時刻は夜の11時。

新一はお風呂上がりのビールを飲みながら、外を眺めていた。

聞こえるのは鈴虫の音色。

暦の上では立秋もすぎ、秋なのだが、今日はひどく蒸し暑い。

それでも、鈴虫は季節を違うことはないようだ。

 

 

〜線香花火〜

 

 

「やっと、眠ってくれたよ。」

「おつかれ。」

「俺も貰える?」

「ああ、ちょっと待ってろ。」

 

新一の隣に座って、快斗は新一の持つビアグラスを指さした。

小さな泡を浮かび上がらせているビールはこの上なくのどの渇きを助長させる。

快斗は新一の持ってきたビールをグラスに移すことなく、喉に流し込む。

そしてゴクゴクと喉仏のあたりでビールが流れていくのを感じて、一息ついた。

 

「やっぱ、一仕事のあとのビールは最高だね。」

「一仕事って?」

 

今日は快斗のマジックショーはなかったはずだが・・・。

新一はそう思って不思議そうに快斗を見る。

快斗はそんな新一の様子に苦笑しながら視線だけを二階へと向けた。

 

「あいつらを寝かしつけることだよ。」

「ああ。まぁ、確かに一仕事かもな。」

小学校低学年の彼らは、寝る時間も遅くなる頃で、最近はなかなか床についてくれない。

あらゆる手で起きていようとする4人を寝かしつけるのは根気と努力のいる一仕事だろう。

 

夜更かしは体に毒。

そう、隣の主治医にしっかり睡眠をとらせるようにと再三言われているのだから、

それを怠ることは絶対に出来ない。

ただでさえ、特異形質な環境で生まれた子どもなのだし。

 

「新一?」

ビアグラスをテーブルに置いて何か思いついたように立ち上がった新一を快斗は見上げる。

新一は快斗に視線を合わせてニヤリとたくらんだような笑みを浮かべると、隣の部屋へと向かった。

そして、しばらくして新一が戻ってくる・・・その手の中には花火を持って。

 

 

「こないだの残り。線香花火しようぜ。」

「いいかもね。あっ、でも、虫除け対策はしとかないと。」

 

ダイニングのガラス戸から外に出ようとする新一の腕を引っ張って虫除けスプレーをかける。

 

「紅い跡を付けるのは俺だけで良いしね。」

「あっそ、快斗もつけとけよ。虫除け。」

「あれ〜。ひょっとして新ちゃんも同じ気持ち?」

快斗の手からスプレー缶を取り上げた新一に快斗はちゃかすように言葉をかける。

 

本当はここで少し紅くなる新一を期待していたのだが、

「あとで、“かゆい、かゆい”って騒がれたら面倒だしな。」

とその返答は予想に反して簡素な物だった。

 

庭においてあるスリッパを履いて、蚊取り線香を焚いて、小さなろうそくに灯をともす。

真っ暗な庭にわずかな光が生まれて、周辺に影を作り出す。

新一は袋から線香花火を2本取り出すと一本を快斗に渡した。

どれだけの時が過ぎようと、変わらない形の線香花火。

ろうそくの火をつけて、小さな紅い花が咲く。

 

「夏って感じだね。」

「この暑さもな。」

 

2人でそれぞれの線香花火を見つめたまま、夏の終わりを感じる。

明後日から子ども達も新学期。

これで、どうにか寝付きも良くなるだろうか?

 

「宿題とかって、あいつら終わったのかな?」

「さぁ。どうせ明日、どたばたでがんばるんじゃねーの。」

「新一もそんな感じだった?」

 

快斗の問いかけに、新一は軽く頷く。

難しくはなかったけれど、面倒だった小学校の宿題。

毎日、天気を記録したり、朝顔の観察日記なんてものもあった気がする。

 

「天気と観察日記は蘭のを写させてもらったな。」

「あっ、俺も俺も。毎日コツコツなんてタイプじゃないし。

 でも、一番面倒だったのは・・・。」

「「自由研究」」

2人で顔を見合わせて、同時に発する懐かしい言葉。

自由なだけに、なかなか何を研究するか決まらず、先延ばしにされていったものだ。

 

「由梨はその点じゃこまらないだろうな。」

「小学生レベルじゃないけどね。」

クスクスと笑っていると、ポトリと火種が落ちる。

いつのまにか、線香花火がは終わっていたようだ。

 

 

 

 

「変化を楽しまなきゃいけなかったのにね。」

「もう一本しようぜ。どっちが落とさずにいられるか競争してさ。」

 

珍しい新一の挑戦的な言葉に、快斗もすんなりその気になって大きく頷く。

 

「せっかくだし、なんか賭みたいにしようよ。」

「なら、勝った方は負けた方にひとつだけ我が儘を言って良いってことにしようぜ。」

「そんな事言って良いの?新一。」

 

意味ありげな笑みで見てくる快斗に新一は全てを解したうえで“ああ”と返事を返す。

 

 

昔はよくやっていた対決。

快斗との勝負はスリリングでおもしろいのだ。

それが、線香花火という小さなものであったとしても。

 

「俺、断然、やる気出た。」

「俺が勝ったら、家族旅行で水族館な。」

「・・・負けれないじゃん。」

 

お互い慎重に花火を選んで、同時に点火する。

小さな火種が大きくなって、パチパチとちって、雨のようになる。

手をすこしも揺らさないようにと気をかける眼差しは2人とも本気だ。

 

そして、終わりに近づいた瞬間・・・・快斗の線香花火の火種が水によって消された。

 

 

水・・・・?

 

「お父さんの負け!!」

「ラッキー。水族館だ。」

 

見上げればベランダに出ている子ども達。

寝かしつけたはずなのに・・・。

おまけに、雅斗の手には博士が作った特性の水鉄砲。

 

「俺の勝ちだな。」

「今のは外野が入ったから、無し、絶対、無し!!」

 

まだ火種の付いている線香花火を得意げに快斗の顔の前に差し出せば、

快斗は必死に、勝負のやり直しを要求する。

新一はそれに取り合う気はないようだが・・・・。

 

 

 

「ねぇ、お母さん。私もしたい。」

「ああ、降りて来いよ。」

 

 

 

新一の言葉に、子ども4人は顔を見合わせて・・・

次の瞬間にはベランダの柵を越えていた。

 

新一の言う“降りてこい”は家の中の階段を使ってという意味だったのだが。

小学生ながらも、庭に音を立てることなく着地した4人に快斗は深くため息を付く。

 

 

「他人様の前じゃ止めとけよ。」

「どこで育て方、間違ったんだろうな。」

 

 

水鉄砲で線香花火の先を狙ったり、2階から飛び降りる。

もちろん、2人とも常識枠外の人物なのだが、もちろんいつものごとく

そんなことは棚の上。

 

 

「お父さん、お母さん。さっきの勝負は無しで、6人で勝負しなおそう?」

「じゃあ、6人でするか。線香花火。」

 

さて、この勝負、誰が勝ったかは・・・皆様のご想像で。

 

 

あとがき

季節はずれですね・・・・。

 

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