「黒羽って、何かバイトでもしてるのか?」

「さぁ?だけど、2年前からだったかな。放課後になったら直ぐに帰りだしたのは。」

「ふ〜ん。彼女とかいるんだろうな。」

講義を終えたと同時に帰っていった友人を見送りながら、彼らはそんな会話を続けた。

Moon right

 

秋も終わりを迎えた頃、快斗は大学2年生となっていた。

昨年、待望の赤ん坊が産まれて以来、マジシャンで養っていこうかと考えた快斗だったが、

母親と新一のたって希望により大学に行くこととなった。

 

家計の方は新一が探偵事務所を服部と開設しているし、快斗も大学に通いながら、

合間をぬっては大企業やTV局主催のショーに出演しているため、充分成り立っている。

 

「ただいま〜」

「「パパー♪」」

「お帰り、快斗。」

 

この笑顔見たさに快斗がキャンパスライフもそこそこに帰っていると知ったら

同級生はどんな顔をするのであろうか?

もちろん、彼が結婚している。まして、子持ちとは殆どのものが知らないのだが。

 

「パパ、まじゅっくー。」

「みちぇてーー。」

最近覚えたおぼつかない言葉でねだってくる2人を快斗は微笑みながら、両手に抱く。

あと数ヶ月ほどで2歳となる子ども達の幾分重みも増したことが抱いた腕に伝わってくる、

それによって2人の成長を感じるのが最近の快斗の楽しみでもあった。

 

「ちょっと待ってな。ママに挨拶してないから。」

快斗は腕の中でキョトンとしている我が子にウインクすると、

目の前にいる愛妻に“ただいま”のキスをする。

未だかつてその行為に慣れない新一は“おかえり”のキスを済ませる・・・はずもなく、

お返しとばかりに子ども達には決してダメージのないように蹴りを食らわせた。

 

「仕事あるから、パパと遊んでろよ。」

新一は、子ども達をおろして蹴られた臑をさすっている旦那を後目に子ども達の頭をなでると

さっさと自室へと入っていった。

 

 

「パパ、だいじょうぶ?」

「・・・なんとかね。」

一緒に仲良く食卓の隣の部屋にある暖炉の傍まで歩いていくと、

雅斗は快斗を心配そうに下からのぞき込んだ。

それに、快斗は苦笑しながら雅斗の由佳の間に座り込む。

 

「さてと、そろそろ始めますか。」

快斗は子ども達が向かい側に座り直して、好奇の視線を向けてきたことをも確認すると、

先ず手始めに、小さなコスモスを由佳の手の中に雅斗には胸元のポケットにお菓子出現させる。これが、3人だけのショーの始まりの合図。

 

それから、どんどん技のレベルは上がっていき、子ども達の歓声も増していくのだ。

 

「毎日、よくネタがつきないよな。」

2階で仕事の依頼をレポートにまとめながら、

新一は下から聞こえてくる子ども達のはしゃぎ声に苦笑を漏らした。

その瞬間、開けっ放しの扉から冷たい風が吹き込んでくる。

 

それに軽く体を震わせて、気温がめっきり下がってしまったことを認識すると、

新一は席を立って窓を締めに向かった。

そして窓の縁に手を掛けた時、綺麗な満月を瞳にとらえた新一はふと昔のことを思い出す。

 

「そういや、あいつと始めて会ったときもこんな夜だったかな。」

 

 

今よりはずっと寒くて、もっと暗かった気もするけど。

そう、こんな月の綺麗な夜だった。

 

 

 

「蘭姉ちゃん、おやすみなさい。」

「おやすみコナン君。」

冬用の分厚いパジャマを着込んだ俺は食卓で

未だ片づけをしている蘭にあいさつをすると自分の部屋へと入った。

下からは小五郎のおじさんが野球観戦をしながら大声でわめき散らす声が聞こえてくる。

本当にこの姿になってからはいつも通りの夜だった。

 

その時の俺にとって気を抜ける場所は阿笠邸かこの部屋だったろうと思う。

小学生を演じて、沢山の人を偽って・・・。

真実を証すはずの自分が何をしているのだろうと苦悩したことは計り知れない。

それでも、今の状況が一番安全と分かり切っていたから贅沢も言えなかったし、

逃げ出すこともできなかった。

 

「もう、蘭のやつも寝たみたいだな。」

1日のことや、今までのことを考えているとあっという間に時間は過ぎていく。

日頃は気にも掛けない規則的な時計の音もなぜかこんな時は無性に耳障りで。。。。

そう思って、その音の発信源に視線をやると短針は1と2の間を指していた。

 

 

バサッ

 

 

「あれ?俺、窓閉め忘れたのか?」

 

部屋のカーテンが風によって大きくなびいたのに気づいて俺はいぶかしく思いながらも

そっと窓辺へと近づく。

そして、俺の視界を埋め尽くしたのは満月をバックにした気障な怪盗だった。

 

 

 

「起きていてくださったとは光栄です。きっとあの月が私達を導いてくださったのでしょう。

・・・名探偵。共に戦いませんか?」

 

 

 

 

「さぶっ。」

風に当たったまま物思いに耽っていたことにたいしてか、はたまた快斗が

昔言った言葉にたいしてか、新一は体を震わせながらそう漏らすと、ピシャリと窓を閉めた。

 

いつのまにか薄暗かった外もすっかり夜になってしまっている。

下で騒いでいたはずの声も聞こえなくなっていた。

おそらく、子ども達は疲れて眠ってしまったのだろう。

それはいつものこと。

だが、それでも微妙な違和感が新一の中にうまれる。

 

そう規則的な包丁の音が聞こえないのだ。

 

「あれ?快斗のやつ、もう夕飯を作り始めてもおかしくねーのに。」

 

新一は寒くなったため、軽く薄手のコートを羽織ると階段を下りていく。

やはり、下に降りても快斗が料理をしている気配は微塵も感じられなかった。

 

“絶対おかしい”

そう思って彼らがいるであろうその部屋をのぞき込むと、

雅斗と由佳が気持ちよさそうに寝息を立てていた。

肌寒さを感じて快斗がつけたのだろうか、傍ではパチパチと暖炉の火が燃えている。

 

「一緒に寝てるとわな・・・。」

そして、子ども達2人の隣に目的の人物はいた。

これまた子ども達と同じような格好で寝息を立てている。

 

「これじゃあ、どっちが親かわからねーな。それに、火事に出もなったらどうするんだよ」

新一は呆れながらもその暖かな雰囲気にうっすらと微笑みを浮かべる。

 

あの寒い月の夜。

彼と会わなかったらおそらく今の家庭もなかった。

そう考えれば、子どもになったことも悪い経験ではない。

 

「風邪、ひいちまうぞ。」

暖かい大きな毛布を3人にかけると、新一は音を立てないようにキッチンへと向かった。

 

おいしそうな料理の香によって、大きな子どもと小さな子どもが目を覚ますのは、

もう少し後のこと。

 

◇あとがき◇

どうも、年齢計算があやふやなような。次回は、事件ものにしようかな。

 

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