軽いリズムの太鼓や笛の音が響く神社の参道。

その両脇では露店がにぎわい、道は浴衣姿の恋人や家族連れでいっぱいだった。

今日はここ、帝都神社の年に一度の夏祭り。

日頃はあまり人の寄りつかないこの場所も今夜だけは中心地のような輝きを見せる。

最後に特大の花火大会もあることも手伝って、

地元の人々のほとんどは毎年この行事で夏を実感していた。

 

 

〜晩夏のおもひで〜

 

 

人々がその夏祭りを楽しむ中、不機嫌顔の男が一人。

大勢の浴衣を着た同級生に混ざって彼はいた。

 

「快斗、せっかくの祭なんだから楽しもうよ。」

 

緑の浴衣に紅い帯を巻いた、いつもより少し大人びて見える幼なじみがそう言って

いつの間に買ったのか焼きトウモロコシを手渡す。

快斗はそれに軽く首を振って“いらない”と言葉をそえると又ため息を付いた。

 

毎年恒例の《クラスメイトで夏祭り!!》という訳の分からない企画は

小学校4年生から続いているので今年で8回目。

別段、快斗も気の合う仲間達と馬鹿騒ぎするのは好きだからこの行事は嫌いではない。

でも、今年は別に誘いたい相手がいたのだ・・。

 

そう思いながら隣を見ると、やるせない表情でいる友人2人が目に入る。

おそらく彼らも自分と同じことを考えているのだろう。

初夏に出会ったあの名前も知らない“店長さん”と一夏の思い出を作ろうと思ったのに・・・と

 

「なんや、黒羽君も元気ないん?」

「あっ、和葉ちゃん。“も”ってことは服部君も?」

「そうなんよ。たこ焼きあげよ思うたんやけど、“大阪のたこ焼きしか喰わへん”いうんよ。」

 

和葉の手には爪楊枝の刺さったままのたこ焼きがパックに数個転がっていた。

その1つを口に運んで、残りを和葉は青子へと渡す。

青子も誰にも食べて貰えないトウモロコシを和葉へお返しに渡した。

 

和葉と青子はそれから二人していろいろな話で盛り上がりはじめる。

もう、平次や快斗にかまうのは止めたようだ。

快斗はフウっとまた短めのため息を付いた。

 

 

「あんまりため息付いてると、幸せが逃げちまうぜ。」

 

 

パン

 

頭をうちわではたかれた感触とその聞き覚えのある声に、快斗ははじかれたように

たれ下がっていた頭を上げた。

そして、後ろを見れば紺の浴衣に身を包んだ“店長さん”が確かにそこにいた。

 

 

「えっ、何で?」

「バイトの子達に誘われたのはいいんだけど、はぐれちまって。」

 

“帰ろうかと思ってたら、黒羽が見えたんだ”

そう付け加えて“店長さん”は苦笑する。

 

その姿はそれだけで様になって、すこしはだけた浴衣が彼の流麗さをさらに誇張していた。

快斗は彼に出会えたことを神様に感謝する。

 

 

だが、そんな幸せも長くは続かない。

 

 

 

「店長さんやないか。」

「今日はお誘いしようと思ってたんですよ。」

「服部に白馬。おまえら、本当にいつも3人で仲良いな。」

 

ほぼ毎日店にくる顔ぶれが揃って、“店長さん”はクスクスと笑った。

どうせなら彼女とかとこいよな。そんな冗談を言いながら。

 

 

店長に会いたくて行っているだけでこいつらと一緒にいたいわけじゃない。

 

 

3人は内心そう思っていたが、それを口に出すことは出来ず乾いた笑みを浮かべる。

 

「良かったら、俺と一緒に回りません?店長さん。」

 

「なに言うとんねん。黒羽は幼なじみほったらかしたらあかんやろ。

てなわけで店長さんわいと一緒にまわらんか?」

 

「服部君も遠山さんがいるでしょ。ぜひ、僕と・・・。」

 

「いや、いいよ。だってクラスできているんだろ?学生のうちは学生を楽しまなきゃな。」

 

快斗は“店長さん”のその言葉にふと疑問を持つ。

そういえば、彼は何歳なのだろうかと。

 

年齢だけでも聞いておこうと視線を向けたとき、

“店長さん”はふとある店に目を留めてそちらの方に歩き出した。

 

 

 

「射的、好きなんだよ。」

3人が付いてきたことに気づくと、

“店長さん”は子どものような笑顔を作ってそう言った。

少し、恥ずかしそうなその表情は近くにいた人全ての体温を上昇させる。

 

「おじさん、1回分。いい?」

「僕もします。」

「お〜れもっ。」

「わいもするで。」

“店長さん”の言葉に引き続いて、3人はハゲ頭の射的の亭主にお金をそれぞれはらった。

 

