わたくしの主人は、駆け出しのマジシャンでございます。
もちろん、言うまでも無く、腕も人気も若手ではトップをひた走り、連日取材がたえません。
ショーの予定も来年まで詰まっております。
加えて、夜に副業をしておりますので疲労もかなりのもの。
それでも、都心から少し離れたこのボロイ、
いや、味のあるアパートで暮し続けるのには理由があるのです。
〜工藤荘の迷惑鳩?〜
「おい、起きろ。ぐーたらマジシャン!」
私を手に乗せて、201号室の扉を蹴破った方。
この方は、アパート工藤荘の管理人でもあり、主人がここに留まっている原因でもあります。
というか、管理人さん。
自分のアパートを自分で壊して良いんですか?
「ん?何か言いたそうだな。扉のことか?良いんだよ。
おまえの馬鹿主人が出る時にたんまり修繕費はもらうから。」
さすがは管理人兼名探偵。
私の考えていることも分かるようです。
「管理人さん、馬鹿馬鹿ってひどくない?これでも人気マジシャンは久々の休みなんですけど。
寝坊したって誰も咎めないくらい、働きづめで・・・。」
「そう思うなら自分のペットくらい管理しろ。朝から俺の睡眠をポッポポッポと邪魔しやがって!!
だいたい何度も言うがうちはペット禁止だ!!」
午前9時。
本来あまり大きなアパートでは無いため
きっと管理人さんの声は全ての部屋に届いているでしょう。
ちなみにこの工藤荘。
1階はすべて管理人さんの自室になっておりまして
(ほとんどの部屋が本で埋め尽くされております)
201に主人の黒羽快斗
202に色黒大学生探偵、服部平次
203に謎の魔女、小泉紅子
204に謎の科学者、宮野志保
205にナルシスト大学生探偵、白馬探
といった癖のある面々が暮しているのです。
あ、これで全部屋ですよ。2階建ての小さな建物なので。
「ペットって、そいつはパートナー。俺の大事な仕事仲間!!」
「だから、金があるんだから、さっさと都心に引っ越せばいいだろ?
ペットOKの物件だって最近は多いぞ。」
私を寝ぼけ眼の主人の頭の上に置くと腕組みして管理人さんは見下ろしました。
怒っている顔もやはり綺麗なお人です。
「俺はここが気に入ってるって言ってるだろ。」
「こんなボロアパートのどこが良いんだ?住人だって変人ばかりだし。」
「ボロでも変人でも、ここが良いんだよ!」
繰り返される口論はもはや日常のもので、これだけの言い合いをしても住人の1人も出てきません。
ご主人も素直になれば良いんですが、未だに、その、気持ちを伝えられていないのです。
本当は管理人さんと暮したいからお金を稼ぐようになってもここに居るという理由を。
で、私の出番なわけです。
こうして主人が休みの日に、管理人さんの睡眠を妨害すれば
主人と管理人さんは顔を合わせることができます。
管理人さんは本を読み始めると、外には出ないお人なので。
ね?私、頑張っているでしょう。
「ああ。もうキリがねぇ。朝飯は?もう食べたのか?」
「そんな体力ねぇよ・・・。」
「分かった。下で準備してるから。おい、おまえらも聞こえてるんだろ?
全員分作ってるから、30分したら降りて来い。」
管理人さんが部屋から出て、他の住人の皆さんに聞こえるように叫びます。
なんだかんだいって、面倒見が良いのです。
それに、管理人さんのご飯は鳩の私でも大好きなのですよv
そのまま下に下りていった管理人さん。
その背中を主人は寂しげに見つめています。
「あぁ。なんで言えないのかなぁ。管理人さんが居るからここに居るって。」
うう、ご主人。
その気持ちを私が伝えれれば良いのですが。
主人は私を頭からおろし、優しく撫でてくれました。
「おまえも毎回、管理人さんのとこに行って。協力してくれてんのにさ。」
いえいえ。これくらいのこと当然です。
ただでさえ、このアパートには・・・。
「黒羽君。管理人さんに迷惑をかけるのはやめたまえ。」
「そうやで、黒羽。ペットの管理くらいできんと。」
「なんなら、私の魔術に使ってあげてよ?」
「あら、私の実験でもいいわね。」
ひ、ひぇ。
で、出ました。
そうなのです。
他の住人の皆様もお金があるのにも関わらず、しつこくここに居続けているのです。
さらに厄介なことに理由はご主人と同じで・・・。
「うるせぇ。こいつはパートナーだ。おまえらだって人に言えないくせに。」
そう言ってあいたままの扉を主人は思いっきり閉めました。
その反動で、ドアが少し歪んだのはみないことにしましょう。
あと30分もすれば、皆が一様に食卓を囲みます。
わいわいと喧嘩をしながら。
その時に、管理人さんがどこか幸せそうなのをここの住人達は皆知っているのです。
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