この頃、快斗の様子がおかしい。 高校3年となった私は教卓の前で友達とじゃれ合ってる快斗を盗み見て 青子は最近の快斗の様子を思い起こしていた。 |
◇幼なじみ◇ |
大学受験も大詰めの時期となって、江古田高校の教師達は忙しく歩き回り、 学生達も幾分落ち着きを失ってきていた頃。 ブツブツと参考書を片手に勉強する者、未だに進路に悩んで焦っている者、 就職活動のための資料を読み込んでいる者など様々な受験生が校内にはあふれかえっていた。 「いいわよね、快斗は。頭がいいからどこの大学にも余裕で合格できるし。 だから今の時期でも幸せそうなんでしょ?」 誰もがゆううつな表情をしているなか、青子の幼なじみ黒羽快斗だけはそうではなかった。 それを言えば、皆は笑って“あいつはお気楽だから”とか“頭がイイからじゃない?”とか 言うけれど、長年幼なじみを続けてきた青子にとっては、この数ヶ月間、まるで盆と正月が一緒に 来たように快斗が幸福に満ちあふれていると同時に何かが変わったと感じていた。 「別に大学受験が余裕だからってわけじゃねーぜ。」 「じゃあ、何で?」 「まあ、ちょっとな。」 ・・・・まただ 快斗のその表情にドキリと胸がなるのを感じる。 こういう話題を出したときにだけ見せる柔らかな表情。 今まで、青子さえ見たこともない。 何が快斗にそんな表情を作らせるの? 「ねぇ、今年も初詣一緒に行ってくれる?」 「あ?だって受験前だろ?」 教科書を準備しながら、快斗は青子に視線を合わせることなく怪訝そうな表情を作った。 そんな快斗の様子に席を立って彼の前まで歩いていき無理矢理視線を合わせる。 「1日くらい良いじゃない。羽休みも必要だし。合格祈願もしなきゃ。」 「悪い。俺、用事があるから今年は無理。」 「だって毎年一緒に・・・・。」 「授業始めるぞ。中森。席に着け。」 チャイムが鳴ったと同時に教室に入ってきた数学教師の言葉に最後まで言えずに席へ戻った。 青子が席に着いたのを確認して先生は黒板に文字をはしらせる。 だけど、その時は沢山の数字の列も大切な公式も頭にはいることはなかった。 考えるのは遠くに感じ始めた幼なじみのことだけ。 何が彼を変えたのだろう? 又先ほどと同じ問いを自分に投げかけた。だが、その答えは全く思い浮かばない。 そう、例えればあの黒板に教師が書いている難解な数式よりも難しいのだ。 「中森、おい、中森っ。」 「は、はいっ。」 「何ボーっとしてるんだ。受験前だぞ。気を引き締めろ。ほら、前の問題を解け。」 気がつけば、私は快斗のほうを見てボーっとしていた。 それを運悪く教師に見つかってしまったのだ。 席を慌ててたてば、親友の恵子が呆れた表情でこちらをみている。 快斗といえば、バーカと声を出さずに口で言っていた。 それに、べーっと舌を出すと、問題を解くために黒板へと歩いていく。 はっきりいって問題は全く分からない、それでもいつも通りの幼なじみの対応が凄く嬉しくて 青子は知らず知らずのうちに笑顔となっていた。 「青子どうしたの。最近変よ。」 「ちょっと、悩みがあるの。」 冷たい風が吹き付けるため誰もいない屋上に青子と恵子はグランドを眺めるようにして立っていた。 「黒羽君のことでしょ?ずっと数学の授業中も彼を見てたし。」 「やっぱり又、見てたんだ。」 「何?無意識なの。それで、彼と何があったのよ。ひょっとしてクリスマスでも誘われたとか?」 めがね越の奥に好奇心で溢れた恵子の瞳が見える。 受験生といっても恋はするし、逆にその時期だからこそ、支えあえる人が欲しい。 「その逆だよ。今年は快斗、青子と初詣行かないって。」 「うっそ。だって毎年行ってたじゃない。」 「この頃、学校が終わればすぐに帰っちゃうし。 なんか快斗が青子の手の届かないところに行っちゃてさ。」 「そうだったんだ。」 驚いたように隣にいる恵子はこちらを見た。 そして恵子はありきたりな言葉を続ける。 「気持ち、伝えてみたら?」 「・・・。」 「青子は好きなんだよね?」 「うん。」 その時の青子にとってそう返事を返すことがやっとだった。 