俺が妊娠してからというもの、快斗の過保護っぷりは度を増した。

日頃が常人の3倍の過保護加減なら今は6倍といっても過言ではないほど。

先日その事を灰原に言ったら“今更ね”と呆れられた。

 

―おまけ編―

 

 

「新一。朝食の準備は俺がするって言ってるだろ。」

 

ほら、来た。

俺は快斗に気づかれないようにため息をつく。

それと同時にフライパンの中のスクランブルエッグがちりぢりに転がった。

 

「今日は俺の当番だろ。だいたい、まだ妊娠2ヶ月にもなってねーのに。」

「やけどでもしたらどうするんだよ。新一はリビングでこれでも読んで待つ。分かった?」

 

ポンッと手に持っていたはずのフライパンが消える。

そして俺は快斗に居間まで引っ張って行かれて、“はい”と分厚い小説を手渡された。

カギ付きのいかにも年代物ですといった感じの本。

タイトルは英語で書かれており、どうやら洋書の類のようだった。

 

俺はそれを受け取って、本と快斗を交互に見る。

快斗はいつも通りの間抜けな笑顔を浮かべていた。

 

 

「新一がおとなしくしてくれるように、取り寄せたんだ。ホームズの初版。」

「・・・サンキュ。」

 

何か言い返そうとしていた俺だったが、

渡されたものが渡されたものだったので思わず礼を言ってしまう。

 

 

「よく、手に入ったな。」

「新一の為だからね。」

 

 

快斗はそう言うと俺の頭をポンポンと子供をあやすように軽く叩いた。

そして“朝食待っててね”と付け加えてキッチンへと戻っていく。

いつのまにかあいつの右手には消えたはずのフライパンがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、完成。って、問題はここからなんだよね。」

 

俺はできあがった料理を並べて、小説に夢中の新一を見た。

新一がおとなしくしてくれるように、必死に手に入れたホームズの初版本。

さすがにその効き目は現役KIDでビッグジェルばかりを狙っていたころより

3倍以上の労力を費やして入手しただけはあった。

 

 

新一は本を読みながら、考える仕草をしたり、

時には口元に笑みを浮かべたりと本当にかわいい姿を見せてくれるし

なによりおとなしくして待っていてくれる。

 

 

だけど、その本から彼自身を引き離すのは容易な事じゃない。

ひょっとしたらホームズの初版を手に入れることよりも難しいのかも・・・。

 

 

俺がしばらく考え込んでいると、ツンツンと足下をつつかれる。

 

「あれ、雅斗。」

 

ニコッと笑って見上げる姿はかわいらしいけど、気配がなかったような。

俺はしゃがみ込み、雅斗と視線の高さを同じにするとジッと彼の顔を見つめた。

雅斗は屈託のない笑顔を絶えず浮かべているだけ。

 

 

――――考えに集中して気づかなかったのかな?

 

 

「マンマは?」

「ご飯?ご飯はできたけど、新一がねぇ〜。」

 

大げさな仕草でため息をつくと、もう一度新一に視線を戻した。

あんなに嬉しそうな顔をして、苦労して手に入れたかいがあったよ・・でも。

 

 

 

「雅斗?」

 

 

視界の端にとてとてと歩く雅斗の姿。

そして、新一の傍に立つとジーッと彼を見つめる。

 

 

「雅斗、無理だって。」

 

 

「マー。」

 

 

小さな小さな声。

俺がここから呼びかけても気づかない新一だったけど、

ふと文字を追っていた瞳の動きが止まった。

 

「マジ?」

 

新一は持っていた本をテーブルの上に惜しむことなく置くと、雅斗を抱き上げる。

 

 

「マー♪」

「なんだ、雅斗。だっこか?」

「マンマ。」

「朝ご飯できたのか。」

 

 

新一の言葉にコクリと頷く雅斗を新一は優しく撫でて

抱き上げたままこちらに歩いてくる。

呆然としている俺に“できたら呼べよ”なんて毒づくしまつ・・・。

 

 

なんか泣きたくなってきた。

 

 

 

「黒羽君、そんなところに立っていたら邪魔よ。」

「哀ちゃん!?なんでここに?」

「今日の9時に検診って言ったでしょ。」

 

哀ちゃんの言葉に時計を見れば、すでに10時。

ひょっとしてご立腹?

 

 

「朝ご飯、もらってもいいわよね。」

「どうぞ。」

 

 

俺はダブルカウンターを喰らった気分で食卓に着く。

俺の苦労が報われる日は・・・・来るんだろうか?

 

 

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