05:花の浮き橋(あかつき) 5月の大型連休に入ったため、新一は久しぶりに実家のある村へと帰省していた。 あの一件以来、方々に散った平次や和葉も戻ってきており、 創始の館は珍しく活気づいている。 今は結界さえ弱くなったと言えど、やはり守られた世界であるこの場所は心地よい。 新一はお気に入りの縁側に寝ころびながら、 まだ肌寒い山里の空気を思いっきり吸い込んだ。 中部地方の山奥にあるこの村では、峰桜が花の盛りを迎えていた。 遠くの山に点々と見える白い里桜の一種で、 葉と同時に咲く点がソメイヨシノのとは異なっている。 これだけ天気がいいのだ。 せっかくだから峰桜を見に出かけてみようか、 そう思っていた時パタパタと騒がしい足音が縁側の板を伝って耳元に響いた。 「しーんーいーち!!」 聞こえた声に視線だけを移せば、子供の用に頬を膨らませた同居人が居る。 その顔に、そういえば今日は子どもの日だったっけ?と 新一はどうでもいいことを思い出した。 「おい、聞こえてんの?それとも目をあけたまま寝てるとか?」 「んな、器用なことおまえじゃねぇからできねぇよ。」 呆れてそう返すと、俺も無理だとため息をつきつつ、快斗が隣に腰を下ろす。 そこがまるで定位置だと言わんばかりに、快斗はすでにこの家になじんでいた。 「いつ来たんだ?」 「今。てか、置いてくってひどくない?」 快斗は5月の連休に入ってから快斗の母、千影に呼び出されて実家へ戻っていた。 新一と離れることを嫌がる快斗を無理やり返したのは新一のエゴだ。 快斗の母は新一のことを認めてはくれているが、 それでもまだ、心の奥底にわだかまりはあると思う。 子どもの自由を願うのは親として当然だと、有希子も以前言っていたのだし。 そこで、新一は志保と博士の家に居るということを条件に、 快斗はしぶしぶ実家へと帰省したのである。 「母さんが手料理作りすぎたから持って行けって言うからさ。 志保ちゃんの家に行ったのに、当の本人は実家に帰りましたって聞くしさ。」 「俺だって戻る気はなかったけど、親がうるさくてな。 けど、おまえもよくここまでこれたな。」 電車とバスを乗り継ぎ、山道を1時間歩かねばつかないこの村は地図にさえのっていない。 さらに山道は入り組んでおり、一度しかこの地に来たことがない快斗が来れるとは 正直驚きだった。 「そりゃ、愛ゆえ♪でしょ。」 『何が愛だ。俺たちの先導があったからだろ。』 いつの間に来たのか、新一の傍に黒い塊が寄り添うように横になっている。 大きく欠伸をひとつすると、暖を取るかのように新一へとすり寄った。 「こら、くっつくな。アヌビス。 それに、おまえの足の速さで行くなんざ先導とは言わねぇし。」 『それについて来れた快斗も化け物ですけどね。』 軒先に見える松の木にとまったフォルスは、軽く羽ばたいて羽の乱れを直す。 その言葉につくづく主に失礼な奴らだと快斗は思った。 「快斗。」 「ん?」 「俺、これから散歩すんだけど、おまえも来るか?」 「もちろん!」 うじうじと拗ねる快斗にさすがの新一も可愛そうに感じたのだろう。 ツンツンと袖口を引っ張れば、途端に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。 ころころと変わるその表情に、本当に快斗はKID(子ども)だなと新一は思った。 まだ風は冷たいからと一枚ストールをまいて新一と快斗、 そしてアヌビスとフォルスは館の裏から続く山道へと足を進める。 さすがに村の中を通るのは未だに慣れないし、新一への畏れも根深く残っているのだ。 前を黙々と歩く新一に続きながら快斗はふと先ほど新一の持っていたストールが 見慣れないものだと気づく。 こちらにおいていたのかとも思ったが、まだ真新しいし、下ろしたてのようにも見えた。 「新一。それ、誰かから貰ったの?」 「あ?ああ。蘭と和葉から、誕生日プレゼントだって。」 