女となってから3ヶ月ほどたった頃、工藤新一は戸籍がなくなり

工藤由希という戸籍ができて直ぐに黒羽由希となっていた。

結婚式などはもう少し落ち着いてからという話になり

行ってはいない。だが、2人の薬指にはシンプルなシルバーの

指輪が光り輝きその存在を静かに主張している。

それだけで、幸せだったのだ。本当に。

 

◇桜咲く頃◇

 

「女に戻ってから一回も生理がない?」

「ええ、そうみたいなのよ。」

工藤邸のお隣で楽しそうにお茶を飲むのは

なぜかすっかり仲良くなってしまった哀と蘭だ。

哀がもともと普通の子どもではないとうすうす感じていた蘭は、

彼女が新一の主治医ということになんの疑惑も持たず信頼している。

まあ、哀がどう彼女に納得のいく説明をしたのかは未だかつてなぞなのだが。。。

 

そして今回のお茶会の話題はお隣の工藤新一その人だった。

「それは病気ととるべきなの?」

「いいえ、体には何の異常もみられないわ。だからこそ困っているのよ。

私の頭の中に浮かんだひとつの仮説がもし定説だとしたらって。蘭さんはどう思う?」

「私も哀ちゃんと同じ考えを持ったわ。正直言って。」

蘭の返答を聞いて哀は重いため息をもらした。

それに続くように蘭もまた困ったように肩を軽く上げる。

そして同時に2人は工藤邸へと視線を向けた。

 

「仮に当たっていたとして、最高3ヶ月目ってことになるかしら。」

「てことは、女になったその日に黒羽君とやっちゃたってことよね。」

「ありえるわ。添え喰わぬのは男の恥がモットーの彼だからこそ。」

「・・・・。」

なぜかそこには奇妙な同意がうまれていた。

 

さて、問題はこれからだ。

この事実をまずどちらに伝えるべきであろうか?

普通なら本人だが八つ当たりする人物を側に置くべきだと

日頃の付き合いから2人は感じていた。

まあ、とにかく2人の考えが当たっているかどうか一応確かめる必要があるのだ。

 

「今日、検診日だからそのときそれとなく調べておくわ。」

「じゃあ、結果がでしだい教えて。私は黒羽君と話をしたいし。由希の親友としてね。」

「分かったわ。」

軽くお互い頷くと、哀はこれから来るであろう人物のために検診の準備をし、

蘭は隣へと向かうのだった。

 

「・・・まだ起きてないのね。」

蘭は哀から渡された合い鍵を使い、食卓へはいると

その様子から彼らがまだ睡眠をほおばっていることを痛感した。

確かに今日は、国民の殆どが休日の日曜日。

まあ、新一にいたっては学校を退学したわけだから、休みも何も関係ないのだが。

 

「もう。今、何時だと思ってるのかしら。」

蘭はそう愚痴をこぼしながらも、部屋の掃除を始める。

幼い頃からいろいろと手伝っていた家の掃除は手慣れたもので、

書斎から客間まであっという間に綺麗になっていく。

そして、朝食を仕込み終えるとダイニングテーブルに腰掛けてホッと息をついた。

時計はもう11の数字を指している。

 

「そろそろ起こさないと、哀ちゃんの機嫌も悪くなるわよね。

それでも嫌だな朝から2人の寝室にはいるのは。」

某友人ならばきっと喜んでその寝室へと飛び込んでいくだろう。

それを想像しながらクスクスと笑って紅茶を口に含んだ。

そのとき、ここの家主の一人が食卓へと入ってくる。

 

「あれ〜。蘭ちゃん、どうしたの?」

「哀ちゃんから頼まれて。早く奥さんを検診に行かせないと実験台にされるわよ。」

「ウゲッ。分かった、起こしてくるよ。」

快斗は蘭の言葉に大急ぎで二階へと上がっていった。

それを見送りながら蘭はゆっくりと上へ視線を向ける。

そして同時に上で大きな声が響いた。

おそらく、寝起きの悪い新一を起こすことに快斗が四苦八苦しているのであろう。

もう少ししたら、蹴りも飛んでくるかもしれない。

そう想像していたら、案外あっさり着替えた新一が下へと降りてきた。

 

女になってからのばしっぱなしの髪は

ちょうど肩の辺りまできている。

これが3ヶ月前まで男だったとは誰も思いはしないだろう。

 

「おはよう。蘭。」

「おはよう、新一。早く行かないとやばいわよ。」

「ああ。」

新一は軽く手を挙げて蘭の言葉に頷きながら足早に隣へと向かう。

朝食はきっと帰ってきてからであろう。

まあ、今の時間になってしまえば昼食になるのだが。

 

