「ねぇ、新一。何やってんの?」 朝早くから珍しく黒羽家を訪問した新一はずっと台所にこもりっぱなしだった。 おそらく何かを作っていることは確かなのだが、その中身が分からない。 手伝うためにそばまで行こうと試みたけど、母親によって引き戻された。 「快斗は私とゆっくりしておきなさい。 いつも、新一君のところに入って親孝行もしないんだから。」 呆れたようにため息をついて、母さんは近くにあった雑誌を手に取る。 確かに、ここ数ヶ月は新一の家に入り浸りだったし、母さんの言う事も一理ある。 だけど、母さんだって地域の主婦会親睦旅行とか、 習い事なんかでおとんど家にいないくせに。 これはどう考えても俺をからかって遊んでいるとしか思えなかった。 ―桜の下で― 「なぁ〜新一〜。」 「あああー、うっせー。おまえは1分も静かにしてられねーのか!?」 「新一がいれば静かにする。」 「あら、それは逆でしょ。まぁ、確かに口数は減るかも知れないけど、 動きがうるさくなるもの。ねぇ、新一君。」 「はは・・・。」 新一は曖昧な返事を返すと、ふたたび作業に没頭する。 おにぎりをにぎって、卵焼きを焼いて、アスパラをベーコンでまいて・・・ そう、今日は花見弁当を作りに来たのだ。 先日から“お花見したいな〜”となんども聞こえるように呟く恋人に “人混みが多いから嫌だ”と一喝してきたが、 一箇所だけ人がいなくて素晴らしい桜の咲く場所を思い出したのはつい3日前。 どうせなら、快斗のお母さんもと思って誘いに来たのだが お邪魔になるから2人で行って来て。 あっ、その代わり手作りのお弁当を作ってあげて。 と微笑みながら言われた。 そうして今日に至る。 もちろん快斗にはギリギリまで内緒。 あいつを驚かせるのは俺の日常の中での楽しみの一つなんだ。 「よっし、できた。」 彩り、味、量、ともに完璧だ。 さすが、前日に快斗の母さんが教えてくれただけはある。 俺の声が聞こえたのか、“何が〜”と快斗が間抜け面でキッチンに入ってきた。 俺はそんな快斗に弁当を投げ渡す。 突然の行動だったけど、快斗は何事もなかったかのようにそれを受け取った。 「お重?」 「ほら、バイク、だせよ。出掛けるぞ。」 「え?どこに?」 「はやく行くぞ。それじゃあ、おばさん、快斗、お借りします。」 「ええ、気をつけてね。」 「まっ、いっか。新一からのお誘いだしね〜。行って来ます。」 「いってらっしゃい。新一君に粗相のないようにするのよ。」 家を出て右側の車庫にあるバイクにまたがる。 快斗はヒョイッとヘルメットを投げてよこした。 「じゃあ、落ちないように、しっかりつかまってろよ。」 「誰に物言ってるんだ?快斗。」 「無敵素敵な名探偵の新一君です。」 新一はお重を上手く固定するとバシンと受けとったヘルメットで快斗の頭を叩く。 だけど、相変わらずのふぬけ顔が元に戻ることはなかった。 「さぁ、新ちゃんとバイクデートにでも行きますか。 お嬢さん、行き先はどちらで?」 「黙って言うとおり運転しろ。」 ポンッと後ろの席にのると、肘で快斗の背中をつく。 快斗は乾いた笑いを浮かべながら、キーを回す。 心地よい春風が前髪を吹き抜けて、バイクは発進した。 しばらく公道を走っていると、川が見えてくる。 川沿いには一面に菜の花が広がっていた。 その周りをモンシロチョウが舞う。 「気持ち良いね〜新一。」 「ああ。」 「このまま川沿いに登ればいいの?」 「そう。」 心地よい振動に眠気を催して新一は頭を快斗の背中に預けた。 昨晩、遅くまで家で弁当を作ってみたのがたかったらしい。 「眠い?」 「ん〜。30分くらい走ったら起こして。」 「かしこまりました。じゃあ、ゆっくり寝ててね。」 快斗は背中に感じる新一の暖かさに気持ちよさそうに目を細めると、 全身で風を感じながらバイクを飛ばした。 「新一、新一。」 「あ、うん。」 「そろそろ、30分たつけど。」 目を開ければ、川幅は狭くなり、街の喧騒の代わりに小鳥の声が聞こえる。 それは目的に近づいたことを明示していた。 「なぁ、快斗。」 「ん?」 