事に新一の手によって割られたが、

当然の事ながら、初夏の美味しいすいかを快斗が口にすることはなかった。