 

2メートルほど先の回転台にお菓子や置物が乗せてありゆっくりと回っている。

 

 

店長さんはコルクを念入りに銃口に詰めると、目を細めてねらいを定める。

 

パンっ

小さな音と共に黄色のキャラメルの箱が地面へと落ちた。

 

そのあとも、10発全てで子豚の置物やラムネ飴を落として、

その腕の良さにいつのまにかギャラリーが出来ているほどだった。

 

「はい、おめでとう。」

 

商品を袋詰めにして、ハゲ頭の男は“店長さん”に手渡す。

だが、その袋は“店長さん”に渡される前に、快斗が受け取った。

 

「俺が持つよ。それに、服部と白馬は射的に夢中みたいだし。一緒に回らない?」

 

友人達は全てどこかへ移動しているし、白馬や平次は射的に夢中。

“店長さん”を誘うのにここまでいいシチュエーションはないだろう。

 

「回っても良いけど、俺、少し疲れたんだよな。」

「じゃあさ、とっておきの花火のポイント知ってるから、案内するよ。」

 

迷ったような“店長さん”の右手を取って、快斗は脇道へと走り出す。

平次や白馬が気づく前に、ここを去りたかったから。

 

 

 

 

快斗が案内したのは境内の裏手にある小さな丘だった。

木が程なく生え、無視が少々いるものの、静かでそれでいて涼しい。

少し開けた場所から、露店の明かりが見え、笛の音や人々の声が遠くで聞こえていた。

 

「いい場所だな。」

「父さんが教えてくれた秘密の場所なんだ。もう、いないけどね。」

 

“だからここは俺と店長さんの秘密の場所だよ”

快斗はそう付け加えると唇に人差し指を当てて、ウインクした。

 

「いいのか、俺なんかが教えて貰って。」

「店長さんだからこそ教えたかったんだ。」

 

草の上に腰を下ろしてゴロンと空を見上げる。

“店長さん”はゆっくりとその横に座った。

 

しばらく沈黙が流れる。

“店長さん”は遠くに見える祭会場を眺め、快斗は夜空を眺める。

聞こえるのは虫の声と若葉のこすれる音、それに祭の音。

その沈黙は決して嫌なものではなかったけれど、

快斗は遠くを眺める“店長さん”に視線を移して意を決したように口を開いた。

 

「ところでさ、店長さんはいくつなの?」

「あ?急にどうしたんだ。」

 

起きあがった快斗に少し驚きながら、“店長さん”は小首を傾げる。

 

「前から思ってたんだ。あんまり、かわらないよね?オレと。」

「19だから、2つ上だな。高校は中退したんだ。

 両親が死んで店を継がなきゃいけなかったから。」

 

哀しそうな笑顔。

そんな顔をさせたくて聞いたんじゃなかったのに。

 

快斗は自分の失言を悔やんで“ゴメン”と言葉を付け加える。

“店長さん”は軽く首を振った。

 

「黒羽も話してくれただろ。」

「じゃあさ、ついでに店長さんの名前も教えてくれない?」

 

ずうずうしいとは思ったが、もう我慢できなかった。

彼を知りたいと思う気持ちを止めることは出来ないから。

 

 

 

 

ヒュ〜〜〜〜 

 

ズドンッ

 

 

快斗の言葉と同時に花火が始まる。

鮮やかな花が空に咲き一瞬で散っていった。

“店長さん”に声は届いていなかったのか、彼は夢中で花火を見ていた。

快斗も少し肩をすくめて花火に見入る。

 

 

今日は一緒に花火を観れただけで充分かな。

 

そう思いながら。

 

 

 

お互い言葉を一言も交わさずに花火鑑賞は終わった。

そして、夜空に残る白い煙を見ながら夏の終わりを感じる。

 

 

「黒羽。」

「んっ?」

 

名前を呼ばれたと同時に引き寄せられて、頬に柔らかい何かを感じる。

 

 

「俺の名前は工藤新一だよ。花火の御礼な。」

 

耳元でそう声が聞こえたかと思うと、“店長さん”は、

いや“工藤新一”はあっという間に茂みの中へと消えた。

 

彼が去ってしばらくして快斗は気づく。

彼が自分の頬にキスしてくれたことを。

 

顔がにやけた状態でクラスメイト達の元へ戻った快斗は、

さんざんその“にやけ顔”の理由を聞かれたが始終笑顔でそれを流した。

 

「秋は恋の季節だから、がんばろっ。」

 

言えるはずもない一夏の大切な思い出。

頭の中で彼の名前を反復して、新たな季節の到来にさらに気合いを入れなおす快斗だった。

 

 

あとがき

アンケートでリク?を貰ったので『べっぴんな店長さん』の続編を書いてみました。

いかがでしたか?

 

 

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