「それで、蘭ちゃんは俺に何かご用?」

「さすが、黒羽君よね。」

入れなおした紅茶と自分の分のココアを持って快斗は蘭の向かいの席へと腰を下ろした。

「新一のことでちょっと。」

「何?」

真剣な目つきとなった蘭に失礼にならないよう快斗も真面目な顔で話を聞く体制に入る。

それが、新一についての話ならなおさらだ。

 

「黒羽君は新一のこと好きなんだよね。」

「うん。そうだけど、今更どうしたの?」

「どのくらい好き?」

からかうわけでなく、本気で聞こうとしている蘭に快斗も正直な答えを返す。

「・・・いないと生きていけないくらいかな。」

「黒羽君らしいわね。」

快斗の言葉に蘭はホッと息をついた。

快斗の新一への気持ちはもちろん蘭も痛いほど分かっている。

それでも、今回は事が事なのでもう一度確かめる必要があったのだ。

快斗はそんな蘭の様子に何かあったのだと悟ると先を話すように視線で即した。

 

「別に深い意味はないのよ。」

その視線の意味を読みとった蘭は柔らかな雰囲気でそう返事を返す。

もう、用事は済んだとでも言うように。

だが、その返答に快斗は納得がいかないらしく目を細める。

そんな彼の様子に蘭は苦笑するしかなかった。

 

「本当だって。もう少しすれば分かるから。」

「じゃあ、教えてくれたって・・・。」

そこまで言って快斗の言葉は蘭の携帯の着信音によって中断させられた。

蘭は待っていましたとばかりに慌てて電話を受ける。

そして、いくつかの会話をすませた後、快斗に隣へ行こうと告げた。

 

「新一の体に何かあったの?」

「違うわ。何かあったのは確かだけど、嬉しい事よ一般的に。」

隣へ行くわずかな間、それはもう黒羽快斗の表情は見たこともないほど不安に満ちていた。

それを安心させるように蘭はそう述べるが、どうやら耳には届いてないらしい。

今思えば快斗にとってこのときほど隣への道のりを遠く感じたことはないであろう。

 

「来たわね。」

「哀ちゃん。新一は?新一は大丈夫なの。」

「蘭さん。彼に何て言ったの?」

「ただ、新一のことどれだけ好きなの?って聞いただけよ。」

「それで・・・。」

哀は蘭の言葉に合点が言ったようそう言葉を漏らした。

 

ようするに、

 

気持ちを確かめる=新一になにか事態が起こってそれでも共にいるか確かめに来た。

そう勘違いしたらしい。

 

「蘭さん。わざとでしょ?」

「当たり前じゃない。私の大事な親友に身ごもらせたんだから。」

新一の元へ慌てて向かう快斗を見送りながら2人は楽しそうにそんな会話を交わしていた

 

 

 

快斗が哀の部屋である地下室へはいると、新一が唖然としたように何かの検査結果を見ていた。

「新一?」

「快斗・・・。」

新一の深刻な表情に、快斗は自分の考えが思い違いではないことを確信して新一に抱く。

「新一。例え新一がどんな体のハンデを負っても俺は新一を支えていくからね。」

「は?これってハンデなのか?」

 

新一は快斗の言葉に己のお腹に視線をやった。

それを、また快斗はその部分が悪いのだと思いこむ。

 

「大腸?小腸?どこがわるくなったの?言って新一。」

「いや、別に悪いってわけじゃ。ただ、増えただけだし。」

「何が増えたんだよ。体に害になる細菌とかか?」

「はあ?快斗、おまえ何言って・・・。」

 

「子どもよ。」

快斗が新一の肩を掴んで尋ねる様子を入り口で観察しながら、哀はそう一言口にした。

その隣では楽しそうに蘭が微笑んでいる。

 

「・・・へ?」

「だから、黒羽君。新一は病気じゃないの。子どもが出来たのよ。」

「まあ、誰の子かは分からないけど。」

「おい、灰原・・よけいなこと言うな。また騒がしくなるだろう。」

 

哀の付け足しの部分に快斗が激しく反応するのを見て、新一は淡々とそう講義の声を上げる。

 

もちろん、こどもは快斗の子だ。

 

「俺の子どもじゃなかったら、その父親殺してるかも。」

「確かにそうよね。安心して犯罪者にはならないわ。正真正銘貴方の子よ。」

「おまえら、今、さらっと凄い会話したぞ。」

 

 

「妊娠3ヶ月目。ちなみに双子よ。どうやら薬のせいで双子しか産めないから

これからは無計画に作らないで頂戴。」

「だから、蘭ちゃんがあんな事聞いてきたのか。もう、ビックリさせないでよ。」

「もちろん聞くわよ。旦那は貴方に譲ったけど、私と哀ちゃんは新一の親友の座を

持っているんだから当然でしょ。それで、新一。産むのよね?」

「えっ、ああ。」

 