でも、それでは聞いてきた恵子に失礼だと思って正直な言葉を返す。 「伝えたって迷惑なだけだよ・・って聞いてる?恵子。」 「あっ・・ゴメン。それより見て。ほら、あそこ。」 「えっ?」 恵子が即した先を見れば、白いマフラーに茶色のロングコートを着た女性が立っていた。 歳は自分たちと変わらないくらい。 別に見たことがあるわけでもない。 だけど、青子には彼女が快斗と関係のある人物のような気がした。 別に根拠があったわけではない。しいていうなら女の勘というやつだ。 「ねぇ、すっごい美人じゃない。私、クラスのみんなに伝えてくる。目の保養にね。」 「ちょっ、恵子。」 青子が止めようとする前に、恵子はすでに教室へ続く階段を下り始めていた。 それを青子も慌てて追いかける。 なぜか、あの校門に立つ彼女のことを快斗に知って欲しくなかったから。 「ねえ、外見て。外っ。すっごい美人がいるの。」 教室に入った瞬間、恵子はクラスメイトに興奮した様子でそう叫んだ。 その言葉に、男子生徒も女子生徒も外へ視線を向けて釘付けとなる。 青子が教室へ入ったときは、クラスメイト全員が窓にへばりつく状況となっているほどだった。 「誰に用事だろう?」 「先生の娘さんとか?」 「転入生じゃない?」 「今の時期に来る分けないだろ。」 ざわざわと騒ぐ彼らの声を聞きながら、青子は無意識のうちに快斗を捜していた。 だが、どこを見ても快斗はいない。 快斗の友人の一人に聞けば“さっきまでいたのにな”と軽い返事しか返ってこなかった。 青子はそれに諦めて教室からでようと体を入り口の方へ向けた。 その瞬間だった。 「あれ、快斗じゃねー?」 「げっ、あいつ何抜け駆けしてるんだよ。」 その言葉に、急いで青子は外へと向かった。 彼女が快斗を変えた人なのか、どういう関係か、ここからは聞こえない会話を聞きたくなったのだ。 今思えば好奇心や嫉妬心いろんな気持ちが混ざり合った結果の行動だった。 校門付近まで近寄っていって、ようやく2人の会話が聞こえてくる。 「由希っ、何してるんだよ。」 「いや、学校、そろそろ終わると思ってさ。家にいるのも暇だし。」 「風邪でも引いたらどうするんだよっ。もう、帰ろう。鞄も持ってきたし。」 「学校、まだ終わってないんだろ?」 「由希の体のほうが大切。ほんと、教室から由希を見た瞬間は心臓とまるかと思ったぜ。」 「ちょっと、快斗っ。」 「青子?」 帰ろうとしていた快斗を青子は思わず呼び止めてしまった。 それと同時に快斗と女性が振り返る。女性は不思議そうな顔をして青子を見ていた。 「受験生なのに、さぼったらまずいよ。」 「ノープロブレム。内申書関係ないくらいセンターで点をとればいいし。」 「でもっ。」 「快斗、先に帰ろうか?」 心配する青子の様子にその人は遠慮がちにそう述べる。 だが、快斗はブンブンと勢いよく首を振って、その人の手を握った。 「一人で帰らせられるわけないだろ。」 「でも、彼女、困ってるし。」 その人の言葉に快斗は勢いよくこちらを見てきた。久しぶりに快斗と視線が合わさる。 「青子、彼女は体が弱いんだ。だから一緒に帰る。てきとうに担任にはいっといてくれよ。」 「その人が・・・快斗を変えた人なの?」 「・・・・うん。俺の大事な人。」 怪訝そうな顔をしたけれど、意味を把握したのか快斗は 特別な、隣にいる女性を思うときだけ見せる表情を作って、本当に幸せそうにそう言った。 「そっか・・・。分かった、じゃあね。」 この時、青子は笑えていただろうか? 薄々気づいていたの。 快斗が一年くらい前に誰かに恋をしたこと。 その人とうまくいったこと。 だって、青子はずっと快斗を見ていたんだから。 でもね、いつもは嘘の明るさを振りまいてた快斗が心から笑うようになったとき 青子は身を引くことを決めたんだ。快斗が幸せなら良いって。 「初恋は実らないんだよね。」 空を見上げれば、今にも雪が降ってきそうな天気だった。 ◇あとがき◇ 青子ちゃんとの関係、きちんと整理していなかったので。 予定を変更して、先に書き上げました。 |