「これからけっこう険しい道のりだぜ?バイクでいけるか?」 振り返ればニッと笑う新一の姿。 「当たり前でしょ。俺を誰だと思ってるの。」 「気障な、こそ泥。」 「上等・・・。」 新一が示した道のりは、確かに歩いてでも険しいような獣道だった。 ゴツゴツと見える岩肌、倒れた大木。 それを器用に、それも振動が少ないよう配慮しながら快斗は軽々と登っていく。 まるで舗装された道路を登る感覚だ。 「そういや、以前にも後ろに乗ったな〜。」 「ああ、西の探偵君とでしょ。」(昨年の映画参照) 「よく知ってるな。」 「新一の事で知らないことはないに決まってるだろ。 で、乗り心地はどちらが快適で?」 「言わなくても分かってるんだろ。」 快斗はクスクスと笑っている。 もちろんその間も荒れ放題の道は続いた。 「にしても、あの時は冷や冷やしたよ。なぁ、新一。 探偵って夢中になると周りが見えなくなる人間ばっかりなの?」 「んなこと、俺に聞かれても。」 「あの事件の時、西の探偵は、後ろの新一、気遣わずに運転してたじゃん。 本当に心臓止まるかと思ったぜ。」 「まぁ、あいつは猪突猛進だからな〜。とっ、そろそろだ。」 新一の言葉と同時に荒れ道は終わり、目の前が開け、広い草原が広がっていた。 昔はゴルフ場建設地としてこの場所だけ木が切られたのだが バブルが弾けたのを契機に手つかずになってしまった場所。 以前、父さんがそう説明して連れてきてくれた。 中央には切り倒されなかった樹木・・・ 桜が満開の花を付けている。 「ここ、秘密の場所なんだよ。」 「すっげー、綺麗。」 「さぁ、弁当食べようぜ。俺のお手製だ。」 持ってきたシートを桜の下に広げて、お重をあける。 細かい細工の施されたお弁当は陽光の下でいっそう輝いていた。 「今、俺は世界で一番の幸せ者だね〜。」 手作りのおにぎりを頬張って快斗は惜しみもなく微笑む。 新一は“ばーか”とからかってお茶を注いだ。 遠くでウグイスの鳴く声が聞こえる。 まるで違う世界に来たような感覚だ。 快斗はおかずを一つも残すことなく、たいらげると 律儀に手を合わせて“ごちそうさま”と頭を下げる。 「また・・・」 「ん?」 「また来年も来ような。」 新一はそう言うと顔を見せたくないのかスッと立ち上がって桜に近づく。 快斗もまたそんな照れ隠しをする新一を愛おしく感じながら彼を追った。 桜の大きな幹に手を添えて、見上げればヒラヒラと雪のように桜が舞う。 ひどく幻想的なその光景に新一の顔も自然と穏やかなものになった。 「ねぇ、新一。」 「何だ?」 「なんか、ここって神前みたいな雰囲気じゃない?」 快斗はそっと耳元で囁くと、新一の手に自分の手を重ねる。 「神前?」 「そう、ここで誓えば未来栄光約束される気がするんだ。」 「そんなの、気休めだぜ。」 新一は斜め上にある快斗の顔を見つめながら言った。 そう、危険な仕事をしている快斗と、未だに組織に終われている新一。 明日、生きているなんて誰も保証できないから。 口に出すことは無かった。 “ずっと、一緒にいよう”その言葉だけは。 でも、時々、婉曲的にそんな表現をするのは、 やはり心の奥底でそれを願ってしまっているから。 「気休めでもいい。ここに誓おうよ。ずっと、なんてわがままは言わないから。」 「何を?」 「俺はこの桜に誓う。来年も再来年も、この木が朽ち果てるまで、 新一とここで春の訪れを感じることを。」 「クッ。おまっ、桜の寿命、知ってるのか?」 こんな場所じゃあ、木が切り倒されることはない。 それに台風などが来ても、この桜ならば耐えることは容易いだろう。 そう考えれば寿命が来るのは、ずっとずっと先のことだ。 「もちろん。でも、桜だってオレ達と一緒だよ。 いつ、死ぬのか分からないからさ。」 「それもそうだな。曖昧な約束の方が、真実みがある。」 「だろ。」 新一は視線を自分の手へと戻す。 快斗の手が優しく包んでいてくれる自分の手に。 「また来年も来ることを桜に誓うよ。」 「愛してるよ。新一。」 「んっ。」 桜吹雪のなか、2人は誓いのキスを交わした。 |