少し肌寒くなった空の下を快斗は走っていた。 彼の店へと向かうこの瞬間が、彼にとっては幸せなひと時だ。 そしていつも、羽があればいいのに、と思う。 夜であれば白い姿で飛んでいけるのに・・と。 「俺の秘密、いつかは新一に話したいな・・・。」 彼が名前を自分だけに教えてくれたように。 けれど、その気持ちと同時に浮かぶのは不安。 犯罪者の自分を彼が受け入れてくれるかどうか・・・。 新一が何かの事件にかかわり、それが原因で、彼の関係者が殺された。 きっと、犯罪には強い嫌悪感を持っているはずだ。だから、今はまだ。 視界に入った店に快斗は心に浮かんだ考えや気持ちを軽く頭を振って捨て去る。 そして元気よく彼の店の扉を開け放てば いつものように来訪者を継げる鐘の音が店中にこだました。 ―隣に並ぶ日まで― 「すみませんけど、今日は臨時休業で・・・って。なんだ快斗か。」 奥のほうで作業をしていた新一は顔を上げて来訪者を確認するとフッと小さく笑う。 その表情に快斗は鞄を近くのテーブルに置くと、彼へと歩み寄った。 ギシギシと軋む床は、ずいぶんとこの店が古いことを物語っている。 現に新一が今、している作業も店の補強だ。 「なんだ、って失礼じゃない?」 「安心したって意味だよ。それに、今は呼んでも良いぜ。誰もいないし。」 軽くあたりを見渡す快斗の様子に真意を汲み取ったのだろう。 新一がそう促すと、快斗は嬉しそうに微笑んだ。 「新一〜〜。」 「うおっ。急に抱きつくな。」 釘打ちする新一の背後に回り、ぎゅっと抱きしめる。 高校生としては未発達な自分に比べて、彼は成人した大人の肉体を持っていた。 もちろん自分よりはずっと細くて華奢ではあるけれど。 こんなときに年齢差を感じて、少しだけ寂しくなってしまう。 「快斗?」 「俺も早く大人になりたいな〜って思ってたの。」 「大人って・・・すぐだろ。高校生活なんてあっという間だし。」 そういう発言が大人なんだ。という言葉は飲み込んで 快斗は新一の手から金槌と釘を盗み取った。 「日曜大工は俺も得意だし。綺麗な手を怪我したら大変でしょ?」 目を見開く彼にそう説明して、壊れかけた部分を補強する。 「そういうお前だって、大事な手じゃねぇか。」 「へまなんてしねぇもん。」 言いながら見る見るうちに壊れかけた壁は直っていく。 その手際のよさに感心しながら新一は席を立つと、コーヒーを煎れに向かった。 きっとちょっとしたお礼のつもりなのだろう。 数分後には彼の煎れるとびっきりのコーヒーの匂いが店中に充満する。 この匂いで安心できると言ったら、彼は気恥ずかしそうに笑うだろうか。 快斗はそんな創造をしながら手早く修理を終わらせた。 「この店って結構古いの?」 「ん〜。まぁ、中古を俺の両親が引き取ったからな。 土台はしっかりしてるからまだまだ壊れはしねぇけど。」 こうも継ぎ接ぎだらけだとなぁ。とコーヒーを手渡しながら軽くため息をつく。 「まぁ、逆にこういう古びた感じが好きって人もいるし。建替えはしないつもり。」 「俺も今の店が好きだな。それにさ、ちょっと工夫すれば、継ぎ接ぎもうまく隠せるよ。」 新一に促されるように立ち上がると、快斗はカウンターに移動した。 新一はカウンターの中に入り、昨日の残りのロールケーキを切り分けている。 快斗の一番お気に入りである、季節限定のマロンロール。 きっと、快斗が今日来るだろうと取って置いてくれたのだろう。 「なんだよ。その腑抜け顔。」 「いや、幸せだなぁって。」 「言っとくけど、本当に余ったんだからな。」 何も言っていないのに言い訳をする彼の頬は若干赤い。 こういうところは、自分よりも子供っぽくて、たまらなく好きだなと思う。 