新しい命が誕生して13日目。 工藤邸には大きな問題が浮上していた。 ◇Proof
of love◇ |
「くどいようだけど出産届は2週間以内に提出よ。」 キュキュっとカレンダーの昨日の日付に大きく赤のサインペンで×印を付けて 哀が呆れたように振り返った。 「どんなに遅くても今日の朝までには決めといてって昨日、私は確かに言ったわよね?」 「でも、哀ちゃん。これは一生を決めることなんだよ。」 「出産届をださないことの方がまずいと私は思うんだけど。」 「だけどなぁ〜。名前なんてそう簡単には決められないぜ。」 新一は腕の中で静かに寝息を立てている息子に視線を落とすと、 軽く、その揃い始めた髪の毛をなでてやった。 ちなみに、快斗の腕の中でも娘が同じように気持ちよさそうに寝息を立てている。 本当によく眠る子ども達だ。 まぁ、その分、夜にはとても活発的になるのだけれど。 それを見ては、快斗の母親が“快斗の赤ん坊の時と一緒ね”と 呟いていたことを今更ながら実感する。 この、髪質も今は見えない目の色も、まさに快斗そのもの。 「昔、姉さんが言っていたわ。母親が最初に子どもに与える愛情は母乳。 父親が最初に与える愛情はその強い腕に抱くこと。 そして、両親が最初に与える愛情こそが“名前”。 それに日本も言霊信仰が盛んだった頃は名前を呼ぶだけで婚約の意を表すこともあった。 早く付けてあげないと子どもが不憫と思わない?」 「確かにそうだけど。これって名前が思いつかないんだよ。」 自分たちのように、過酷な運命を持たないで欲しい。 だからこそ、名前にはその思いを託したいのだ。 ただの気休めにしかならないかも知れないけれど。 「これは使いたくなかったけど・・・最終手段ね。」 「「はっ?!」」 そう言って受話器を取った哀に2人はすっとんだ声を上げてしまった。 哀はそんな2人に構うことなく慣れた手つきでダイヤルを押すと、ある人物と会話を始めだす。 2,3語の短い会話だったが、2人は直ぐにその電話の相手を察知することが出来た。 「ちょうど今日こっちに来るって連絡があったのよ。」 “なぜ、あいつなんだ” という視線を向けてくる2人にそう返して、哀は新一の腕の中からそっと長男を抱き上げた。 そして、2階へと運び、又今度は同じように快斗の腕の中から長女を抱き上げると “これからここは騒がしくなるから、2階で寝ましょうね。”と告げて さっさと部屋から退出してしまった。 「哀ちゃんって、やっぱり女の子なんだね。」 「・・・後で殺されるぞ。ていうより、問題が違うんじゃねーか?」 そう、まさに新一の言うとおりだ。 今から来る人物は、彼らにとって腐れ縁的存在。 おまけに、これから名前を考えようと言うのになぜ、彼が最終手段なのであろう。 そこには、哀のどんな意図が隠されているのか? その謎は2人の天才的な頭を持ってしても解けることはなかった。 否、正確に言えば、答えが出る前に鳴ってしまったのだ。 ・・・・玄関のベルが。 「くどー来たで〜。って今は黒羽やろっ。」 ガチャリと開け放たれた玄関から聞こえるのは、ひとり漫才をする彼の声。 そう、皆さんご存じでらっしゃると思うが、西の名探偵こと服部平次、その人である。 新一はその声を聞き、現実逃避したいとおもいながら視線で快斗に出迎えるよう指示した。 それに、快斗は“俺?!”とでも言いたげな表情を返しながらも渋々玄関の方へと向かう。 「久しぶりだな。服部。」 「おっ、新米おとんの登場やな。」 玄関のフロアへと快斗が向かったとき、 もうすでに服部は靴を脱いでこちらへと歩いてきているところだった。 左手には“大阪名物”とどでかく書かれた紙袋を右手には茶色の紙袋をぶら下げている。 「果物ありがとな。で、今日は何の用事?」 「ああ、ちっこいねえちゃんに呼ばれたんや。 なんや、名前決めるんのに手間どっとるらしいゆうてな。」 平次は左手の土産の袋を快斗に渡すと、新一の向かいの席に腰掛ける。 そして、軽く手を挙げて挨拶を交わした。 「それで、考えてきてくれたのか?」 「もちろんや。」 