子どものためにコーヒーではなくホットミルクを飲んでいる新一に

蘭は最も重要なことを尋ねた。

それに、新一はとまどいながらもきちんとそうかえす。

子どもをおろす理由などどこにもないのだ。

 

「それなら自宅出産ね。貴方の体は普通じゃないから。

まかせて、いつかはこういう日が来ると見越して産婦人科の勉強もしてあるから。」

「いや、あんまり見越せる事じゃないと思うぞ。」

「それと、黒羽君。胎児の様子を見るあの機械、どこからか調達してきて頂戴。」

「まかせて♪」

新一のつっこみを軽く流すと、今度は快斗のほうに向き直って、

必要な機材を書いたメモを手渡した。

おそらく明日には地下室におおよそのものは揃ってしまっているだろう。

 

「ご両親には私から連絡入れたから。」

「えらく、話が早いな。」

「産むことは確実だったからね。喜んでたわよ。もちろん、黒羽君のお母さんにもね。」

「じゃあ、明日にでも家に来るかもね。」

快斗はそう呟いて乾いた笑いを漏らす。

おそらく、いや、絶対に明日は気の早い母親が子供服など持ってくるはずだ。

 

初初とした表情で。

 

「これからは、充分に気を付けるのよ。工藤君の体は普通じゃないんだから。

安全に産まれてくる可能性もはっきり言って低いわ。

それに、流産なんてなったら工藤君の体がもつ可能性も低い。

命がけってことだけは忘れないでちょうだい。」

「分かってる。」

哀の真剣な言葉に新一は深く頷いた。

 

「じゃあ、これからは事件に出るのも禁止だからね。新一。」

「ああ。・・・って嘘だろ!!」

「あたりまえでしょ。いくら目暮警部や佐藤刑事、高木刑事が

貴方のことを知っているからって。絶対に禁止よ。」

 

バンと机をたたいた蘭の表情は恐ろしいもので、その隣に座っている哀も穏やかだが、

微妙に威圧感のある視線を向けてくる。

これには、いくら新一だって逆らえるはずがない。

そりゃあ、皆、己のことを心配しているのは分かっている。

それでも、謎解きは生活の一部とかしてしまっているのだ。

 

「・・・週に一回。」

 

「書斎に火を付けるわよ。」

 

「それって放火だろっ・・・じゃあ月に一回。」

 

「新しい新薬を試してみたいの。よりあなたが女性らしくなるような、赤ん坊に無害の新薬をね。」

 

「新一、諦めたら?」

 

ブツブツと妥協案を続ける新一に快斗は苦笑しながら新しくお茶を入れるために席を立つ。

それから工藤邸同様に扱い慣れている博士のキッチンへ向かうとお湯を沸かす。

階段の下では未だに、新一対哀と蘭の水面下での言葉のやり取りが行われていた。

 

「分かったよ。」

新一が折れたのはそれから30分後。

 

「そのかわり快斗。おもしろい暗号作れよ。」

「分かってます。それじゃあ、そろそろ戻ろうか。朝食まだだしさ。」

「もう、昼食の時間帯よ。」

「やばっ。私もお父さんのお昼作らなきゃいけないからそろそろ帰らなきゃ。」

 

蘭は快斗の言葉に慌てたようにデニムの鞄を手に持つと、軽く挨拶をして外へと飛び出していった。その後を追うように新一と快斗もゆっくりと席を立つ。

 

「いい、黒羽君。くれぐれもよろしくね。」

「何に対して?」

「全てよ。」

2人が挨拶を交わす間に新一はもう阿笠邸の門までさしかかっていた。

それに気づいた2人はそう辛口の言葉を交わす。

いつまでたっても自己本譜な彼だから、助けることは必要なくとも見守ることは必要なのだ。

それを含めた哀の“よろしく”と言う言葉。

快斗もそれは重々承知している。

 

「それじゃあ、何かあったら連絡するね。」

「なるべくしてこないでちょうだい。」

言葉とは裏腹な彼女の穏やかな表情に快斗は軽く頷くと、

自宅に入ろうとしている新一を追うのだった。

 

哀はそんな様子の彼らを見送ってふと、庭の桜の木を見上げる。

すっかり葉も落ちた桜の木。

だが、彼らの子供が産まれる頃にはきっとこの木にも

満開の淡いピンクの桜が咲いているのだろう。

哀はそんなことを感じながら人知れず微笑むのだった。

END

◇あとがき◇

冬なのに春ネタ?次回はいよいよ出産。

新一’sパパ&ママも登場です。

 

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