あれからどれくらいがたったのだろうか。 手を滴れ落ちる血が霞んだ眼の先に見える。 全身の感覚はほとんどなかった。 〜治癒の浸水・8〜 「おい、生きてるか?」 「・・・ああ。」 近くの岩肌に身を預けるようにして座っている男が覆い被さった髪の中からこちらを見上げる。 「そろそろ、新しい傷が必要だな。」 血が止まったのを確認して、男は前髪を掻き上げると胸元から小刀を取り出した。 ここに連れてこられてから、血が止まるたびに増える傷跡。 彼らはこの水をおそらく町で売りさばいているのだろう。 新一は思考の鈍くなった頭でぼんやりとそんなことを考える。 「数年前に殺しても結局はこうなるんだな。」 「あ?なんか言ったか?」 男は長い前髪をうざったそうに軽く頭をふると、刃先を新一の腕付近へと近づける。 刃先は傍にあるロウソクの明かりのなか鈍く輝いていた。 「おまえって痛みも感じないのか?」 「・・・・・。」 新しくできた傷跡から血が再び流れはじめる。 男は傷を付けられても表情の変わらない新一に先程から感じていた疑問をぶつけたが、 返答は無言だった。 男はかるく舌打ちして、小刀についた血を手ぬぐいでふき取る。 「この水は健康な奴が飲んだらどうなる?」 「別にどうもならない。」 「ふ〜ん、じゃあ一口貰おうか。」 男は新一の血の落ちた辺りの水を、そっと両手ですくった。 男の黒ずんだ手に、透明な水がたまり、指の間から流れていく。 男はそれを口元まで運び、そして一口飲もうとして ・・・・水面にうつる自分以外の影に短く嗚咽を発する。 それは本当に一瞬のことで、次の瞬間には水面が赤黒く染まっていた 「快斗?」 「ひでぇこと、しやがって。」 首の動脈をばっさりと斬りつけた後、快斗はその動かなくなった死体を蹴り上げた。 それでも、まだ足りないが、今は彼にかまっている余裕などない。 なぜなら、すぐそばには新一がいるから。 「大丈夫・・・じゃなさそうだね。」 「快斗。」 快斗は先程の怒気を完全に心の奥底にひた隠して、新一をつなぎ止めている縄を切った。 新一の手首に残った縄目がとても痛々しくて、快斗はそっとその跡に口づけする。 真っ白で綺麗な陶磁器のような肌。 それなのに、今はひどく青白く、無数の傷に覆われている。 「俺、大事な者を傷つけられるのが一番嫌いなんだ。」 「快斗?」 「俺、変になりそうだ。憎しみに飲み込まれてしまうみたいで・・・。」 新一にこんな姿は見せたくないのにな。そう付け加えて快斗はその場に座り込む。 今まで、いくら敵と戦ってきても、一度も相手を殺すことはなかった。 峰打ちで気絶させて、そして国に連れて返り、父が説教をする。 どんなにあくどい人間でも、父の話を聞いた後は忠実な家臣へと変貌して、 いつか自分もそんな壮大な人間になるのだと思っていた。 だけど・・・・もう2人も殺めてしまった自分がここにいる。 紅く染まった刀。着物に付着している大量の血液。 今の俺は新一には釣り合わない。 「新一?」 「今、“俺は釣り合わない”とか思ってただろう。」 後ろから新一に抱きしめられて嬉しかったけど、自分の体に付着した血液を思い出して “服が汚れるよ”と言ったらコツンと頭を叩かれた。 優しく抱きしめてくれるその手。 快斗は自分の胸辺りにある新一の手をそっと握り返す。 ひどく、冷たいそれに驚いて新一のほうを見ようとしたら、 “こっちを見るな”ともう一度叩かれた。 「俺は、両親とその弟子を自分の手で殺めたんだ。 俺の力を利用しようとするあいつらはもう、人間ですらなかった。」 今みたいに、壁に縛り付けられて、大量の血を流させられて。 ひどいときは、ムチや棒で殴られたこともあった。 「このままじゃ、いつか殺されると思ってさ。」 快斗の柔らかな髪の毛に顔を埋めると、新一は言葉を続ける。 「誰も、俺が傷つくことを悲しみはしなかったから、快斗の言葉は嬉しかった。」 誰かに必要とされることも、自分の傷を見て怒り泣いてくれることも、嬉しかった。 ただ、純粋に・・・嬉しかった。 「新一、泣いているの?」 「だから、後ろを見るなって言っただろ。」 「いいから見せて。」 振り向けば、綺麗な涙を流す愛しい人。 新一自身の為じゃなく、誰かのために落とす涙を一滴も残らず舐めてしまいたい。 “誰か”の対象が自分ならばなおさら・・・。 「おまえ、俺のとこにいる猫みたいだ。」 くすぐったいと、逃げる新一を腕の中に閉じこめて、ペロリとまた涙を舐める。 それは、ひどく甘い気がするのは気のせいだろうか。 「新一のとこにいる猫も舐めるの?」 「ああ、俺が泣くときはいつもな。」 「じゃあ、その役目、今度は俺だね♪」 「は?」 「いいじゃん。じゃないと、猫に嫉妬するぜ。」 自信を持ってそう言葉を返せば、新一は腹を抱えて笑い出す。 悲しみの涙は、可笑しさの涙に変わって。 「動物相手に嫉妬するなよ。」 「そこまで笑うことないじゃん。」 「ごめっ、だって。あー、腹イテー。」 新一はそばの岩壁に上半身を預けて、ふーっと息をついた。 その隣に快斗も同じように座り込む。 「殺人を犯した工藤新一に、次期城主から刑罰を言い渡す。 ・・・・城主黒羽快斗の腕の中に無期懲役。」 「それなら、お前も無期懲役だ。」 「どこに?」 「俺の傍。」 2人で額を寄せ合って、そして又、クスクスと笑う。 殺人を犯した2人にくだった罰は、無期懲役という名の監獄。 その場所はとてつもなく、暖かくて居心地のいい場所だから、脱獄なんてしないけど。 その後、国中を人々を助けて回る不思議な2人組がいると、 全土で噂されるのは又別のお話し。 END あとがき もう、何も言いません。てか、こんな駄文じゃ何も言えません。 |