「それより。」 「いでっ。」 「さっきの、どういう意味だ?」 弛みきった頬を掴んで新一は快斗の顔を覗き込んだ。 さっきの、とは、継ぎ接ぎをうまく隠すコツだろう。 「ひゃなしてくれないと、しゃへれまへん(離してくれないとしゃべれません)」 「なら、もう少し男前の顔をしとけ。」 びんっと思い切り引っ張った後に手を離すと、コツンと額を叩かれた。 「横暴だ〜。まぁ、いいや。ほら、もうすぐハロウィンだろ? だから、それ関係の飾りをつけるのはどうかなぁって。」 「そっかぁ。来週だっけ?」 カウンターの置くに備え付けてある壁掛けのカレンダーを見つめながら呟く。 バイトの女の子が店の雰囲気に合うからと買ってきた、風景写真付きのカレンダー。 9月、10月分の写真はカナダあたりの紅葉とログハウスの風景だった。 「ハロウィンが終わったらクリスマスの飾りにすればいいし。」 「クリスマスって、早くないか?」 「そう?今の時代、11月からでも普通だって。」 差し出されたケーキを口に運びながら快斗は来るまでに見た光景を思い出す。 電飾を準備している業者が忙しそうに店を回っていた。 来月になれば、このあたりの街路樹も人工的な光に包まれるのだろう。 「どんどん早くなってくるなぁ。もうちょっと、季節にあったことできねぇのかね。」 「新一・・・なんか親父くさい。」 「うっせぇ。で?どんな飾りをつけるんだ?」 「へへっ。実はもう持ってきてあったりして。俺のお手製だよ。」 待ってましたとばかりに、快斗は立ち上がってテーブルに置いた鞄から取り出す。 高校の授業で選択科目として美術を選択していたから、作ることができた飾り。 木工で自由にしていいと聞いた瞬間、この店の飾りを作りたいと思った。 そうして出来上がったハロウィンのプレートや飾りを美術の先生も感心していたっけ。 取り出された作品に新一もしばし手にとって興味深そうに眺めていた。 機械でなく手でつくられたそれは十分な温かみもある。 お化けカボチャに箒に乗った魔女。黒猫や蝙蝠なんてものもあり、女の子達は喜びそうだ。 「あと、テーブルに置く小物もね。」 「よくこんなに作れたな・・・。」 「俺に不可能なことは無いから。」 新一は収まりのいい何個かを手にとって、全てのテーブルに並べる。 一方の快斗は先ほど直した壁にかけたり、リースを入り口に飾った。 そして、ものの数分で、店は一気にハロウィンの雰囲気へと早代わりする。 新一は腕を組んでぐるりと店の中を見渡すと満足げにゆっくり頷いた。 「ほんとにすげぇな。快斗は。」 「旦那さんにしたくなった?」 「なんで俺が嫁なんだよ。」 横に並んで見上げれば新一が小さく笑う。 まだ少しだけ身長の高い店長さん。 けれど日々、追いついてきているとは思う。 「・・俺がいつか追いつくから。身長も、内面も。きっと成長するから。」 彼の苦しみを少しでも背負えるように。 だから、だから・・・ 「待っててくれない?」 ギュッと今度は正面から抱きしめると、 「おまえにはやるべきことがあるんだろ?」 「・・・新一?」 「それを終えるまで待っててやるから。そう焦るな。」 新一は快斗の背中から手を離すと、彼と距離をとりそっと口付けをおくる。 触れるだけの優しいキスを。 きっと彼は知っているのだ。自分の秘密を。 どうしてかは分からないけれど、新一だからと思えばすんなりと納得できた。 「やべぇ、泣きそう。」 まだまだ子供な自分だけど。 彼より何年も短くしか生きていないけど。 早く大人になりたい。早く全てを終わらせたい。 快斗は再び彼を抱きしめて強く心からそう願うのだった。 END |