「いや〜ごめんなぁ。待たせてしもうて。」

皮のコートにデニムのスカート姿の和葉が公園に駆け込んできたのは、

約束の時間から数分過ぎたときだった。

 

〜奥様達のお茶会〜

 

久しぶりに朝方が一桁の気温になって厚手のコート姿が目立つ街並みを歩く3人。

1人は毛皮のコートを羽織っている上品な格好に、流れるような黒のストレートヘアー。

腰元まで自由に放たれた髪は、冬の冷たい風にゆっくりとなびく。

その横を歩くのは、髪を高い位置でまとめた、元気で明るい女性。

少女のような笑顔を持つが、それでも、大人びた皮のコートを着こなしている辺り

それなりの年齢であるのだろう。

そして、2人に守られるようにしてあるく女性は、誰よりも輝いていた。

黒のコートに身を包み、髪は肩にかかる程度。

シンプルなブランド物ではない洋服も、彼女にかかればそれだけで価値を見いだす。

 

それだけ街行く人々の視線を独占する強烈的な3人が向かったのは、

駅の近くにある喫茶店だった。

 

「な、何名様でしょうか?」

「3名です。」

バイトをはじめたばかりの学生が、入り口で人数を確認する。

がちがちなその口調に新一は漠然と、バイトに緊張しているのだろうと思って、

なんとなく微笑ましくなり、ほころぶような笑顔を浮かべた。

 

「右ストレート。一発KOやな。」

「相変わらず即効性があるのね。」

 

その笑顔に鼻血を吹いて倒れたバイト生。

だが、店長は彼がお客様の進路を塞いだ思い

慌てて足を引っ張って彼を撤去した。

まったく粗野な扱われようである。

 

「すみません、新人な者でして。さぁ、さぁ。こちらへ。」

 

メニューを持って、一番奥の日当たりの良い席へと3人は誘導される。

新一は若干、先程の学生君を心配したが、“まっ、いっか”と

遅れを取らないよう目の前を歩く紅子と和葉に続いた。

 

 

「なんか、おもしろいよな。いつも。」

「それは工藤君がいるときだけよ。」

「ほんま、工藤君とおるとあきんわ。」

 

自分が水を持っていくと荒そう従業員に、こぞって近くの席を確保しようとするお客。

新一にとっては見慣れた光景だが、初めて新一と出かけた時、2人は心底驚いたものだ。

まぁ、それだけ目の前の女性が魅力的だと言うことなのだが。

 

「で、どうしたんだ和葉ちゃん。」

「服部君と何かあったんですか?」

BGMに“最初はグー、じゃんけんぽん”と、気合いの入った従業員の声が聞こえる中、

さっそく新一は本題へと入った。ゆっくりとしていきたいのだがこの後依頼も入ってる。

 

「それが、平次のやつなぁ。うちが平次のしらん男と話してたんを見て、機嫌わるいんよ。」

「あら、のろけ?」

「紅子ちゃん、からかわんといて。うち、最近、平次とぎくしゃくしてるんよ。」

「それって、喧嘩でもしたのか?」

「なんか、大切に思われてんのはわかるんやけど。・・・慣れないって言えばええんかな。」

「まぁ、確かに服部君は意地っ張りだったからね。」

 

ようやく“じゃんけん”の勝利者らしき男性が、

肩で息をしながら“お水です”とテーブルに並べる。

そして、オーダー表を胸元から取り出した。

 

「コーヒー。」

「私は紅茶。」

「うち、ココア。」

 

と、それぞれ笑顔でその男性に注文する。

紅子と和葉は彼をからかうつもりでやっているのだが、

新一も2人のにこやかな態度に、自然とつられて笑顔になった。

 

「やっぱ最強やなぁ。」

「黒羽君も大変ね。」

「大丈夫なのか?」

「いやぁ〜すみません。彼も新人なもので。」

再び店長が登場し、男の店員は店の奥へと引きずられていった。

 

