「あれ?これどうしたの。」 「ああ、帰りに見つけたから買ってきたんだ。いいだろ?」 由佳は真っ赤なランドセルをイスの上に置いて、窓のそばへと寄る。 外で水まきをしている快斗はニコリと自慢げに笑った。 ◇夏の音◇ 打ち合わせが思ったよりも早く終わって、日頃は入らない路地裏を のんびりと歩いてきたときに耳に届いたのは懐かしい音。 その音に導かれるように奥へと進めば、 突き当たりに昭和のおもむきを感じさせる一軒の金物屋。 “まだ、こんな店が残っていたんだ”と思いながら 快斗は音の出所であるその店へと入った。 鍋に包丁と、幅広い分野の金物が店内にぎっしりと置かれていて、 快斗が捜していた物は店の軒先につるしてあった。 ちりり〜ん ちり〜ん 「南部鉄器制の風鈴か・・・。」 最近はいろいろとお洒落な風鈴が多くなってきて、こんな古風な物は珍しい。 ガラス製やキャラクターを象った安価な物よりは値段が張るが、 音は比べ物にならないほど上質だ。 「あら、珍しい。若いお客さんだね。」 目を瞑って、その音に浸っていたら奥から品の良さそうなおばあさんが顔を出した。 「こんにちは・・・これ貰えます?」 「ええ。今からはこれで涼をとる季節ですからね。」 おばあさんは小さな身長を一生懸命伸ばすと、軒先にかかった風鈴を手に 古新聞を使い、それを丁寧にくるむ。 「久々に良い買い物したなぁ。」 快斗はそれを大事に鞄の中へとしまうと足取りも軽く帰路につくのだった。 「夏草や兵どもが夢の跡・・・松尾芭蕉の俳句だよね。」 風鈴についている紙に書かれているのは 小学生の彼女でも知っているほどの有名な一句だった。 余韻漂うその俳句はその風鈴によく似合っている。 「俳句なんてついてたんだ。」 「気づいてなかったの?お父さん。」 「うん、音に惚れ込んだからね。」 由佳は庭に出ると快斗の隣に立った。 初夏の陽気な庭は快斗のまいた水によってきらきらと輝いている。 そして、ホースにはうっすらと虹が見えていた。 「なんか落ち着くな。あっ、今から紅里ちゃんと遊ぶんだった。行って来ます。」 「あんまり遅くなるなよ。」 「分かってる。」 バタバタと慌てて出ていく由佳に苦笑を漏らしながら、 快斗はホースをその場に置いてもう一度風鈴に書かれた俳句を見る。 「夏草や兵どもが夢の跡・・・なんか染み入る言葉だな。」 「特にこんな日は・・・・か?」 「新一?」 おそらく、家に入らず表門から直接庭に来たのであろう 鞄などの荷物は手に持ったままだった。 新一は長袖をひじの辺りまで折り曲げながら、 快斗が置いたままにしているホースを手に取る。 「新一。この俳句を聞いて何を考えた?」 「組織のことだな。」 「やっぱりね。」 あんなに政府を煩労して世界を手玉に取ってきた組織も今は影も形もない。 この俳句は没した平家一族を詠ったものだが、あの組織にもぴったりと当てはまる。 「いいね〜風鈴は。なんか、こう、和やかな気分になるし。」 俳句の書かれた紙を離せば再び ちりり〜ん と涼しげな音を奏ではじめる。 「夏の音だね。」 「なに、さっきから語ってんだよ、バカイト。」 「つめたっ」 手に持っていた荷物を足下に置いて、新一はホースの水を快斗の顔めがけてかける。 そして、それは新一の思惑通り彼の顔をぬらした。 「たまには語らせてよ。」 「似合わねーって。」 クスクスと笑う新一からホースを取り上げて、報復放水。 頭から水を思いっきりかぶった新一は、濡れた髪を掻き上げて、 持ち帰った鞄の中から予想も出来ない物を取り出した。 「動くな、快斗!!」 「新一、そんな物どうしたの!?」 「帰りに見つけたんだよ。」 水風船と空気圧縮つきの水鉄砲。 後者の物は、水鉄砲と呼んで良いのか迷うほどの威力があった。 水風船と水鉄砲のW攻撃に快斗はホースで応戦する。 上手く割れなかった水風船を投げ返したりもして・・・・ 「何やってるの?」 「だいの大人が・・・。」 夕方に帰ってきた由梨と悠斗がずぶ濡れになって庭で遊ぶ両親を見て、 呆れたようにため息を付くのも無理もない話だろう。 その年からというもの、 夏になれば黒羽家から涼しげな音が聞こえ通る人々の心を和ませたとか。 あとがき 風鈴〜今からぴったりの季節ですね。 |