気がついたら学校をサボって電車に飛び乗っていた。

 

咲き乱れ

 

ゴトンゴトン

線路を走る電車の音が心地よく耳に響く。

目を閉じて全身でそれを感じながら、

快斗は今、自分がしている行動に自嘲めいた笑みを浮かべた。

そっと目を開けると、向かい側の車窓に穏やかな田園風景が広がっている。

ずいぶんと田舎に来たらしい。ここにはコンクリートも街の騒音もない。

紅い古びた布地の向かい合わせの長椅子に全身を預けると、

ぷーんとかび臭い匂いがしてきた。

 

同じ車両に乗っているのは、腰を曲げたおばあさんが1人。

 

ユラユラと揺れる車内の宣伝版を見上げると、

エステや英会話と都内の電車とさほど違いはない。

こんなところでこういう宣伝をして効果はあるのだろうか。

ぼんやりと、モデルの女性の貼り付いたような笑顔を眺めながらそう思う。

 

「次は〜・・・駅。・・駅。終点でございます。」

 

車内アナウンスも古い機器を使っているのか、音声ははっきりとは聞き取れない。

だけれど、次が終点と言うことは確かなようで、快斗は鞄を持ち上げて、

おばあさんの後に続き、電車を降りた。

同じように下りたのは彼ら2人を含めて、若い女性の3人だった。

 

何もない場所だ。

最初の感想はまさにこれ。

無人の改札口に切符を置いて、外へと出る。

見えるのはあぜ道と風雨でボロボロになったバス停。

そして、懐かしい円柱型の赤いポスト。

 

とりあえずバス停の時刻表を見てみたが、1日に2本。

朝と夕刻の時間だけが記してある。

 

 

歩くか・・・と快斗は鞄を背中にかけた。

 

 

あぜ道を進むと数件の民家が並ぶ。

その中には懐かしい雰囲気を醸しだす駄菓子やもあって、

雀の卵やあられが量り売りされていた。

快斗はその中からビニールに入った金平糖を見つける。

 

「おばさん、これ貰える?」

「はいよ。」

 

初老の皺だらけの手に握られた金平糖は凄く輝いて見えた。

 

 

 

そのまま民家を抜けた先には小さな丸太橋と小川。

そして川縁を埋め尽くすのは黄色の菜の花。

快斗はその光景に目を細め、全身で空気を吸い込む。

目を瞑って聞こえてくるのはカッコーの鳴き声と風の音。

春の匂いがツンと鼻をくすぐった。

 

ペリっと袋を開けて金平糖をひとつ口に含むと、砂糖の甘みが口にふんわりと広がる。

快斗はその甘みを確かめるように味わいながら川縁を歩いた。

 

どれくらい歩いただろう。

すっかり辺りは林だらけになっていて、電柱も木製のものに変わっている。

そんな場所で快斗は菜の花の中に寝ころぶ青色のブレザー姿の高校生を目に留めた。

 

「え?」

 

見慣れたブレザーだと思ったら、それは帝丹高校の制服で、快斗はさらに目を見開く。

 

なぜ彼がここに?

 

のんびりと菜の花の中に寝ころんで小説をめくる高校生は間違いなく工藤新一その人。

もちろん黒羽快斗としての面識は無いが・・・。

 

彼もこちらの気配に気づいたのだろう、いぶかしげな表情をしている。

 

「あんた、地元の人?」

 

どこにでもある黒の学ランに新一がそう思うのは最もだった。

快斗はそれに軽く首を振り、彼の傍まで近寄る。

傍で見た彼は、ブラウン管や新聞の写真を通して見る姿とは全く別物だった。

少しだけ不機嫌そうな表情だけれど、黄色の菜の花畑に浮き出るような白い肌。

純粋に綺麗と感じてしまうのは、おそらく正直な感想だ。

 

 

「東京から。江古田って知ってる?」

「江古田、ああ、あそこの制服か。」

 

ポンッと手を叩いて、新一は大きく頷く。

 

「それで、どうして江古田の学生さんがここに?」

「そういう工藤はどうしてここにいるんだよ。」

 

快斗は鞄を置いて新一の隣りに座ると、彼の問いかけに答えることなく反問した。

 

「何で名前。」

「有名人だろ。平成のホームズって。」

「ああ、昔の話だな。」

昔・・と強調して新一が告げるのが何故か耳に引っかかる。

 

昔といっても1年前の話だ。

もちろん3年に進級してからは工藤の活躍を聞くことはなくなった。

 

「で、どうして?」

「ああ、俺は事件の手伝いでな。

 ほら、あんまりメディアには顔をださねーけど、内密で手伝ってるんだよ。」

 

ふ〜んと頷きながらこんな村にも犯罪があるのだと感じる。

のどかで、幸せそうな雰囲気しかなかったというのに。

そんな快斗の気持ちを読みとったのだろうか、新一は軽く首を振った。

 

「この村に被害者の知人がいて、事情聴取。

 ちなみにこの村の一年間で一番大きい事件は他県から来た人間の食い逃げだそうだ。」

「食い逃げ?」

「ああ。平和だよな。本当に。」

新一はそう言うと、パタンと持っていた小説を閉じて鞄に詰める。

そして、ヨッと立ち上がった。

 

哀しそうな笑顔を浮かべたような気がしたのはその瞬間。

咲き乱れる菜の花を見つめながら。

どうして発展すればするほど人の世は住み難くなるのだろうと

小さな独り言を漏らしながら。

 

 

「工藤?」

「何でもない。俺、そろそろ戻らねーと。終電が3時なんだよ。ここ。」

新一はそう言って時計を快斗に見せる。

針は2時を少し廻ったところだった。

 

「げっ、マジ!!」

「おまえ、確認もしないでサボりに来てたのか?」

「だって、なんかここの雰囲気に飲まれちゃって。」

 

馬鹿じゃねーのと鼻で笑う彼にバッと立ち上がって反論する。

そして同時に思う。教えて貰えて良かったと。

 

「俺に会わなかったら、野宿だったな。感謝しろよ。」

「仰るとおりです。」

「クッ、おまえおもしれーな。」

普通は言い返すぞ、ここで。

そう言ってケラケラ笑う彼の表情にはもはや先程の悲しみの色は無かった。

 

「じゃあ、一緒に帰ろうぜ。工藤。」

「まぁ、帰り道は同じだしな。付き合ってやるよ。」

 

そう言って菜の花を歩き出す新一を慌てて追いかける。

ザッザッと花をかき分けながら進むたびに、

春の匂いが全身を包んでいくような感覚に陥った。

 

 

 

「そうだ、おまえ、名前は?」

 

 

「ああ、江古田高校3年。黒羽快斗。夢はマジシャン、よろしくね。」

 

 

ポンッと先程積んだ菜の花を彼のブレザーのポケットに出せば、

彼は少し驚きながらもサンキュっと嬉しそうに笑う。

 

黄色の菜の花が咲き乱れる場所での彼の笑顔は一枚の絵画のように美しかった。

 

 

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