「黒羽。俺、緑茶ね。苦めのやつ。」

「俺はコーヒーだ。」

 

リビングから聞こえてくる声に、快斗はがっくりと肩を落とした。

 

 

―来訪者―

 

 

向日葵の咲き乱れる丘とか良いかもな。

そんな新一の呟きで、先日引っ越してきたとある田舎町。

ちょうど、尊敬するマジシャンが引退後に過ごしている地でもあって

修行にももってこいだったため、2人とも気に入っていたりする。

 

新一の願いはどんなものでも叶える。

それが快斗の中にある絶対に揺るがないひとつのルールだ。

けれど、それでも。

 

「こいつらだけは、受け入れたくねぇ。」

 

引越し先を教えたわけでもないのに、突然押しかけてリビングを我が物顔で占領した2人に

快斗はポーカーフェイスも忘れて思いっきり眉間にシワを寄せたのだった。

 

 

「黒羽、疲れてるの?もう、年?そんなんじゃレーネは守れないよ。

 ここは若い僕に譲るべきだね。」

 

流暢な日本語を話す小学生のように幼い少年は、驚くべきことにマフィアのボスだ。

いまは無邪気な笑顔を浮かべているが、その下に冷血な心を直隠しにしている。

だが、快斗はそんな彼に臆することなく、思いっきり鼻で笑ってやった。

 

「冗談。だれがおまえなんかに。第一、このくそ暑いのになんで緑茶?日本人かよ。」

 

「緑茶は身体に良いんだ。黒羽はジャポネなんだからもっと自国の飲料を愛すべきだね。」

 

「良いの。俺が愛してるのは新一だけで。」

 

「朝からお暑いな。おい、ルース。それより、おまえ何のようだ?」

 

快斗からコーヒーを受け取って、秀一は思い出したように口を開く。

確かに秀一は前日にアポをとってきているのだが、

ルースの訪問は予想外の出来事だ。

 

第一、   FBIとマフィアが同じ屋根の下でお茶を飲んでいること事態おかしな話だが。

 

「レーネに会いたかったから。フランスに来てるのに、連絡ひとつくれないなんて。

 本当に恥ずかしがりたで可愛いよね。」

 

「自分勝手な解釈はやめろ。

それに、俺らの家を調べるためにこき使われる部下を労われよ。」

 

「組織にはいろんな形があるんだよ。で、レーネは?まだ、寝てるの?」

 

呆れる快斗の言葉をサラリと流して、ルースは緑茶を音を立てて呑む。

いったい、どこで教わったんだと言いたいが、彼の母親が

日本人であったことを思い出して、快斗はその疑問を飲み込んだ。

 

裏社会をそれなりに知っている快斗も実のところ、

この目の前の少年については詳しく知らない。

もちろん名前だけなら、超のつく有名人だ。

けれどプライベートは一切なぞに包まれており、母親が生きているかさえ謎なのだ。

 

まぁ、どうでも良いけど。

 

快斗がそう結論を出し、彼へと視線を向ける。

と。

 

「おい。ルース!!てめぇ、なにこっそり2階へ行ってんだよ!!」

 

一瞬の間に、彼は階段の中央まで上りかけていた。

 

「レーネを僕のキスで目覚めさせようと思って。スリーピングビューティーだね。」

「ふざけんな!!」

 

その後、騒ぐ二人に安眠を阻害された新一の怒鳴り声が響くのはその数分後。