新一の問いに、平次はバンと胸をたたくと、 残った紙袋からクルクルっと巻かれた和紙をとりだした。 そして、“見てみい”という声と共にその和紙をバッと広げる。 和紙は勢いよく広げられたことで生じた風によってふわっと軽く舞い上がり、 ゆるやかな弧を描いて重力に従うように垂れる。 その一連の動きを視線で追いながら、 快斗と新一はそこに書かれているであろう候補の名前を見た。 「「昭之助と照子?!」」 ↑同名の方がいらっしゃいましたらすみません・・・。 「良い名前やろ。」 ・・・絶句・・・・ まさにこのときの感情を的確に表すとしたらこれしかないだろうと2人は同時に思った。 これでは、助っ人どころの話ではない。 「服部。」 「なんや?工藤。気に入って声もでーへんか?」 「お前と和葉ちゃんに子どもができたときは、和葉ちゃんに付けてもらえ。」 「俺もそう思う。」 うんうんと腕を組みながら頷く快斗ともはやため息さえ付く気力のない新一。 哀がなぜ彼をだしてきたのか分かった気がした。 ようするに、今日中に決めないとその名前にしてしまうと言う脅しなのだろう。 別に“昭之助”や“照子”が悪い名だとは言わない。 本来、名前に良い悪いはないと2人が思っていることも確かだ。 それでも、やはり“黒羽昭之助”と“黒羽照子”ではどうも語呂が悪い。悪すぎる。 「どう?やる気になった?」 頃合いを見定めていたのだろうか? 丁度良いタイミングで二階から哀が彼女特有の笑みを浮かべて降りてくる。 「うん。ていっても少しは決めてあったんだ。」 「なんや、それならはよ言え。わいが考えんでもよかったんとちゃうか?」 「あら、最初から貴方の意見を通すつもりはなかったわよ。 ただ彼らに発破をかけるために頼んだだけよ。だから、あながち無駄ではなかったてことね。」 哀は平次に無表情でそう言葉を綴ると今度は新一達へと視線を向ける。 その瞳は、彼らの名前を早く述べるようにと指示していた。 「俺達の名前を一文字づつ入れようと思ってるんだ。」 「これだけ、災難に見舞われたんだもん。これ以上のことは起きないだろうしさ。」 「ええやんそれ。で?そこまで言うたっちゅう事はもうきまってんのやな?」 身を乗り出して平次は好奇心の表情を彼らに向けた。 もちろん、哀も興味のないようなふりはしているが、視線だけはしっかりと向いている。 「優雅の“雅”と快斗の“斗”で“雅斗”。」 「佳人の“佳”と由希の“由”で“由佳”。」 「・・・良い名前ね。」 「ほんま。佳人は美しい人ちゅう意味やろ? ほかにも“佳”には“優れた”とか“めでたい”ちゅう意味もあるし、ぴったりやんけ。 で、“雅斗”の“雅”は黒羽がマジシャンやからか?優雅とか気品高いとか。」 「・・・まあね。」 快斗はそう曖昧な返事を返しながら、昨日、新一が言った言葉を思い出していた。 『今はもういないけど世紀の大怪盗KIDを示すような名前を入れたいんだ。』 気品高く、優雅な彼の様を端的に表す漢字。それは“雅”にほかならなかった。 もちろん、哀はその漢字を使った意味を分かっていたようだが、 何も知らない平次には理解できない領域なのだろう。 それで快斗はあいまいな答えしか返さなかったのだ。 「さて、2人は役所に提出してきたら?雅斗と由佳は私が見ておくから。」 「わいもおるさかい、安心していってきーや。」 “いや、貴方がいるから心配なんですけど” と2人は同時に思ったのだが、とにかく出産届をださないと本当にやばいことになるので、 後ろ髪引かれる思いで家を後にする。 「それじゃあ、服部君。帰って良いわよ。」 「なんでや。わい、まだ子どもの顔すらみとらんのに。」 「幼児に悪影響を及ぼすのはしのびないの。私の“紫の上計画”を邪魔しないでくれる?」 なんとも威圧感のある微笑みに平次が逆らえるはずもない。 しばらくご近所ではあの西の名探偵服部平次が泣き泣き 工藤邸から去ったらしいという噂で持ちきりだったとか。 END ◇あとがき◇ どうにか、名前も決まりました。 次回は少し成長した雅斗と由佳と快斗のお昼寝話♪ それでも、基本は快新なんですけどね・・・。 |