「ふ〜ん。・・・って、え!?誕生日!?」 今、とんでもない発言が飛び出したと快斗は驚き歩調を早めた。 すぐに新一の隣に並び、パクパクと口を金魚のように動かす。 それに新一は「大丈夫か?」と同じように驚いた表情になった。 「誕生日って、新一の?」 「そりゃ、俺のじゃなきゃプレゼントはもらわないだろ。」 「ちなみに・・・いつ?」 「あ?昨日だ。これで快斗より年上だなぁ。」 ニッと笑う新一に快斗は思いっきり脱力を感じその場にうずくまった。 よりにもよって、新一の誕生日を知らないどころか、一日過ぎていたなんて。 そりゃ、聞かなかった自分も悪いが・・・と快斗はその場でシクシクと涙を流す。 「おい、快斗?」 「せっかく恋人になって初めての誕生日だったのに!!」 「別に毎年あるだろ、誕生日くらい。」 「毎年俺が一番に祝いたいんだ!!あー、俺としたことが、 新一の誕生日のリサーチを忘れているなんて。」 一生の不覚だと地面に頭をつけてうなだれる快斗に新一は二の句をつなげない。 そんなに大事にしなくても、と思ってアヌビスとフォルスに助けを求めるが 彼らは呆れたように遠くで見守っているだけだった。 「おい、快斗。元気出せって。」 「新一、こんな薄情な恋人を許してくれ・・・。」 「誰も怒っちゃいねぇよ。それより先に進むぞ。あんまりぐずぐずしてたら日がくれちまう。」 ほら、と手を差し出せば、快斗はその手を迷いなくつかむ。 その仕草に本当に今日は子どもみたいだと新一は思った。 「なぁ、新一。欲しいものとかない?遅れたけど、誕生日プレゼント送りたいし。」 「別に気にするなって。」 「いやだ、俺が気にする。なぁ、なんでも新一のためなら準備するよ。」 なおも食い下がる快斗に新一は困ったように頬をかく。 快斗には生活面のことから精神面まで毎日支えになってもらっている。 だから、今更してほしいことなんて特に思いつかなかった。 強いて言えば、居てくれるだけで嬉しい。 だが、そんなことは気恥ずかしくてうまく言葉にはできないから。 「新一。ほら、なんでも言えって。」 「そう言われても・・・。あ、ならさ。マジックショーがいいな。」 ふと、思いついたのは快斗の十八番。 今までたくさんのマジックを見せてもらっているが、 自分のためのマジックショーをいま、この場でやってほしい。 それも自分にだけ限定のプログラムで。 「俺のお気に入りの場所で、快斗のマジックがみたい。」 そう言われて快斗はふと、新一の足が止まっていることに気づいた。 新一の方ばかりを見ていたから気づかなかったが、 周りは峰桜の群生地のようで。 細い川を挟んで、多くの桜が美しい色合いを見せている。 新一は快斗の手を放すと、近くにある石に腰を下ろした。 ここが特等席と言わんばかりに。 「ほら、頼むぜ。天才マジシャン。」 「たっく無茶ぶりだなぁ。けど、新一のためだけのマジックを披露させてもらうね。 来年からは、ちゃんとお祝いするから、今年はこれで許してね。」 「ばーろ。おまえの限定マジックだけで十分に嬉しいって。」 そう新一が告げると快斗は嬉しそうに微笑んで優雅に一礼する。 「それでは桜との共演をお楽しみください。アヌビス、フォルス!」 『了解』 『任せてください』 快斗の手が上がるとともに、アヌビスとフォルスが風巻き起こす。 それに地面へと落ちた桜が一斉に空へと舞いあがった。 その桜吹雪は操られるように川の上に橋をかける。 水面に広がる桜を花の浮き橋というけれど、 快斗は本当に花の浮き橋を作ってしまったのだ。 アヌビスやフォルスの風だけではきっとできない。 そこには何か仕掛けがあるはずなのに、新一には全く分からなかった。 「最高のプレゼントだぜ、快斗。」 そのあとも続く桜と快斗のショーを新一は時がたつのを忘れるかのように見入る。 彼がここに居てくれるだけで嬉しいと、素直に伝えられる日はそう遠くないように思えた。 |