「で、話を戻すけど、和葉ちゃんはどうしたいんだ?」

「そりゃ、今まで通りしたいんよ。

 なぁ、工藤君は黒羽君のそういう態度にはどう対応してるん?」

「黒羽君のは異常だから参考になるかもね。」

 

紅子は水の入ったグラスを眺めながら、頬杖をついて妖艶に微笑んだ。

和葉は紅子の言葉を真に受けたらしく、キラキラと輝く瞳で新一を見つめる。

新一は“いったい何の参考なんだ”と内心思ったが、言葉に発することはできなかった。

 

「俺の場合はもう気にせずながしてるぜ。服部の奴も、忘れっぽいし。」

「気にすることないわ。それに、嬉しい気分を楽しんでいればいいのよ。

 大切にされてるって思えばいい。」

「なんか、参考になったわ。気にせずいつもどおりやってみる。」

 

和葉は嬉しそうに微笑んで“よっし”と気合いを入れる。

それを見て、新一と紅子はクスクスと笑った。

 

「なんなん?二人して人の顔見てわらって。」

「いや、服部は和葉ちゃんのそんなところが好きなんだろうな。」

「そうね。」

紅子は軽く首を立てにふってそう新一の言葉に同意した。

 

「あっ、あの。コーヒーと紅茶とココアです。」

注文された品物を持ってきたのは女性。

少しは学習したようだ。これなら鼻血で倒れることもないだろう。

女性はすごすごと品物を並べると慌てて店の奥へと消えていく。

そして、他の店員に囲まれて詳しく状況などを聞かれていた。

 

「なんで、うちがココアやてわかったんやろ。」

「分かり易いからじゃない。雰囲気で。」

「どうせうちは大人っぽくないですよっ。

 あっ、分かったわ。白馬君は紅子ちゃんのはっきりした性格に惚れたんや。」

「何それ。誉めてるの。」

「ああ、誉め言葉だろ。」

 

新一はコーヒーに口を付けて、クスクスと再び笑う。

その時かいま見えた薬指の指輪に、

バタバタと男達がショックで倒れたが当の本人は気づいていない。

ただ、ただ、繰り返される会話を楽しんでいて気づかなかったのだ。

 

「まぁ、黒羽君は貴方の全てに惚れだんでしょうけど。」

「ほんま。それは自信を持って言えるわ。」

「は?」

「だから長所も短所も含めて愛してるのよ。」

「無敵の愛やね。」

「そうか?うざいだけだぞ。」

そんな言葉を言いながらも、表所が柔らかであることを2人は知っている。

快斗の話をするときほど綺麗な表情の新一はいない。

 

ほら、現に周りの人々は毒されて倒れている。

 

「でも、好きなんでしょ?」

「そりゃ・・・・。」

「羨ましいわ。黒羽。」

「ええ、世界一の幸せ者ね。」

 

「何で?」

 

「「工藤君に愛されているから」」

 

キョトンとした表情で尋ねる新一に、2人は顔を見合わせて声を合わせて言った。

新一のたった1つの感情を向けられた彼ほど幸せな人はいないのだ。

 

コーヒーを全て飲み終えて、新一はオーダー表を手に取り席を立つ。

3人でお茶を飲むときは、会計の順序は決まっていた。

周りの人間達は、彼女たちが去ることを残念そうに見送っている。

なんとも奇妙な光景も、彼女たちには日常のヒトコマ。

 

「浮気したら大変よね。」

「ほんま、黒羽君、卒倒するやろな。」

 

 

 

「ああ、今日からするかも。・・・浮気。」

 

 

 

唖然とする2人に笑いながら新一は時計を見る。

待ち合わせの時間まであと数分しかない。

 

「わりぃ。先に行くぜ。」

 

意識が戻ってこない2人をレジの前に残して、新一は一目散に走り去る。

彼女たちがようやく解凍されたのは、それから十数分後のことだった。

 

あとがき

旦那様バージョンの前くらいです。

天然のろけな新一君を書きたかったけど・・・不発。

 

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